六日目(1)「戦争の爪痕」


「ユーリッドが居ないぃ!? 何よアイツいつもこの時間寝てるじゃないの!! どうしていないの!?」


 ユーリッドの住む借家に来たら誰もいない。その家の主に問い詰めると、申し訳なさそうにしながらその人は答えてくれた。


「はい……今日は、あれ日なので……」


「何の日よ」


「週一で決まってふらふらと何処かに行く日が有るんですよ……。てっきり、女かと……思ってたんです……けど……それは……違った、ようですね」


「へーそう。……何見てんのよ」


「い、いえ……」


 ともあれ、家に居ないなら仕方ない。


「どの辺にいるかは分かる?」


「たぶん……その……えっと、見たところ身綺麗が過ぎるので貴族か何かだと……思ってるんですが……違いますか?」


「だったら何…………ああ。どーせ治安悪いところにでも行ってるのね。わかったわ、ご心配ありがとう。でも気にしなくていいわよ、襲われてどうにかなるほど柔じゃないし」


 そうと分かればここに用はない。私は治安が悪そうなところへ向かっていく。戦時中、治安は最悪だったし、そういうのは慣れてるし。




「────……………そう、ですか……表通りじゃあんまりわかんないかもしれないですけど……帝国は王国に何も思ってない訳じゃないんですよ……?」



 ◆◆◆◆◆



 5日も滞在したのだ。地理は大体頭に入っているし、入都と同時にもらった地図の不自然な所を適当に探ってればそういうには簡単に行き当たる。


 ……そういえば三日間アイツと勝負して今は勝ち越している状態だよね。


 先日凄まじい遠距離から跳んできた変態男を思い出す。ストーカーっぽいとかムカつくとかまあ、色々思うところあるけど。


 全く気が付かなかったから、それが嫌なんだ。負けている気がして。


 本気出せば私の居場所なんて掴ませてなんかやらないし? という訳で勝負だユーリッド。


 魔力抜いて、足音消して、呼吸を浅く、空気に紛れるように。先に見つかったら負け、そういう自分ルールを敷いて、私は適当にスラムを歩き始めた。


「おいあれ……」

「間違いねぇ……」

「……〈剣姫〉……っ!!」


 私は空気。私は空気。大丈夫、ユーリッドは私を見つけられないはず。気配は皆無なんだから。


「でもなんだってこんなところに……この先には……」

「関係ねぇ……〈剣姫〉のせいで俺達は……」

「やるぞ、お前ら……」


 私は空気。バレてないバレてない。


「このぉ!!! ────ぐ、ごぁ」

「死ね化けも────げぅあっ!?」

「────っ」


 私は、空気……? あれ? 今何か……。


「は、放せぇ!!」


「…………ん? え、あれっ、ごっめーん、気付かなかった!!」


 気配を消すことに夢中で無意識に対処していた事に、足元から叫ばれて漸く気付いて、十歳くらいの子の手から手を放した私はその子の上から退く。


「ぐ、ぁぁぁ、悪魔が、こんなところに何の「ごめん肩外しちゃってた!? 治すね、えい!!」────っっっっっ!!!」


 肩と肘が外れてた十歳くらいの子の故障部分を元に戻し、転がって悶絶している別の十歳くらいの子の状態も看た。この子は大丈夫、もう一人も平気そう。


「えっと、で? 何の用? 私は今忙しいんだけど」


「お前みたいな奴がこんなところに何の用なんだよッ!!! いや、関係ねぇ、こ、ころ、殺してやるッ!!!!」


「……うーん、どうしてこんなに嫌われて……? あれ、もしかしてバレてる?」


「剣姫ぃぃぃぃぃぃいいいい!!!」


 飛び掛かってくる男の子の頭を抑える。こんな小さい街中の子が放つには多少濃い目の殺意だけど、ちっとも怖くない。


「さ、叫ばないでよ……てかバレてましたか……完璧だと思ったんだけどなぁ」


「殺して、やる!! 殺してやるぅぅぅぅぅぅ!!!」


「後ろ?」


「ぼげらぁッッ!?」


 振り返るときに私の手が後ろにいた子の頬に裏拳のように突き刺さった。


「このっ! ──うわあ!!?」


 ナイフを持って横から駆け込んできた子の手ギリギリを蹴り上げてナイフを上に弾き飛ばす。


 よっ、キャッチ。


「っと、刃物なんて。この辺りもちゃんと平和なのに危ないよ……ってどうしたの?」


 ナイフを取るために抑えていた手を放した。その隙に、男の子は私の手から離れて裏拳を食らった子に駆け寄る。


「お前らっ!! 大丈夫か!!」

「いてて、くそ……親父の仇が目の前に居るっていうのに……ッ!!!!」


 …………。この子達の殺意はそこからなのか。


 平和を謳歌するように賑わっている帝都にも、治安の悪いこんなスラム街のような通りがあって、当然戦争で親を失ったがいる。


 それを生んだのは私が所属していた王国の軍。そんな根本的な事を、私は忘れていたみたいだ。


 人が、親が殺された? 。だって私が生まれた頃には戦争は始まっていて、もうずっとずっとしていたじゃないか。


 確かに私は万の人間を殺してきた。英雄って呼ばれるような人間だって何人も。私は私の利益のために戦争に参加した。


 ────でもみんな、そうでしょ?


 私にはどうしようもない。私は戦争が一番手っ取り早かったから参加した。そこにあったから。私が始めた戦争じゃないけど、確かに私の自由意思で参戦していた。


 丁度この子達と同じくらいの年には。


 だって戦果を上げてはやく認められたかったから。


 ってことを。


 でもそんな私の行動によって生まれた悲劇はきっと両手じゃ足りないほどにあるのだろう。


 ……この子達の親はどうだったのかな。家族思いだったのだろう。スラム街まで落ちて尚、こんなに私を憎むくらいに。


 戦争は終わった今は、王国と帝国は殺し合う仲じゃないはず。君たちは生きていて、今の平和を楽しめない彼らに私は何を思えばいいんだろうか。


「殺してやるッ!!!!」


 男の子が吠えている。


「そっか……ごめんね、殺されてあげる気はないよ。ばいばい」


 ……


 あれはたしか、二国間の戦争がこれ以上起こらないための抑止力としてとか何とかお母様が言っていたはず。


 こんな子をこれ以上生まれないようにすることが出来るなら、もう少し前向きに考えても良いんじゃない?


「殺してやるゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」


 ────私達が生んだ禍根が消える訳じゃないけども。


 当たり前の認識だった。ちゃんとわかってたつもりだったそれを、もう一度固めた。


 帰ろう…………あー、でも一応この国を去る前にせめて一度くらいはちゃんとユーリッドには挨拶しなきゃだよねー。



「クソッ、今度会ったときは殺してやる……」

「おいあっちって確かイルミア先生が……イルミア先生の家がッ!!」

「まさか、イルミア先生を────」



 ◆◆◆◆◆



「あ、ごめんまた来ちゃった。〈煉獄〉見てない?」

「見たけど教えてやるもんかッ!!!! 死ね!!!」

「そっかー、お姉ちゃん悲しいな~」



 ◇◇◇◇◇


「────で、。調子はどうです?」


「……むう、そんな甲斐甲斐しく介護してくれなくても大丈夫だぞユーリッド。まだ自分の事くらいできる。大体君はあれだろう、今度貴族になるんだろう? ……少なくともこんなところでにかまけている余裕はない筈だ。それに、もう結婚するような年だろう?」


「あー、はい。先生、確かに俺はわざわざここ通うべきじゃないかもしれないけれども、だからここにいるんですよ」


「わざわざ、そうしたいからか? なるほどな、だがそれが下らないと言っているのだ。週一で? こんなスラムの隅のボロ屋に? バカらしい、君は君の人生を歩むべきだ。君の人生に。そうだろう?」


「先生……」


 銀髪に死んでいるんじゃないかってくらいに不健康な白い肌、弱々しくベッドで体を寝かせている女性の名はイルミア=スターニア。ただ、今は姓を名乗っていない。


 かつて〈雹帝〉とまで恐れられた女軍人。その影はなく、ただただ病弱なにしか見えない。


早く帰ってくれ。頼む、もう充分だ……そうじゃないか? なあ、ユーリッド」


「……もう少しで完成する。それに、知ってるかもしれないですけど俺ももう少しで貴族になるんですよ。しかも領地も貰える」


「何が言いたい」


「スターニア領に行けるかもしれないんですよ」


「…………だから……どうした。もういい、帰って」


「いえ、しばらくここにいます。居させてください」


「…………はぁ」


 それから俺は、黙してイルミアの横たわるベッドの横に座ってここ一週間の話を始める。


「今週は滅茶苦茶大変だったんですよ、まずはあの女、シェリーア=メイフィールドの────」


 決してイルミア先生が反応を返すことは無かったが。



 ◆◆◆◆◆



「政略結婚はしてやってもいいわ!! ……違うわね。べ、別にあんたのことは隙じゃないんだからね!! 平和のためよ平和のため!! ……これもなんか変ね。そもそも何であんな冴えない魔導師に頼み込んであげなきゃいけないわけ? ア ホ く さ」


 私の嗅覚がこっちにあの変態魔導師が居るって告げている。なんかそんな感じがする。


 どんな匂いかっていうと、なんか分かりやすい位キモい匂いだ。なんか嫌な匂い。体洗ってないんじゃない? いや、そういう匂いじゃないけど。


 なんと言うか……香水とかの表面的な匂いじゃなくて、雰囲気とか……魔力?


 言い表せないなあ、これ。


「とりあえず、あの子達に慕われてた『イルミア先生』とやら、知ってるかどうかはともかく、当たって砕きましょっか」


 自分が砕けるのは嫌なので相手が砕けてください。


「こっちだっけ……うへぇ、匂うなぁ……戦場より酷い」


 衛生管理は最低限はされてるのだろう。ただ、随分と不潔な匂いがする。普通に臭い。ここに住んでる人は体を洗えないし生ゴミを処理することもあまりできないし、下水道は露出してるし。


 あーーもうキレそう!! 簡単な魔法さえ使えない私にはこの臭気を甘んじて受けるしかない。ユーリッドに一言挨拶したかっただけなのに何でこうなっているのやら。


 あとで文句いってやらなきゃ気がすまないね!!! これは!!


「おい、何でこんなところに居るんだよ、〈剣姫〉」


 ────上から、声がした。


「……あれいつから……? いや〈煉獄〉ならそういうもんかなぁ。ってか、やっぱ駄目だったかあー」


 遅れて気が付いたのは、そこからアイツ特有の匂いがからだ。鼻が馬鹿になっているのかもしれない。


「おい」


「うん? あっ、そうそう。私さ、明日王国に帰るからその挨拶に。あんたの部屋行っても居ないからさぁー、そんでこんな所にまで来てやったってワケ」


「さすが貴族様、礼儀がなってらっしゃる。だがまあ、別に挨拶になんざ来なくても良かったろ」


「れーぎがなってないってお母様に叱られちゃうわよ、そんな事したら。あんたのことは別に好きでもないっていうか嫌いなの、お母様にバレてどうなるか……きっと落ち込むわ」


「別に良いんじゃねぇか? それでも。これが破談になったところでだろ?」


「……?」


「おい? どうした」


 違和感。


 誰も困らない?


 秘密裏に破談になるなら確かに困ることはないだろう。私たちが結婚することはうちの親同士が勝手に決めたことではあるし、なんだかんだお母様は甘いから破談には出来るかもしれない。


 でも、これはでもある。公布もする。破談になったら準備してる人たちは困るだろう。ついでにさっきちょっと覚悟を決めた私も困る。


 私の覚悟はどこへ。


 ……まあ、ユーリッド視点からすれば困る人間は居ないってことかなぁ。


 この男、ちょっと冷めてるというか現実的な所? ってか大人ぶってるし、こんな寄り添うようなことを言ってくると思ってた。


 ……偽物?


「えいっ」


 一先ずユーリッドの首狙いに刃を飛ばす。バレた瞬間から魔力の補充をしていたからこの程度は余裕で撃てる。


 ユーリッドはそれを大きく飛び退いて避けた。


「んなっ!!? お前何しやがるっ!?」


「んー、何となく? 言い分が変態じみててキモかったから?」


 我ながら酷い識別方法だけど、偽物だったら首から真っ二つになるし……生きてるので本物かな?


 私はそう考えて脱力した。


「おいおいひっでえな、てっきりこういうスラムで俺を殺処分するつもりだったのかと思ったぜ!!!?」


 だが、大声で叫びながら、ユーリッドは杖を構えた。やっぱりだ、魔力の匂いとでもいうのかな、なんか違う。


 声も姿も完全にユーリッド。でもなんかちがう。こいつは違う。


 だって。


「おいあれ、剣姫じゃ」「まじか、なんでこんなところに」「殺してやる……」


 これじゃ。


「なんで王国の」「あの英雄殺しが?」「まさか煉獄さんを」


 ────騒ぎになっちゃうじゃん。


 一気にぞろぞろとスラム住人が道から沸いて出てくる。一様に、私に敵意をぶつけてくる。


「なあ、シェリーア=メイフィールド。〈剣姫〉」


「……あなたはユーリッドなの?」


「当たり前じゃねえか、俺がユーリッド。〈煉獄〉その人以外にあり得るか?」


「あんた、無用な騒ぎとか嫌いだと思ったんだけど」


「ハッ」


 これは無用な騒ぎではないと言うこと?


「お前、常々言ってただろ? 俺とは結婚したくないってな。ただそれを現実に変えてやろうってだけだ────逃げるのかッ!!? オイオイお前は俺と戦いたがってるとも思っていたんだがな」


「っさい……気が変わったのよ……!!」


 ユーリッド(偽物?)は視認しにくい風の刃を私に対して無数に伸ばしてきた。


「ギャッ」「ッ痛いぃ!!」「ウワアアアアアア!!?」


 辺り構わずに撒き散らされる風の刃は当然野次馬してきた人たちにも襲いかかる。


「ちょっと!!!? 一般人巻き込んでるわよ!?」


「あは、あはははははははは!!! 起きろ竜巻!!! 舞えよ鮮血!! ははははは!!!」


「って、聞いてないッ!! これだから魔導師は嫌いなのよっ!!」


 今の魔力量だと剣で囲いを作ることは出来ない。だからその辺の人達を守るなら、アイツを引き摺って場所を移す必要がある。


「ちょっと来なさいっ!!」


「おっと、さすがは英雄殺し!! 野蛮だな、いきなり首をへし折ろうだなんてなあ!! その辺の何の罪もない人達まで傷付けて、なあ!!!」


「飛ぶな変態魔導師!!! あとみんな傷つけたのはあんたの仕業だろうがっ!!」


「さすが人殺ししか能のない野蛮人だ平然と他人のせいにしやがる」


「…………」


 流石に私の事を舐めすぎだ。この男、偽物だ!!!


 ユーリッドに化けて私の前で被害を巻き起こし全部の罪を私にぶん投げる。


 そうして生まれるものは何!?


 二国間の亀裂だ。また戦争だ。逆戻り。ふざけんな。


 誰が考えたんだか知らないけど、そんなの私だって嫌だ。帝国には結構美味しいものがあったし、少しだけだけど交友もできちゃったのだ。


 だから、許してはおけない。本物だったとしても。


 私が剣を一本錬成し、右手に構える。


「……あれ、この匂いは」


 ────昔馴染みの匂いがする。近くじゃない。かなり遠くからだ。


「お? どうした〈剣姫〉?」


 ユーリッド(偽物)が首を傾げる。呑気に。この状況で。


 背中がぞわぞわするこの感じ。間違いない、この場所は〈裁弓〉に狙われている。


「偽物っ、歯を喰いしばれぇ!!」


「は? なん──がふぁッ!?!!!?」


 


 ────気が付いたら私は跳躍してユーリッドを蹴り飛ばしていた。体が勝手に動いていた


 それから光を遮るように私は剣を多数に錬成し────



 ◇◇◇◇◇



「────なんだ、あの光は」


「ああ、あれは〈裁弓〉っていう英雄の矢だな……────いや、は? なんでだ、どういう事だ、英雄が街中で矢を放ったてことか?」


 矢の余波だろうか、割れた窓ガラスがガタガタと揺れる。


 イルミア先生が、慌てたように起き上がろうとした。


「それは、不味……っ!? ぁぁぁぁ……動、け……ぇ」


 しかし途中で激痛に襲われたのか、表情を一変させて悶えている。


「……延命の為に動きは制限してあります、先生は安静にしててください、俺が行ってきますから」


 俺は、嘘を吐いた。痛いのは、動きを制限したからじゃなくて、先生の体は限界だからだ。


 ともかく、そんな先生を現場になんて連れていけない。


「うぐぅ……何故痛みに縛られなきゃならない……」


「ごめんなさい」


「あ……いや、ユーリッドは悪くないんだ。ただ無意味にこの体に残り続けている私が……」


「すいません、行ってきますね」


 俺は、先生の家を出た。




 そしてワープ。




 出来る限りの距離を何度も跳ぶ。探知魔法で広範囲の情報を拾い上げつつ、光の矢が刺さったところに向かう途中に、逃げるような動きをしている変な奴がいた。姿形はどっかで見たことがある────って。


「俺!? いや、あれは……たしか帝国軍諜報部隊に変身が得意な風魔法使いが居たな。あいつか?」


 そいつの目の前にワープする。


「ぎゃっ!!」


「俺の姿で変な声出すな殴りたくなるだろ」


「ひっ! れ、〈煉獄〉!?」


「そうだよ」


「すいませんすいません命令でやったんです燃やさないでくださいなんでもしますから!!! 命だけは!!」


「ん? 今なんでもっていったな? じゃあ連絡先寄越せ。今おそらく時間がねぇからお前に構ってられねえんだわ」


「こ、これ! 秘匿回線魔石!! ペアの片割れです!!」


「おう、たしかに受け取った。じゃあまたあとでな」


「はいぃぃぃすいませんすいませんすいません────」


 俺の顔でダバダバ泣くとあんな感じなのか。たしかに〈剣姫〉がキモいって言いまくってるのはよーくわかった。


 ……ダメだよ大の大人がそんなおんおん泣いちゃ、ってことでいいですか?


 今度アイツにキモいって言われたら思い出して滅茶苦茶傷付きそうだわ。


「ったくどうせこれ全部アイツがこんなところ来てたからだろ? はぁーあ、世話が焼けるお嬢さんだ」




 ともかく、ワープを繰り返して現場へと到着。



 その場には何人も倒れていて、何人か血塗れで倒れている人達が地面に寝かされていた。


「おい、大丈夫か!? 〔快復〕!!」


 一人一人触って傷を癒していく。薄い刃物で切り裂いたかのような傷。


「うぅ……あんたは……〈煉獄〉……」


「ああそうだよとにかくまだ黙ってろ。さっきまでいた偽物はシバき倒しておいたから安心しろ」


「おお、偽物か……あれおかしかったもんな、あんたがそういうなら……信じるぜ」


 一時期このスラムで生活していたからか、案外簡単に誤解は解けた。取り敢えず傷ついた人達は全員癒した。


「れ、〈煉獄〉さん!! さっき〈剣姫〉が!!」


「おお、ガキどもどうした?」


「えと、あれは」「血塗れの〈剣姫〉だ!!」「アイツが、向こーに!!」


「あー、矢を放ったやつを追い掛けてったんだな」


「〈煉獄〉さん!! 今なら〈剣姫〉を殺せる!!」「お前なら!!」「あの悪魔を殺せるんだよ!!」


「あーはいはいガキども、分かったからそんな興奮するな、お前らもボロボロじゃねえか。矢か、あの女に庇われたな?」


「「「………………(こくり)」」」


 苦しそうに、悔しそうに子供達は頷いた。傷がないのに血に濡れているのは、〈剣姫〉に庇われた時にでも……というか、待て。


 待てよ? あの〈裁弓〉が〈剣姫〉を撃ったのか?


 てっきり俺の偽物を狙った行動だと思っていた。〈剣姫〉が弟みたいなーって言って、〈裁弓〉がハニーハニーって言ってた昨日を思い出して、そんな筈はないと────。


「……めんどくせえな、貴族って」


「〈煉獄〉さん、あの女を殺してくれ……!!」


「…………行ってくるからな」


「「「〈煉獄〉さん!!」」」


 子供達がすがってくる。だが、俺はそれに答えることはできなかった。


 俺にだって〈剣姫〉を殺すことは出来ない。勿論お見合いの相手で殺すことで政治的に不利益を被るからで。


「……それだけだ」


 ────呟きながら、俺は〈剣姫〉の元へとワープした。

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