五日目「デカ盛りチャレンジメニューTA」

 シェリーアは一人、帝都を歩いていた。


 足のラインがピッタリ見えるようなズボンに、ちょっと大きめな白いシャツ。ラフな格好だが本人の備え持つ美貌が相まって、道行く人の注目を集めてしまっていることは全く自覚がない。


「ったく、あの男はホンット乙女心というものが解ってないんだから……」


 先日スカート捲りされたのが効いているのか、未だ鎮まらない怒りを覆い隠すようにぶすーっと無表情を作ってしまっている。クール系美女だ。誰だコイツ。


 今日は特に会う約束もしていないため、俺は完全に別行動するつもりだったのだが偶然見掛けて追っ掛けてみているところだ。


 嫌われてるのに会う約束を何で、と思うかもしれないが、こっちとしては俺が決定的な理由で破談になると。八割くらい勝手に話を進めやがった俺の義父への恩義だが、二割くらい俺にも事情があるってことで。


 シェリーア側の事情? まああいつの親も母だけだし、恩とかじゃないかね。


 体面的には平和の象徴!! 王国と帝国はズッ友だょ!! って感じの縁談だけど、内実は親が勝手に決めた親バカ政略結婚だからな。これ。


『お前も貴族になるし、そろそろ独り身じゃダメだろ? 丁度最近仲良くなった王国の貴族さんが居てな、娘はどうだって言う。これを期に考えてはどうだ?』


 ↑こんな感じに。しかも先に外堀が埋められてるし相手には過剰に嫌われてるしで、まあ大変だ。


 そりゃつい最近まで戦争をしていて自国の民を殺戮してた英雄が、好印象な訳がねぇけどさ。


 おまけに十七歳って。九歳差だぞ。九歳年上のおっさんと結婚って、俺がアイツなら逃げるぞ。


「────やあやあこんなところで何をしているんだい〈剣姫〉メイフィールド嬢」


 って、なんかシェリーアに話し掛けてる男が居る。赤茶色の長髪の気障ったらしい長身の。


 やめとけそいつは見た目ほどクールなやつじゃねえぞ。って、知り合いっぽいな。シェリーアが手を振り返した。


「あれ? 〈裁弓さいきゅう〉グランデくんじゃん。何してるの? 帝都に来るような用事はなかったでしょー?」


 ……は? 〈裁弓〉? 王国随一の弓士の英雄がなぜこの国に?


 因みに俺は遠巻き(100メートルは離れてる)で見聞きしている。シェリーアの知覚範囲は多分この辺範囲外らしく、バレる気配はない。


 だが、それはあくまで剣士の英雄の知覚範囲の話だったらしい。


「用事はつい一昨日出来たんだ。それは急用も急用。そう、君を帝国の汚い手から奪い返すっていう、ね?」


「え??? 何処見てるの?」


 グランデとやらがシェリーアから視線を外し、目を細めて笑う。その様子にシェリーアは首を傾げた。


「────うわっ、こっち見やがった!?」


 最悪だ。流石〈裁弓〉、弓の英雄の知覚範囲は広かった。見つかってしまったらしい、いや、最初から見てるのが分かってて姿を表したのだろう。


 身の丈ほどもある太い弓を背から手に取り、矢を片手に不敵に笑うグランデ。


「え、ちょっとグランデくん? 何してるの」


「大丈夫さ、気にしなくていいよマイハニー」


 コイツ、街中で弓を射つつもりかよ!? 人通りのある街中で!! 確実に人死にが出るぞあああああもうクソったれ!!


「今出てったらまるでストーカーみたいじゃねえか、あーあー、やだやだ。〔ショートテレポート〕!!」


 転移魔法でグランデの背後に跳ぶ。つかマイハニーってなに。


「おやおや、自分から出てくるとは殊勝だねストーカー」


「何なの王国の英雄共は揃いも揃って俺を性犯罪者にでもしたいの?? おじさん疑われやすいからさ困るんだよねそういう言いがかりはー。つかマイハニーってなに?」


「メイフィールド嬢は僕のお嫁さんになるんだからね」


「なにそれ聞いてるかシェリーア」


「グランデくんがいつも言ってる事実無根の世迷い言よ。てゆーかいつから居たのあんた?」


「さっき見掛けたから」


「彼は一時間ほど前から遠巻きに君を見ていたよ」


「は。キモっ。ストーカーじゃん……近寄らないで変態」


「ぐ、〈裁弓〉さんよ、嘘言うのやめてくれ」


 一時間も見てねぇよ三十分ちょっとだわ。切り上げて一時間だが、流石に虚偽深刻が過ぎる。


「僕は嘘なんて生まれてこの方吐いたことなんてないよ、言いがかりは止してくれ」


「嘘つけこの間私の実家の花瓶割ってすっとぼけてたでしょ」


「何のことやら……」


 …………。


「ともかくっ!! 帝国の汚ならしい土地に君のような輝きに満ち溢れた女の子が居てはその眩さはたちまちくすんでしまうだろう。早く帰ろう、王国に」


「えー、でもお母様が一週間は帰ってくんなって」


「構わないだろう。僕が説得しよう。そうすればきっと僕達の結婚も認められるだろう?」


「…………グランデくんと結婚は嫌よ」


「何故!!!!!!!!!?」


「なんか気持ち悪い。あと単純年下は趣味じゃない」


〈裁弓〉グランデ=エクスフォード(15)、撃沈。


 憐れな……じゃなくって。


「いいのか? 優良物件じゃねえか、この男。あと普通に帰れたろ、コイツの提案飲めば」


「グランデくん、悪い子じゃないけど弟って感じがするし……あとまだ帝都でやり残したことあるし? 別にあんたと結婚したいとかじゃないから、勘違いしないでよ」


「しねぇよ」


 嫌われてるのにどうしてそう思えと?


「僕が弟……弟……? つまり家族……それはつまりメイフィールド嬢こそマイハニー!! 帰ろう!! フォーエバーマイベストハニー!!」


 復活早ッ!? 何がどうしてそうなったのか聞いてても意味不明なんだが……その思考回路どっかバグってない??


「あ、そうそう、そのやり残したことなんだけどこれから行こうと思ってたんだ。来る?」


「行くよマイハニー!!」


「……行きたくねぇ……」


「ユーリッドは強制参加よ、どうせ暇でしょ?」


 まあその通りだが、ええ……?






「着いたー!! ここ、来たかったのよね!!」


 急ぎ足で移動していたシェリーアの後を追い掛けること数分。とある飲食店の前で止まった。


!!!』


 看板にデカデカと書かれた文字を見て、漸く何が目的かわかった。


「……いわゆるデカ盛りってヤツかこりゃ……」


「そ。美味しいって噂だったから来てみたかったのよね」


 シェリーアはだらしなく笑う。芳ばしいお肉の匂いに涎を垂らしそうな顔で。


 旨そうな匂いだ。……丁度昼時、腹も減っている。デカ盛りを食ってみるのもいいかもしれないな……。


「────負けっぱなしは気に食わなかったのよね、折角だから勝負する?」


「早食い勝負か、別にいいぞ。グランデさん、君はどうするんだ?」


「フ、決まっているだろう? 早食い? 優雅じゃないね、僕には全く似合わない下品な「勝ったらグランデくんのお願いひとつだけ聞いてあげるよ」ハハッ、何て言うと思ったかい? 受けて立とうその勝負!! 僕が勝つことは目に見えているけれどね!!」


 お、おう……大丈夫なのか?


「……そんな心配そうにしなくても、残飯は食べてあげるわよ」


「いやそういう問題じゃねぇだろ」


 完全に食い意地で弟分を死地に誘い込む剣姫。うーん、悪魔。


「さあさあお店の前でぐだぐだしててもしょーがないし入ろ入ろーっ!!」


「一生ついていくよマイハニー!!」



 ────店内はかなり賑わっていた。昼時だからか、力仕事の休憩時間に件のデカ盛りを食っている人もちらほら居る。


 というか、見た感じ全体的にこの店で提供されている料理は大盛りな感じがする。


 肉!! 炭水化物!!! 腹減ってんだろたらふく食え!! って店に言われてるような気分だ。


 店の雰囲気通り客のほとんどが男だが、シェリーアは特に気にした様子がない。


「いらっしゃいませー!! 三名様ですねー!! あちらの席へどうぞー!!」

「注文ですね!! デカ盛りチャレンジメニュー、みっ……つ……!?」

「3つとは三人とも食べると言うのか!! 正気か!? 正気!! ほう!! それはそれは!! 後悔しても知らんぞ!! 時間以内に完食できなかったらちゃんと代金をいただくからな!! そこんとこお分かりですねお客様!! その意気や良し!!」

「あ、言い忘れてたが制限時間は八十分だからな!!!!」

「はいどうぞこれがデカ盛りチャレンジメニュー!!!」


 テーブルに築かれる焼きそばと焼き肉の二層構造の、山。そのデカさ、シェリーアもグランデのも姿が俺から見えないほどにデカい。


 人の食い物か?


「3つ!!!」


 それが3つ。木のテーブルが料理の重さでミシって音を立てた。え、こわ。補強魔法掛けとこ。


「おい」


「んーー、美味しそー!!! いただきまー……なによ?」


「これが?」


「そーよ。時間制限あるから話し掛けないでね。さあ食べよーっ、うーーーん!! ど、こ、か、ら! 食べよっかなあー? マジでどうしよ、崩れない? わあ崩れた……」


 声しか聞こえないが、今まで聞いたことのないレベルのウキウキボイス。本当に来たかったんだな。


「…………しっかし、でけえな、これ」


ひょっふぉしへひょっとしてふぉふふひほははんはへへるははもう無理とか考えてるわけ?」


「汚ねぇよ、食い物口に入れて喋んな」


ひゃはひへへつはへんほふやはり下劣な煉獄はへほのほほはつにふるはんへ食べ物を粗末にするなんて……(ごくん)、人間の風上にも置けない男だな」


「だから食いながら喋んなっつーの。勝負だろ? わーってるってーの。食べる。旨そうだしな……量がおかしいけど、これくらいなら喰えなくも」


ひらなひはらふーよ要らないなら喰うよ


「喰えるっていってんだろ、ったく」


 焼きそばの麺がうずたかく積まれた上に野菜炒め、そしてステーキが乗っている。味付けはソースだろうが、如何せん量が量なので皿の深めな底にたっぷりと溜まっていて絶対終盤に効いてくるなこれ。


 ズルいかもしれないけど、喰いやすい程度に魔法は使わせてもらう。普通に食べてたら油は固まるし何より飽きそうだ。


 ……いただきます。


「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」


へんひんはーん店員さーん! ごく、ぷはー、ちょっと辛い付け合わせとかあります? 味変用に。はい、お願いしまーす」


「はいお嬢さんお待たせー! このソース辛いから気を付けてねー!!」


「ありがとうございまっ!? やばっ、溢した!!」


 シェリーアが手を滑らせて瓶が料理の山の上を転がって中身がテーブルにぶちまけられる。唐突に広がる匂い。


「ぐっ、ごほっ!! なんだこれ、匂い、辛ッ!? なに持ってきた!!?」


 慌てて俺は風の魔法や水の魔法を活用して空気中の辛いを通り越した痛い匂いごと瓶へとそっくりそのまま液体を叩き戻す。


「味変用のこの店のオリジナルソース」


「──激辛だから気を付けてねー!!」


「だって」


 言われずとも思い知ったわ。一般人の食べ物じゃない。


 だが正気の辛さじゃないそれをシェリーアは、さも適量と言わんばかりにダバダバとデカ盛り焼きそばの上からかけている。


「んーーっ! 辛~~いっ!!ご飯三倍はイケる……」


 旨そうに食いおる。見てるだけで辛いのに、よくもまあ。


ほうひはんはひどうしたんだいへはほはってひるぞへんほふ手が止まっているぞ煉獄ぅ?」


「いい加減俺を煽るのか食い物を煽るのかどっちかにしろよ」



 ◇◇◇◇◇


 約一時間後。


「はい終わりでーす」


 時間切れを店員さんが宣言する。


 グランデは死んだ。


「もーグランデくんはしょーがないな~。ユーリッドは?」


「喰い……切ったぞ……」


 いや生きてるけど。デカ盛り山の十分の一削った位で急に失速してグロッキー状態である。多分本当はあまり多く食べる方じゃなかったのだろう。見た目細身だし、まあ想定通り。


 かく言う俺も、わりと腹が限界だ。なんとか魔法で騙し騙し喰いきったけども。さすがデカ盛り料理、重ぇぇぇぇ……。


「だらしないな~、男でしょ?」


 グランデの食べ残しをパクつきながら、ニヤニヤしているシェリーア。


 ────俺はこの日、勝負をコイツに吹っ掛けることがあったとしてももう一生食事関係の勝負は仕掛けないことを誓った。


「はむっ、ん~!! 美味し~~っ!!!!」



 ◇◆◇◆◇



 本日の勝負:早食い


 シェリーアの勝利。完食タイム49:23:09(歴代挑戦者中一位)

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