九日目(夜)「竜車移動」

 王国指定立ち入り禁止領域『


 そこまでは、〈時詠〉フラン=メイフィールドの手配した竜車──人に調教された四足歩行で這う地竜に荷車を牽引させた乗り物である──で向かう。およそ二日間の移動を経て、山に入るのだ。


「……わかってるわよ、それくらい」


 シェリーアは竜車の窓から外を眺めている。ちゃんと聞いてるのか怪しい返事だ。


「霊峰に入った後は分かるか?」


「………………あんたが分かってればいいんじゃない?」


「分かってて損はしないだろ」


「まあ、そうね……霊峰で……えっと……」


「……眠いのか?」


「っ、眠くないし……」


 強がっているが、どうも眠そうだ。


『氷菓子食べたら魔力酔いが治った!!』って宣言した後組手やら外走ってくるやらで、やたら動いていたからな。まあ今、日没直後なのだが……子供かこの女。


 俺からすれば十七は子供みたいなものだけど。


「まあべつに今すぐ竜車降りるわけでもねえし、明日でもいいな」


「だから……眠くない、し……」


「はいはい」



 ◇◇◇◇◇



 その後、無言で待っていたらものの数分でシェリーアは意識を失っていた。


「先生、居ますか?」


「────君が私を見失っていない以上、その質問は無意味だね」


「呼ばないと姿見せてくれないじゃないですか、先生は」


 イルミア先生は、竜車の外に居た。俺も先生も、シェリーアに先生の存在を知らせたくないのだが、先生は俺から離れすぎると


 連れてくるときに先生は抵抗したけど、強引に連れてきた。外って言っても、風避けはしっかりしてるし屋根もある。色々と手厚く魔法も掛けたので、下手すると屋内よりも快適かもしれない。


 ……それは、さすがにないな。半分くらい屋外だし。


「重ね重ね言っているが、私の事は見捨ててくれて構わないんだぞ?」


「出来ませんよ……そんなこと」


 そして俺は天井を睨む。そこには一匹のコウモリが居た。


「あと、なんでついてきた? リースハーヴェン、だったか?」


「……きー」


「このタイミングで擬態されても困るんだが。お前の気配は昼間に覚えたしバレバレだぞ」


 実のところ気配とかで人を識別出来たりしないが、その言葉でびくぅってコウモリが反応した。黒である。コウモリだけに。


「ば、バレてしまえば仕方ないかしらっ。変身!!」


 バサァッ──ベチベチベチィ!!!


 竜車の窓に大量にぶつかるコウモリ。どこも空いてないからね。入れないね。


『ォォォォォォォ………!!!』


 地竜も鳴いてるぞ。


「あーーーっ!! 食べないでー私の分身体ーーーっ!! アステカ3号ちゃんやめてくださるかしらーーーっ!!!」


 リースハーヴェン(コウモリ態)が竜車の前に向かってバタバタ叫んでいた。


 地竜の名前、アステカ3号っていうのかよ。


 暫くあわあわしていたリースハーヴェン。あるときいきなり落ち着いて天井に止まる。


「そうですわ出来ればユーリッド様、無理でしたらそこで膝枕れていらっしゃるお嬢様でもよろしいですけれど、ちょっとばかり血を分け与えてくれるかしら? そしたら身体戻り、完全体に」


「……後で良くないか?」


「えーっ、バレてなければそれも考えましたわよ? けれど……ふとした1動作で殺されかねないコウモリの姿でいるのは、それはとても……怖くないかしら?」


 血……ねぇ。聖属性がよく聞いたところから、ガチの吸血種である事に疑いはないが、今俺は血を出来れば失いたくない。


 ────死霊術師のが、必須だったからだ。


「……まあ、保険はあるんだよな。ほれ」


 俺は持ってきていた荷物の中から密閉された袋を取り出した。


「何ですの、この……輸血パックですのっ!!?」


 当然、血が必要になる事が前提なのだから、増血手段くらい用意する。そんなことはリースハーヴェンには知り得ないだろうが。


「いただきますですのっ! ちうーーーっ」


 受け取って即座にニコニコしながら牙を袋に突き立てて中身を飲んでいた。コウモリ態なのに、感情の分かりやすい奴だった。


「さて、君は何故今私を呼び出したのか……教えてくれるかい?」


「もちろん。やろうと思ってたのは旅程の確認です、本当ならシェリーアと一緒に聞いてもらいたかったんですけどね、この通り寝てます」


「ズルい限りだ」


「え?」


 な、何がズルいって……? 先生もしかして眠れなかったりするんだろうか……?


「いや……なに、べつに膝枕が羨ましいと言ってる訳ではなくてだな、そう、気楽さの話さ。呑気な限りだなー、このお嬢様は」


「────血うまー、ちうーーー────」


「なるほど、そういうことですか。確かにこいつ、自分がこんなになっててもなんか慌ててる風じゃないんですよね、……ちゃんとわかってんのかマジで」


「────いくらでもいけちゃう、ふふーん♪ ずるずるずるずる~────」


「さてね。……羨ましいくらい安らかな寝顔だ」


「────じゅぞぞぞぞぞぞ」


「「うるっさいなぁッ!!!!」」


「ひえぇーっ」


 食い方が汚いのか口許を血だらけにして……あーあー床も濡れちゃってるじゃねえか。


 ひとまず人型に戻った(なった?)リースハーヴェンを更に叱る事よりも床の汚れを取らなきゃ────。


「ぐう……………………ふんぬっ」←シェリーアが寝惚けながら俺の腹に頭突き。


「ごふっ」


 シェリーアの寝相がマジで悪過ぎる。


「────この女……」


 先生が僅かに殺気と冷気を漏らしてシェリーアを睨んだ。


「まって、先生待って平気だから!!」


「だってこの女君に危害を加えようと」


「あ、私から気が逸れましたわ、この隙にもう一口────じゅるるるるるるるる」


「「お前はもう少し静かに飲んで!!」後綺麗にな!! これ以上汚すなよ!!?」


「ふぁいぃぃ!!!」


「あと君はもう少しその女の危険性について考えた方がいい……!! 私は、私はもうこの身体も長くはないからどうなってもいいが、君は違うだろう!?」


「せ、先生落ち着いて、大丈夫だからさ」


 実は今滅茶苦茶思い切りお腹の肉摘ままれてて痛いんだけど平然とした風を演じていた。


「…………すぅ……」


 ホンット、なんでこいつこの状況でぐっすり寝てるかなぁ……!!!



 ◇◇◇◇◇



 昔から、先生は他人の事になるとやたら怒りっぽくなる傾向があった。さっきみたいな感じで。


「…………で、今後の予定が何なのか。だったかな」


 さも何事もなかったように取り繕うようになるまで一時間弱かかった。だいたい俺への説教だ。


 十年以上の付き合いだ。軍で直属の上官だった先生は昔の事から最近の事まで俺の駄目だったところをよーく知っている。


 そういう、半ば黒歴史と化している所をちまちまとつつかれる一時間。キツくない筈もない。


「…………もしかしてイルミア様…………ユーリッド様のことが──んーっ!?」


 ────リースハーヴェンが、何か先生の地雷を踏みそうな予感がして、無言で〔沈黙〕魔法で黙らせた。


 ここで怒らせたら心が辛くなっちゃう。既に貝になりたくなってるまである。だからちょっとだけ静かにしててくれ……。


「そうですね、取り敢えず霊峰にはあと一日掛かります。許可は取ってますけど、強行軍になっちゃうんで麓町で一日休んでから入ります」


「……君はたまに恐ろしく行動が早いときがあるよね」


 先生は横目で体育座りでいじけるリースハーヴェンを見てそう言った。


「そうですか?」


「……まあ何故居るか分からない吸血種のお嬢さんに騒がれて、長引かせるものでもないだろうし、続けてくれ」


 いや、長引いたの八割方先生のせいでは……?


「(にっこり)」


 ……はいなんでもありません。続けます……。


「霊峰では〈呪術師の肺〉と〈焔精の舌〉の二種類の宝石を回収します。なるべく早く」


「……懐かしい名前だ」


「…………で、そのまま共和国です。どうも義父オヤジがそっちにいるらしいから話を通してもらってます。なんなら〈シシ王の酒〉もついでに頼んでます」


「霊峰横断は早くて五日ほど、だったかな」


「まあ魔物がうじゃうじゃいますし、突っ走るだけならもう少し早いと思いますけど、だいたいこんな感じです。余裕ですよね?」


「その割には浮かない顔だね」


「そりゃあ、調べたとは言えども、やったことないですし──」


 ────〈死霊術師の鮮血〉が本当に俺の血で良いのか、とかな。


 後は、本筋とは全く関係なくシェリーアがずっと乗っているので足とかが痺れてきた。


 というか、こう、空気をぶっ壊すようだが……顔の位置的にリトルユーリッドがスタンドアップしないか気が気でないのだ。


 俺が浮かない顔してるって? 魔法は万能なのでそれはちゃんと防げるけどさ、だけどさ万が一ってこともあるし、何より意識を向けたらほら、先生にばれるじゃん?


 つーか噛まれない? 噛まれないよな、連日耳噛まれたり噛まれそうになってると不安で……ってこれ以上いけない。やめようこの話。


 まあ一時間以上よく耐え……────これ耐える必要あったのか?


 ……わからない。俺はなんとなくで膝枕していた。


 絶対起きたらシェリーアになにか言われるじゃねえかこれ。でも足痺れて下手に動けないんだよな!! じゃあやめられないですね。仕方ないや。


「取り敢えずこんなところだ。リースハーヴェン、悪かったな。喋っていいぞ」


「ぷはぁ!! 全くもう!! いきなりこんな酷いことはしないでくれるかしら!? 」


「すまん……。あと、今さらで重ね重ね悪いと思ってるが、なんでついてきたんだリースハーヴェン?」


「それは私ほど高貴な女吸血種が宵闇の国を出る理由まで関わってきますわ」


「そうなのか?」


「そうなのですわ。聡明なユーリッド様であっても分からなかったようですわね? 愚昧ですわね、良いですわ、真に高貴で聡明な!! この私がズバッと教えて差し上げましょう!」


「……なんで俺貶されたの?」


「…………ズバリ!!! ですの!!!」


 リースハーヴェンはどや顔でそう言った。


「強い子をなすため、というのが分かりやすいでしょうか。何処かに居るであろう英雄を夫に迎えて国に帰るのが私の役目ですわね。わかったかしら?」


 うん、なるほどね。完全に理解した。


「……ああどこにいるのでしょうか、英雄様……」


 ────いやお前の目の前に三人英雄クラスの人間いるけど? ダメだこの子、見る限り全く気付いてる感じじゃない……。


「………………すぅ」


 こんな場でもシェリーアは呑気に寝ていた。今はそんなこいつが羨ましいと思った。


「………………まけないよ」








 ◆◆◆◆◆


 ………………へ、へぇ~。え、英雄の子供かぁ……それをユーリッドに言うの? つまりそういうこと?


 ……………………むぅ。つまりそれは私への宣戦布告ってことで良いのかな?


 しょ、勝負なら、仕方ないよね。ユーリッドを取られたくないとかじゃなくて、勝負に負けたくないだけだもんね?


 そうだ。そうだよ。ちょっと無言で膝枕されたりさりげなく優しくされただけでコロッと落ちちゃうような軽い女じゃないんだからね!


 さあかかってきなさいよリースちゃん、勝負なら絶対に負けないよ……!


 あと、一人分声が多くない? 先生って誰? 連れ込んだの?


 …………本当に、この男はなんなの。


 ティーちゃんといい、もう少し節操があっても誰も文句言わないよ?


「……くぅ……すぅ……」


 あ、でも狸寝入りは続行させて?


 ……いい? やったあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る