二十五日目(1)「教えたのは護身術としてハイセンスでハイレベルで相手をハイ人にしかねないハイパーな魔法だよ(byイルミア)」

「────ってことがあってからめっちゃくちゃ顔合わせるのが気まずくてな……どうしたらいい? ティー」


「まず帰ってきて早々に別の女に会いに来る時点でとてもダメだと思うなぁ……」


「えっ」


 昼。どういうわけか一人で訪ねてきたリッくんから、閉店中の私の職場居酒屋で事情を聞かされた。


 どうやらリッくんは婚前旅行でリーアちゃんにそれはもう酷い扱いをしていた(つもり)らしい。


 例えば……暴言。本人いわく『さらに嫌われるつもりだった』。でもなぁ……リッくん、語彙がないからなぁ、しかもそんなに言うほど言ってなさそう。付き合いが長いからそういうのよく分かる。うんうん。つんでれってやつだ。


 次に旅行のルート。山道とか言ってたけど……王国から共和国へ行くのに山道のルートなんてあったっけ?


 あとは嫁入り前なのにリーアちゃんのの裸────ってまあそれは多少わからなくもない? いやまあ、うん? そんなことよりも帰国早々に私のところ来てる方がギルティだよ。大罪。


「そう、なのか?」


「そうだよ、やっぱりリッくんは乙女心がわかってないなぁ」


 本当にわかってないような顔をしている彼にずびしっと指を突きつけてやった。


「このままだと完全に愛想つかされちゃうよ? あ~あ、リーアちゃんが可愛そう~」


「ぐ……」


「ま、リッくん元々嫌われようとしてたし~? それでもいいんじゃないのぉ?」


「ぐぐ」


 胸を抑えて呻くリッくん。前見たときのリーアちゃんはかなり敵愾心をリッくんに振り撒いていたけど、こうもリッくんが傷付いている様子を見るに……


 ────もしかしてリッくんを狙った美人局だったりしたのかな!?


 まー、そうだよだって王国の剣姫様って言えば国中で人気で求婚も実は結構されてるなんて噂の人だよ? 前会ったのだって幻かなにかだったのかもしれないし。


 それはないか。あのあと結局『森ドラゴンを剣姫が倒した』とか噂を聞いたし……噂になる前にその事を二人とも知ってた風だし。


 あ、でも勝負事にかこつけてスカートめくりするような男だ、やっぱひどくない?? おかしい、おかしいよこんなの!!


 姉的には『幸せならOKです』って所なので、リッくんがまた勝負事にかこつけて酷いことしてたり、もしもリーアちゃんが本当はリッくんを騙してひどい目に遭わせようと言うのなら容赦はしない。しっかりと血を見る羽目になるでしょう。


 ……それ、私の血だけども。


「ここで良い案があります」


 私はにっこりと今出来る限り一番良い笑顔を浮かべてみせる。リッくんは目の色を変えて前のめりで聞き返してきた。


「……っ、何だ、ティー、その……良い案ってのは……!」


 想像通り。妄想通りだ。だから、私はリーアちゃんの顔を思い出して、心底に黒い澱が貯まるのを感じつつも切り出した。


「わ、?」


 。ついに、言ってしまった。


 ずっと無理だと思っていた。さっき旅行の概略を聞いたとき『先生との契約は終わった』って言ったってことは多分、きっと、あの人のことを振り切ったってことだ。


 だから、今ならば。今だけは。今だけが、思いを伝えられる唯一無二、最後にして最上のタイミング。


「……」


「私と、その、結婚して国の外に行けば、行ってくれれば全部解……決……」


 ────その筈だった。


 でも全部言い切ることは出来なかった。だってリッくんの顔を見たら分かっちゃったもん。


 戦時中とか殆ど側に居てあげられなかったけど、これでも私はリッくんの、ユーリッドくんの……お姉ちゃんだから。


「ティー。ごめん、それは無理だ」


 私の言葉に、リッくんは深々と頭を下げてそう言った。


 ◇◇◇◇◇


「────いやーーーーーーーーー!!! 冗談冗談!!!!! 真に受けた? 受けたよね! 私の名演技どうよ!!」


「……えぇ…………」


 俺が頭を上げると椅子に座ったまま大きく仰け反ったティーがそう宣う。


 正直に言いましょう────真に受けたわ!!! ビックリしたわ、完全に想定外すぎて頭真っ白になったわ!!!


 俺はそんな動揺を無理やり魔法で捩じ伏せる。


 ────よし、効いてきた。喜怒哀楽が死んでちょっと気持ち悪い……。


 使ったのは精神状態を一定に保つ魔法だ。便利だが代償として効果切れるのと同時に戻ってくる。単なる先送りとも言う。


 多分分かんないけど嬉しかったんじゃねぇかなー。もう分かんないけど。


「……お姉ちゃんから逃げるなよ☆」


 額を小突かれた────あああああああああああああああああああああああああああああ!!!! この女魔法解除してきやがった!!!!? どこでそんな芸当を覚えてきたんだ!?


「ダメだよー、イルミア先生から教わる護身術として精神汚染解除魔法は基礎の基礎だぞー?」


「んな基礎があるか!!!」


「あるんですよねー」


 人の精神に障る魔法は難易度も高く、失敗したとき相手を廃人にしてしまうこともあるため、近く禁術に指定する法令が組まれているとか。


 解除はどんな魔法か理解した上で自分に掛けることが前提。他人に掛けるのはあまりに危険なのだが……まあ解除失敗のリスクに関しては俺には無いに等しい。ちゃんと対策してるからな。


 ……ってそんなことは良いんだ。


「うん、私を振ることが出来るなんてリッくんには驚かされました。そんな鋼よりも固く強い意思を持って、お姉ちゃん感動です……やっぱり旅行かぁ……私この街から出たことないんだよねえ。やっぱり他の国って違う感じ?」


「結構違うな。王国……王都しか行ってねえけど、あそこは帝都と違ってなんか息苦しい感じだった。物価はやたら高いし、大体俺が帝国の人間と思われた瞬間に目の色変えて見下してくるしな……あいつは単純に魔法使いに対して拗らせてただけだから別」


 シェリーアは錬成魔法以外使えなかったから、そこからかどうかは定かではないが、最初やたら魔導師嫌いだった。今はどうか知らないが、少なくとも、ではなかった気がする。


 帝国嫌いが露骨だった相手で印象深いのはやはり〈裁弓〉グランデだろうか。いや、あいつは単純にシェリーアを盲信していただけか……?


「ふーん、同じ首都でも違うんだね……行ってみたいかも」


「全然違うな、言っちゃえば金持ちの街だよアレ」


「うげー、じゃあ良いかなぁ。公国は?」


「公国で寄ったのは港町だったけど、まあ海だな。綺麗だぞ、一面青い水面が広がってて。空気もなんか違う。塩くさい」


「それって誉めてるのかな……」


「誉めてる誉めてる、あ、写真見るか?」


 俺は持ち歩いていた写真を四十枚強ほどテーブルに広げた。撮影者リースハーヴェン。風景もあれば俺やシェリーアがドアップで写っているのもある。


「うわ、リーアちゃんの水着姿の写真がいちまーいにまーいさんまーい……うわうわうわうわ一杯だあ!!? わースケベだー(棒読み)、えっなにこのおっぱいドアップ写真エッッロ……スケベだ!!?」


「ちがっ!! それはリースに押し付けられたやつだからな!?」


「わかってるわかってるー、リッくんにそんな度胸無いもんね」ふと、写真を捲る手が止まった「ってあれ、顔色良い先生初めて見た、やっぱりきれい……リッくんが惚れちゃうのも分かるなぁ」


 ……綺麗だということには激しく同意するが、俺はなんとなく頷きにくくて目を逸らした。


「いっつも死んだ人みたいな顔色どころか肌色してたから心配してたんだよね、やっぱり旅行って凄いのかなぁ」


「先生が回復したのは別に旅行は関係ないような……」


「そうなの? でもきっかけはあったでしょ、旅行自体にわざわざリッくんが引きずり回してったってことは、そうなるだけの算段があった。そうでしょ?」


「違ぇよ」それは過大評価だ。俺は先生と単純に離れると勝手に死ぬし、目を離したらすぐに死にそうだったから連れてったのだし。


 だけど、ティーは「またまたぁ」と肩を叩く。冗談と受け取ったんだろう。


「やっぱりリッくんはすごいなあ、今じゃ『帝国最強の魔導師兵!!』だとか『〈煉獄〉こそ戦争を終わらせた男!!』とか『二代目全裸騎士!!』言われてて、雲の上の人だもんね。もうすぐ貴族になるし、会うことももうないもんね。あーあ、姉離れかぁ。」


「目の前に居るしもとより姉離れしてたつもりなんだが……ってちょっと待て最後の何だ!? そんなものになったつもりなんてないが!?」


 何だ二代目全裸騎士って全裸になった記憶はないぞ!?


「姉離れ? あ、もしかしてまだ弟の気持ちを持ち続けてくれてるのかな?」


「そっちじゃねぇ、なんだ二代目って」


「握手してる写真が出回ってて、新聞に出てたよ?」


「よぉしその新聞を見せてもらおうか」そしてその新聞社にはちゃんと撤回して貰って俺のコメントをのせて貰ってコメント料を奪い取ってやる。


 ティーは店の棚からその記事をすっと取ってきて見せてくれた。棚のなかにはかなり新聞が詰まっている筈だが、結構早かった。


「じゃーん」


 社名は……〈時詠新聞〉(創刊号)。


 ときよみ……時詠!? ってこれフラン=メイフィールドじゃねーか!!!!! 総括にもそう書いてある。


「あんの人か…………!!! 次会ったらちゃんと話をするべきか……!!」


 思えばずっとあの人の掌の上な気がする。結婚の話が決まってからずっと。その辺も含めて、話をしなければならないようだな……!!!


「な、なんか怒るようなことがあったの? あっ、そうだ、お昼ご飯食べたっけ? なにか作るよ」


「え、ありがとう姉さん、思い出してみれば何も食べてなかったわ。気に病みすぎてて……」


「うんうん、わかった────ってぇ!!? リッくんがデレたぁ!!」


 姉さん呼びが嬉しいのは分かるが良い年した大人がびょいぴょい跳ねて喜ばない方が良いと思うぞ。婚期逃すぞ、いや……結婚適齢期はずいぶんと過ぎてしまっている。気が付く前に逃していたのだ、俺達は……。


「……あとそうだ、貴族だろうがなんだろうがこれでお別れ、ってのは俺が嫌だからな。意地でも会いに来るぞ」


「────……リッくんもう結婚するんでしょ。そういうのが、よくないと思うんだよ、お姉ちゃんはね?」


「え、えぇ……」


 そうなの…………?



 ◇◆◇◆◇



 厨房に回って、リッくんの視界からようやく外れた。


「……ぁ……は、ははは」


 ぽたりと床に水滴が垂れた。


 ────フラれちゃったかぁ……。


 本当は、断られても勢いに任せてリーアちゃんの好きなところ聞こうと思ってた。録音魔石を隠し持って『解決策』にしようって考えてたんだよね、リッくん結構落ち込んでるみたいだったし、力になりたかったからねぇ。


 頭が真っ白になっちゃった。だから出来なかった────でもそうは言ってられない。


「私はお姉ちゃんをやらなきゃだね、よぉし、腕によりをかけて作るよー!」


 お姉ちゃんの意地で、『嘘告白』ってことにしなきゃ。リッくん気に病んじゃうしね!!

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