二十二日目「即死魔法(対煉獄専用)」


「…………シェリーア来ないな……」


 俺は今浜辺で待っている。水着に着替えて早三十分ほど待っている。


 女子の着替えが長いと言っても、三十分は待つだろうか。まあ、待つかもしれない。あんまり女子と遊んだ事がないから平均値が分からない。


 小さな日傘を足に掴んで飛んでいるコウモリも呆れたように羽ばたいている。


「そうでございますね────(まあ……あの分だとあと一時間は来なさそうですけれど……)」


「なんか言ったか?」


 小声でよく聞こえなかった。


「いいえ? 愛すべきお嬢様ですね、とだけ」


「なんだそれ……、仕方ねぇな、来ないなら来ないで、勝手に泳いでるか」


「その方が良いですわね、多分(……来るタイミング次第では居合わせずに怒られますわね)」


「……ん?」


「何でもないですわ」


 ……何だって言うんだ? マジで。



 ◆◆◆◆◆



「無理無理無理無理無理!!!!!! 出れない出れない出れない出れない!! なんで水着取り替えられてるの!!? ねぇリースちゃん!?」


「昨日『ゆーりっどろうらくするのー』って言いながらルンルンでそれ以外の水着焼いたのはお嬢様ですわよ」


 ────うっそぉ!!!? そんなこと私はしてないよ!!?


「だいたい、言うほど無理な水着ではありませんわよ? 確かに露出の多い三角ビキニですけれど」


「いやサイズも合ってない気がするんだけど布面積少ないってなにこれこんなので人前に出れますか出れません痴女じゃないので!!」


 若干胸を覆う布が小さいそれをつまみ上げて私は言った。


「似合いますわよ、きっとユーリッド様も誉めてくれます」


「………………………、だとしてもよ!!」


「すごい悩みましたわね?」


 う、うっさいな。ニヤニヤすんな。


「まあ、きっとそう言うと思ってましたので私、別のも用意してましたの」


 そう言いながらリースちゃん(人形態)はコウモリを引き寄せて何やら黒いバックを持ってきた。因みに彼女は上はパーカー、下はパレオタイプの水着を着ている。


「てってれー、ですの」黒いバックから取り出す動きをして「これは魔法使いにしか見えない水着ー、ですわ」


 紐だった。


「ご安心くださいまし、魔法使いには布が見え────ふわっつ!!? ななななな何するですのーっ!!」


「いくら私が元々魔法を使うことに憧れてたからってそう上手くいかないわようわっ人になんて物着せようとしてるのよ!!?」


 手頃なナイフを生み出して投げ付ける。勿論狙いは正確にギリギリ当たらないところを狙っている。


「だだだだってぇお嬢様さっさと行かないとユーリッド様も仏じゃないからお嬢様をほっぽって一人で遊びだしかねませんわよ!? ユーリッド様一人遊び好きそうですし!」

 一人遊び好きそうって……それは酷くない? わかるけど。

「だったら私の華麗な話術でお嬢様を際どい水着着せるように誘導してしまえば良いじゃないですの!! というわけでさあさあ、着るのですわ!!」


「それ言われて着ると思ってるリースちゃんすごいね」


「いえ、それほどでもありますわよ?」


 褒めてないです。


「ほ、他に無いの?」


 ともかく、もうちょっとだけ谷間を見せつけないような水着が良いなぁ────と思いながらリースちゃんを見ると、帰ってきたのはため息と堪えようとして堪えきれてない笑顔。


「焼いてたのは事実ですわ。さあこの紐とそれ、どちらを着るのか決断してくださいまし。……恨むなら泥酔するほど飲んだ自分を恨むんですわね」



 ◇◇◇◇◇



 ────そうして俺は泳いで一キロくらいの場所の離れ小島に到着した。


 シェリーアとは契約は既に無く、はぐれたところで分からなくなってしまうわけだが今は大丈夫。連絡用のコウモリが俺の頭上に居る限りあいつの様子を把握することが(リースハーヴェンの気分次第で)出来るのだ!


「まだか?」


「待ってくださいまし? いま紐に細工を──」


「紐?」


「何でもないですわ。もうそろそろですわ……ええと、だいたい、泳いで帰ったらその頃には出てますわよ……多分、きっとそうですわ」


 自信ないな、おい……。



 ────という訳で泳いで帰る。


 行きの途中でサメ型魔物に襲われた時はふざけて魔力噴射で海流乱して遊んでおいたお陰か、帰りには何も襲ってこなかった。


「行きでサメに喰われた時は心臓止まりましたわよ……その、この私は死んだところで本体に一ミリもダメージは入りませんけれど、一応本体の私にも私の感覚ありますので? それはまあ? 感謝してないこともないでございますわよ?」


 コウモリはふんぞり返ってそう言った。


「さてシェリーアは──」


「無視ですの!?」


「………………いや、だって別に感謝されるようなことはしてねぇよ。あのまま居着いたらあぶねぇしな。その間に勝手に喰われて勝手に出てきたコウモリが居たとか、別にな……こっちが焦ったわ」


「……悪かったですの」


 悲しい事件だったね……。という事でこの話をするとリースも落ち込むのでやめにした。


 さて、それよりもシェリーアの事だ。


「さて、本体の私登場ですの。アホの分体が迷惑かけましたわね、!!」


 日傘を差したリースハーヴェンが更衣室から出てきた。白いパーカーで上半身を日射しから完全ガードしつつ、足も黒いパレオでがっちりガード。露出など殆ど無い。


「ははーん、もしやユーリッド様、私のないすばでぃにメロメロですのね?」


 露出など殆ど無い。


「……さてシェリーアは」


「──無視ですの!?」


 だってお前だぼだぼのパーカーにパレオって。露出ほぼ無いぞ? ないすばでぃ? わからん。不健康そうな生足くらいしか見えないからね。白い。


 まあ服は似合ってるけども……。似合ってるけども!!


 何かそれを正直に言うのはなんというか恥ずかしいような。


「一応、少しは私も褒められること期待してましたのに」


「……悪かった。その……ええと、似合ってるぞ」


 俺は顔を背けながらその言葉を絞り出したのだけど、リースはなにが気にくわないのか思案顔で俺を見てきた。


「その水着、五点ですわ」


「まさかの衣装チェックかよ!?」


「嘘ですわ。褒め言葉の方ですの」


「そうか、なら安心────でもねぇな!? いやいきなり褒めろってのも無茶じゃねぇか!!? いいや無茶だねッ!! つーか、そもそも女の子の水着褒める野郎なんてだいたい不審者じゃねぇか?」


「真顔で何言ってますの? そんなわけありませんわよ……。あとは、さっき言った感想。お嬢様前にして同じ台詞吐いたら失望されますわ、間違いなく」


「シェリーアはそう言うタイプじゃねぇと思うんだけど」


 あいつは服をどちらかと言うと機能重視で見ている奴だと思う。いや安い居酒屋誘ったときは浮いた高そうなドレス来てきてたな。適当言ったかもしれない。だけどあいつの旅装、すごく地味だったからケースバイケースという事か?


 ……実のところ、どうなんだろうか? 実のところ俺はあいつの事をあまり知らないのだ。悩ましい。


「だとしても、そんな雑な感想ではお嬢様も微妙に思われますわ。思うこと間違い無しですわ、ええ、きっとそうにちがいありませんわ、今のお嬢様ならその一言ですら十分とか全く……はぁ」


 そんな俺の発言に、リースは呆れ顔でそう返してきた。


「だいたい今此処には居ませんがイルミア様にもその様な雑感想を投げ付けるのですか?」


「…………ないな」


「というわけで私をお嬢様だと思って存分に誉めちぎってくださいまし?」


「いやリースとあいつじゃ月と太陽くらい差があるしなあ」


「それを言うなら月とすっぽんでは? だとしたら私に対してかなり酷いことを言っている自覚ありますの?」


「どっちがすっぽんか言ってねえだろ。だいたい太陽かも知れねぇ」


「言ったようなものですわよ。吸血鬼を太陽扱いするなんて酷いものですわ、なら月の方がいいですわ」


「じゃあ太陽があいつな」


「そうですわね、お嬢様は輝いてますわね。ところで私の事は誉めてくださらないんですの?」


「だってほら、リース」


 俺は浜辺を指差した。


「シェリーアあそこにいるぞ」


「は ぁ ! ! ! ?」


「話してる間に魔法使って姿消してるのが見えたけどほら、お前誉めれって言うから」


「あのお嬢様はああああああ あ あ あ ああ!!!! 私はお嬢様のためを思ってこんなことしてるのですわよぉ!!! もう何の障害も懸念もないのですしさっさとくっついてくださいまし!! ほら、レッツゴーですわ!!」


 背中をとんとリースに押されても俺は行か体が勝手に走り出した!?


「おいリース!?」「催眠術ですの!! 焦れったいですわはよ行けですの!!」「ぐええ待てやうわまじか魔力まで乗っ取られてやがる」「生憎ユーリッド様の近くにはずっといましたの!! 乗っ取るくらい何ですの!! こっちはひたすら溶けてるお嬢様とツンデレ様を見せつけられてもう限界ですのよぉお!!!」


「あっ、バレた」


 立ち止まって顔だけ振り返ったシェリーアに、リースが手を伸ばす。俺も手を伸ばしている。動きが同期するタイプの催眠術らしい。


 冷静に分析してる場合じゃない? いや抵抗出来ないし。しゃーない。


「バレた。じゃ無いですのぉ!! 行けえユーリッドザマァ!!!」「おいてめ、まさか──」


 シェリーアの背中へと手が伸びていく。シェリーアは危うくその指には掛からないで済んだが────


「ふぇっ」「あっ」「よぉぉおし!!」


 ────しかし水着の紐を掠めてった。シェリーアは追い掛けてきたのがリースの策だと気付き、


「なにす、っ……」水着が落「き、きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」ちてなんで抱き着い────




「あ、ユーリッド様倒れましたの。どんだけ初心うぶなんですかマジで……お嬢様もそう気を落とさずに……え、こんなことしないでほしい、ですの?」


「いやー、どうでございましょう。お嬢様次第でございますよ」


 ◇◆◇


 本日の勝負:シェリーアの勝ち(ユーリッドが血の海に沈んだため)

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