三十日目(2)「ピタゴラ○イッチ」
────王都、貴族街に並ぶ邸宅の一つ。ここ数年誰も住んでいない廃墟の中で二十ほどの好戦派の私兵が待機していた。
「ハッ、バカだよねぇー。自分達が囮だって知らずに爆破されてて。あいつらにママは渡さないってのー。ね!? みんな! そう思うでしょ!?」
シルバー=グリーバーが不人の街で起きたであろう爆発を察知して笑っていた。が、その爆発による大きな地響きと一緒にパラパラと天井から砂礫が降ってきていたので、私兵たちは気が気じゃない。
「そ、そうでございますね」
グリーバー家と言えば暗殺家業で成り上がった家。その腕を見込んで好戦派の有力な私兵を部下に付けられている。のだが、口を開けば『ママが』『ママを』『ママは』と言うだけでなにもやらない。
(──このマザコン狂人、マジでやる気あるのか?)
満場一致で私兵たちはそんなことを思っていた。だが、逆らったら……というか意見するだけで何が起こるか分からないのだ。
「で、ボクたちがやるべきことはわかるよね?」
「はい、この場で式典が始まるまで待機。開始したら現場をかき回して要人を暗殺────ぐはぁ!!?」
発言をした私兵が頬を横殴りにされて壁に激突する。ミシ、と壁にわずかな亀裂が走っていくのと同時に私兵もビックリ。
「違うよねぇ? なんで僕が撹乱なの? 陽動なの?」
「それは我々の専門が────ぎゃうん!?」
発言をした私兵が鳩尾を殴られ、蹴り飛ばされて壁に激突する。ベギ、と壁に亀裂が入り、私兵がビビる。
「専門? あー、ボクんち、暗殺一家だったねー。でもそんなことしてたらさぁ、ママはママになってくれないじゃん。ママになってほしいのにさ」
(何言ってんだコイツ……)
「だから君達だけでちゃんと仕事してね? ボクはママになってくれるあの人に行ってくるからさぁ、仕事でしょ? ねぇ?」
(何言ってんだコイツ!!!?)
私兵たちにとって、目の前のシルバーという正念場まるで理解不能だった。まるで狂人ではないか、これでは。
たしかに他二人の下に付くよりも外れ枠の匂いがしたが、ここまでとは……。私兵たちは天を仰いだ。
────その瞬間、天井が割れて肌色(※婉曲表現)が降ってきた。
「やあみんな!! おったってんねぇ!! ヤらないか!!」
元気に挨拶する(※自主規制)を引っ提げた全裸が現れた。
そして瓦礫に潰されたり肌色に目を潰され阿鼻叫喚の私兵たち。さておきシルバーが軽く手を振った。
「やあ久し振り、全裸のおじさん。半月ぶり?」
「はっはっは!!
「この通りだよ、ピンピンしてる。あーもしかしておじさんも手伝ってくれるの? ママにするのに」
(この男はまさか全裸騎士!! この様子だとシルバー様と知り合いか、味方になってくれるなら戦力としては心強い!!)
意識の残っている十人の私兵たちはみんなそう思った。そして当然のように内面が狂人なやべーやつと外見が狂ってるやべーやつが並んだだけだということに目を背けている。
「や。前々思ってたけれど君達の考えはとてもそそらない。純愛主義な私としては君達はNTRのSAOYAKUみたいなものだからね!!」
何言ってんだこの全裸……。とまあ、なんとなく敵対しそうな空気だけは私兵たちも察したので各々戦闘の準備をはじめていた。
「あはっ、そっかー。じゃあおじさん、死んでよ」
「私は死ぬときは腹上死と決めているのでな……無理なお願いに過ぎる」
「ええー」
剣を構えた全裸の騎士。呼応するようにシルバーは短剣を構えて、私兵たちは遅れて戦闘の開始を感じた。
「ところで、私としてはまったくそそらないことこの上ないのだが、来客みたいだね」
「は?」
────玄関がドンドンと叩かれている。その音を先に察知した全裸騎士が玄関の戸を指差した。
「……言われた通りだよ、親友。彼ら、自爆するだけだね」
「なにか言ったかな全裸のおじさん??」
「なにも? 私は結局親友と相対したときほどの興奮を君から得られることはないんだろう、あのときは根拠なき私の正★義★感が暴走していたこともあるけれどね」
「マジで何言ってんの?」
私兵たちは頷いた。マジで何言ってるのか微塵も理解できなかったので。
「だってこれは、これでは消化試合────まるで萎れた(※自主規制)だよ、はあ」
────バァァァァン、と蝶番を破壊しかねないほどに勢いよく玄関の扉が開いた。
「騙しましたねシルバァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「謀ったな小僧ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
激昂し親の仇のようにシルバーを睨み、叫んでいるのは味方の筈だったボロボロの
「(※自主規制発言中)だよまったく、もうねえ────」
全裸の騎士は、一言疲れたように呟いて瓦礫に腰掛けて壁に持たれかかった。
────ガキッ
ベコベコ。
ボコォッ。
「あっ、今壁から聞こえてはいけない音がしたねぇ。さっきまでおじさんのは萎えてたけど……これはすまない、正直勃起した」
────そして三秒後に壁に全員押し潰された。
◆◇◆
…………その様子を、こうこうと輝きを放つ魔方陣だけが見ていた。
◇◇◇
目の前に、一羽のコウモリが飛んでいる。
それはリースハーヴェンの分体の一つであり、そいつは呑気に背負った血液パックに刺さったストローからちうちうと血を吸っていた。
「ぷへー、美味しかったですの……」
「そりゃどうも」
それは俺が前払いした血液である。リースにはやってほしいことが二つばかりあったのだが、それをタダ働きでやらせるには少し不憫が過ぎた。
「で、どうだ? 想定外の事でも起きたか?」
「あの、ユーリッド様? この惨状はどういうことですの?」
「……惨状?」
「ほら、私ユーリッド様から魔方陣で異変を感知するようにいわれたわけで御座いますが」
「あぁ、言ったな」
俺がここ数日好戦派の溜まり場になりそうな場所に配置をしていた感覚リンクの魔方陣。それの監視をリースにしてもらっているのだ。
もし、集合していたら分かるように。
因みに聴覚や視覚などの感覚を魔方陣に飛ばすときは魔方陣が光ってしまうという難点がある。だから霧を発生させた。
かなり濃く霧を発生させたお陰で魔方陣の存在はまだバレていない。昼前には魔力不足で魔方陣は自壊するので、それまで霧は消せないだろう。
そして、その魔方陣の監視をしているリースはわざわざ人の姿に戻ってから、ひきつったような笑いを浮かべた。
「なんか……仲間割れしてるのですが」
「だろうな」
「だろうな、って!!? 分かっていたのですわね!? 分かっていたくせに私にこんな苦行を強いているのですわね!!?」
「いやそりゃおんなじ女目当ての野郎が五人も居て協力し合うわけねぇだろ、とは思ってたんだよ。だから魔方陣の方は保険だよ、ついでに年中全裸の野郎を送り込んでおいたしな」
「お陰様で目と耳が汚染されるところでしたのよ!!?」
そりゃあ、あの歩く猥褻物を見たらそうなるのも頷ける。平然と下ネタを吐き出すあの男と一緒にいたら思考が伝染しかねない……嫌だよ俺は、リースがクソ下ネタ連呼するとかなったらさぁ!!
「……そもそもユーリッド様は自分の手下とか居ますわよね? そちらの方々にさせるのではダメでしたの?」
「ああ。やってるとわかるだろうけど、ひどく扱いが難しくてな。感覚を飛ばすからな。その理屈がわかってないと、最悪廃人だ。リースならコウモリで感覚を知ってるだろうし、絶対に出来ると思ってたからな」
「ま、そう……ですわね!! 言ってみただけですわ。私ほどにもなれば十ヶ所や二十ヶ所の監視、朝食前ですわー!!」
……軽く言っているが俺では三ヶ所同時にやろうとするだけで頭蓋が割れるような感覚に襲われて死にかける。リースは飛び抜けた思考のキャパシティをしているのだろう。自分のからだを何十ものコウモリに分ける種族だし、そういう特性があるのかもしれない。
「悪いがその調子で昼前まで頼む」
「……私、これでも『嫌だ』と思ってやっているわけではないのですけれど、ユーリッド様は悪いと思ってやらせていますの? そんな言葉よりもよっぽど掛けるべき言葉は別にありますわよね?」
────……そりゃあ、リースに昼前まで仕事を頼んでるのはよくないだろ。
いや、違うか。リースが言いたいのはそういうことじゃないな。
「ありがとな、その調子で頼む」
目の下に隈を浮かべたリースはその言葉に、にっこりと笑顔を返す。
「人使い荒いですわね!! 今回の件が終わったら覚えててくださいましね!!?」
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