三十日目(4)「女子力の差は胸元にあったね」

 三十日目 第四陣


(────……?)


「うぅ……ぐぇ……」


「何て奴だ……まさか……まさかこんな……」


「おい誰か……誰か……水を」


「ちくしょう、あいつを止めてくれ……」


 目の前の惨状にティーは目を伏せた。まさに眼前にある死屍累々を目撃したら無理もない。


 突っ伏して呻き声を上げる人、喉を押さえて水を求める人、お腹を押さえて蹲る人。惨状というにはふさわしいだろう。


 私だって、最初は軽い気持ちだったのだ。それが、まさかこんなことになるなんて────。



「────まったく根性がないですわね!! 高級素材をふんだんに使った激辛鍋を死ぬほど食べていいと聞いたのですが、? とか言いましたの? 仮にも食べていることで生計を立てている方々がこうでは拍子抜けですわよ!!」



 ────銀髪のお嬢リースハーヴェン様が、隣で高笑いをしていた。


 そう、いわゆるというやつである。激辛な鍋をひたすら食べる、もはや苦行のような大会。鍋だからか、参加人数は二人からだったので、私はその催しを見掛けて────。


『──わたくし!! 大食いは得意ですの!!』

『へぅぁっ!? だ、誰ですか……あなたは……?』

『そんなのはいいじゃありませんの!! 一緒に出ましょう!! 通りすがりの平民さん!!』

『へ、平みっ……確かにそうですけど、いきなりそれって酷くないです? 見ず知らずの人に対して、』

『これ優勝商品が式典パレード最前列席のチケットですのよね』

『二人からって書いてあるね出よっか!!(これさえあればリッくん間近で見られるの!!?)』


 ……と、まあ。そんなこんなした後、お互い名乗ったりしながら参戦したわけだけど。


「っていうか、ほとんど食べてるの私だけじゃんか」


「普通の人はこんな辛いの無理ですの。寧ろ何で食べられますの?」


「護身術だね」


 辛いのって、痛覚が感知してるって聞いてるし、先生直伝ちょっとした魔法で消せるんだよね。消してないけど。


 高級素材を生かした鍋って言うからどんなんだろうなぁって思ったんだよ。周りの挑戦者さんたちは風味とか食感とか感じるまでもなく激辛で飛んじゃってるけど、このエビとか言われてみれば高いやつって感じが……? 辛さの後から肉の甘さがほんのり来る感じとかそれっぽい。


 まあそういうもろもろの味はいいにして、辛いのが延々と続くんだけど。これ高級素材分かんなくなるよ、うーん。


「────それ、確かキログラム二十万のエビですわね」


「──ぶふぅっ!?」


 吹いた。


「で、それは〈トーフや〉の完全受注生産のトーフですわね。キログラム五万くらいでしたかしらね」


「ぐ、けほっけほっ!!……急になんて食べにくくなることを言うの……?」


「え? なんのことですの?」


 お嬢様らしい彼女の金銭感覚はやっぱり平民な私とはかけ離れているってことだろう。いや、改めて高級素材の価格を数字に出されると、こう、もっと味わうべき……?


 いや趣旨違うよね!! 大会の趣旨は大食い(の参加費タダ)だもん!!


「ところで何故護身術で食べられるんですの? どゆことですの?」


「気合いと女子力」


 因みに魔法は大会規約で禁止されてますからね。この二つしか使ってません!


 そういったらリースハーヴェン様は何故か険しい顔をして鍋のスープを掬って一口。


「へぇ、そうなんですの。……っうごァァ、辛ッッッッッッッッ!!!」


「待って突然女の子が、というか人が出しちゃいけない声出さないで!?」



 ────因みにこのあとめちゃくちゃ優勝した。やったね!!




 ◆◇◆



「し、舌と喉と鼻がまだビリビリしますの……」


「私も確かに少し違和感あるかな……」


 せっかくユーリッド様の血をちまちまもったいぶって飲んでましたのに、後味もなにも残ってないですの。今あるのはこの舌に残る激痛だけですの!!!


 ユーリッド様の頼まれごとをご本人に怪しまれないようにこなす為とは言え、少し身を切りすぎた感じがひしひし感じますわね。


 。あの男、呼んだくせに自分じゃ護衛を付け損なっているとか、自分が重要な立ち位置に居る自覚あるんですの???


 はーあ骨折り損ですわね!!! 徹昼するのは本当に眠いんですのに!!!


「でさ、リースハーヴェン様は、」


「リースでいいですわよ? 皆だいたい長いとか言いにくいとかでみんなそう呼びますのよ。ティー様も」


「……?」


「どうかしましたの、ティー様」


「私のことは様付けするのに、自分は呼び捨てでいいって言うんだ……? それってどうなの?」


「それは私なりの敬愛を込めているのですわ」


「じゃあリースハーヴェン様って呼んでも良いよね?」


「…………ですわね?」


 おかしいですわね、お嬢様のことはすぐにリーアちゃん呼びになったらしいのですが。


 警戒されてるのでしょうか? まあ今日出会ってすぐに打ち解ける方がおかしいと言えばそうですわねー。そう。


「あーっ!! もうこんな時間!! そろそろ始まっちゃうよ!!」


「え、何がですの?」


「リッくんたちの結婚式!! リースハーヴェン様もチケットか何かで式は見れるんでしょ!! ほら早く!!」


 先程の優勝景品を片手のティー様に腕を引かれて。


「も、持ってますけれど!! 持ってますけれど何故その事を知ってるんですの!?」


「そんなの、リースハーヴェン様がリッくんの式の関係者だからでしょ!」


「しししし知ってたんですの!?」


「そりゃあまあ……胸みればね」


 私は胸を見下ろしましたの。


 そこには首から提げられた『関係者通行証』が。


「…………あ。」




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