九日目(2)「甘い氷菓子」
────メイフィールド邸を出る途中にメイドを見掛けた。
(あっ、この人達に頼めばいいじゃん)
……そうは思ったけど、そのまま出掛けるってだけメイドさんに言って、屋敷を出た。頼むより俺が走った方が速いし。
「すいません、氷菓子ください」
いいかんじの屋台を見つけた。
ちなみに氷菓子っていうのは氷属性の魔力を帯びた石などの物質が冷凍保存に向いていると発見されたことで、一部の料理愛好家の間で爆発的に流行ったお菓子だ。
正式名は氷菓子らしいが、一般的にはアイスとか呼ばれてるやつだ。だいたい牛乳とか使ってるからか、氷っぽくないけど。
「何味だい?」
あ、聞いてねぇや。どの味が良いのか。
あいつのデザート類の好き嫌い知らねぇんだよなぁ。辛いのは平気っぽいとか、大食いだとか、肉と野菜なら肉一択だとか。
女らしくない傾向だけ把握してるのもどうかって思ったが、仕方ないだろ。まだ十日経ってねぇんだぞ……?
「……じゃあ……えっとだな……」
「────シェリーちゃんが好きなのはバニラ味だよ?」
「……シルバー=グリーバー……」
────先日の舞踏会に居た、殺した奴をママ扱いするとかいうヤバいやつが、俺の後ろに立っていた。
「……ありがとうございます。バニラ味一つ下さい」
「えへへー、どーも。ボクも一つ下さいなー」
「あいよー」
店員さんが手際よく丸く削り出した氷菓子をコーンに乗せて、俺達に渡す。代金を払い、屋台をあとにする。
ついでに氷菓子に冷却魔法を掛けた。
「ついてっていい?」
「いいですよ」
シルバーがにっこり笑いながらそう言ってきたが、断れるなら断りたかった。ヤバいやつって聞いたし? 見てもなんとなくまともな感じではないし。
リースハーヴェンの方がこの男よりも常識的な雰囲気があったような気がする。あいつ、いきなり現れて襲い掛かってこそ来たが、明確な殺意とか無かったし。
何考えてるのか分からない笑顔を浮かべているのが、マジ怖い。買ったくせにアイス、食べようとしてないし。
「ユーリッドはさぁ」
いきなり呼び捨てか。
「シェリーちゃんに何をしたの?」
「……何、とは?」
「…………分かってるんでしょ、すっとぼけないでよ」
「…………?」
シェリーアに何かしたかって言われると滅茶苦茶心当たりがあって困るんだが。アンデット化とかアンデット化とか、アンデット化とかな!!!
絶っ対に言えねぇ……。
「へえ、あくまでしらを切るつもりなんだ?」
「逆に聞くけど、どうして何かしたと思ったんですかね?」
「そりゃ誰だって!! シェリーちゃんが突然水魔法で宴会芸始めたらそう思うでしょ!!?」
────何やってんだあいつぅぅぅぅぅぅぅ!!!!?
「シェリーちゃんに属性魔法は使えないし、そんなの何かしたって思う!! お前、シェリーちゃんを……汚したなァ!! あの人はボクのママになってくれるかもしれなかった人だぞ!!!」
「……け、汚したって、シェリーアはずっと魔法使いたかったらしいぞ。祝ってやれないのか?」
「もう祝った!!」
祝ったのか。
「あとシェリーちゃんをぽっと出のお前が呼び捨てにするな!!」
「確かにあの女にはちょっと色々やったが、今
「ちょっとヤったがぁあ゛……??」
何故か鬼のような形相で睨まれた。
「……え、何で?」
何に引っ掛かってんだこいつ。え、怖。
「シェリーちゃんをあの女呼ばわりまでしておいて??? ちょっとヤった? はあふざけないでほしいいくら温厚なボクだってキレる時はキレるんだよ??? あとあの女呼ばわりとは言い度胸だね」
────やったってワードに引っ掛かって……ああそういう。ヤったかって話か。
…………………………………。
………………。
…………はぁ!? まてまてまて何勘違いしてるんだよ!!? この脳味噌ピンク少年は!!!
「まて、まって。俺とシェリーア=メイフィールドにそういう関係は!! 全くない!! 」
「結婚を前にした男女二人、同じ部屋、何も起こらないはずが無いよね!!? はーーーーーもう無理。不本意だけどボクのママになってもらうよ……!!」
「言葉がおかしい……!! 男に言う台詞じゃねぇぞ……何度でも言うが誓ってなにもしてねぇし、あとそもそも同室じゃねぇよ!!」
「うるさいっ!! うるさいうるさいうるさい!!! お前がいなきゃシェリーちゃんはボクのママにッ────」
言いながら既に逃走する準備は完了させている。誤解は解きたかったけど無理っぽいし、シルバーが構える前に俺はメイフィールド邸の方角へ向けてワープした。
グランデといいシルバーといい、へんな友人ばかりのシェリーアの人間関係が心配になった。
◆◆◆◆◆
「────と言うことがあったんだが、お前、もうちょっと付き合う友人は選んだ方がいいぞ」
随分時間を掛けて帰って来たユーリッド。彼が持ってた全く溶けてない白い氷菓子を受け取る。
全く溶けてる気配がない。かといって元々よりも固くなっていることもなく、絶妙な冷やし加減。
ほんっと、この男は手先が無駄に器用だ。
「………………メイドに頼めばよかったじゃない。あと私、氷菓子は抹茶味しか食べないんだけど……」
「……マジかよ、嘘言いやがったのか、それとも知らなかったか。……でもまあ、あいつのせいにしてもしかたねぇか」
ユーリッドは頭を掻きながら立ち上がる。それからさも当然のように部屋から出ていこうとする。
「悪かったな。今から買い直してくる」
えっ。
……私仮病だし、そこまでしなくてもいいのに。
えー。何も言ってないのにそこまでする?
それだとちょっとだけ。僅かに、ほんのちょっとだけ!!
微妙に、悪いような気分にならなくもないような、そうでないような感じがして、私は氷菓子を口に近づけた。
「………………べつに、食べないとは、言ってないよ」
「は? 何て言った?」
聞けよ。ムカつくなぁ。
ユーリッドのアホ面から顔を背けつつ、やけくそにバニラアイスを一口がぶり。
「うん、美味しい」
────そうは言ったものの、仮病で食べるアイスだからだろう。どこか美味しくない気がしたけれど。
「そうかよ」
手持ち無沙汰なユーリッドがそう言って出ていくのを止めた。
「うん」
……まあ、嫌いじゃないし。
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