四日目「じゃんけん」
どうもはじめまして、ティーです。
あたしは名字とかなにもない、元戦災孤児の町娘で、自慢できる事は帝国の英雄〈煉獄〉と顔馴染みなことくらいです。
「あわ、わわわわわ」
「ティー、頼む」
「誰だか知らないけど、お願いできる?」
ただいまその帝国の英雄ユーリッドくんと王国の英雄〈剣姫〉から深々と頭を下げられています。恐縮です。
なんですかこれ。
なんですかこれ!?
「「お願い!!」」
なんですかこれぇ!!!?
◇◇◇◇◇
「何か負けた気がしない」
翌日、また帝都にて。シェリーアと横並びになりながら街を歩いていた。
ここ数日見てきて思ったんだがコイツ、なんかやたらと動きやすそうなミニスカートとかそう言うのよく着てるようだ。今日もやたらと丈が短いスカートだ。若い娘の間で流行ってたりするんだろうか、足とか見えちゃダメなとことか見えそう。目の毒。
「何か勝った気がしないわ」
「審判が必要だ」
「そうね」
「公平な人がいい」
「そうね、どちらとも面識があるか、どちらともないか。そう言う人がいいわ」
「無理だろ。どちらとも面識があるやつで個人的に頼める相手なんて居ないし、逆はなんかお前買収とかしそうで怖い。それなら毎回知り合いを呼んだ方が早いだろ」
「ばばばばばば買収なんてしないっての!!」
一応お前貴族だし、警戒しないわけにはいかない。
とか思ってたら図星の反応でビックリしたわ。森ドラゴンの件で思考停止のダメ人間だと思ってしまってたが、腐っても貴族か。
「という訳で、彼女は幼馴染のティー」
「……リッくんリッくん、私にはこの人が王国最強の剣姫に見えるんだけど幻覚? リッくんが女の子連れてる事自体が幻みたいだけど」
「どうも、〈剣姫〉シェリーア=メイフィールドでございます。この度はユーリッドさんと清いお付き合いを──」
あ、おい。この縁談は極秘なんだが、────ッ!?
「おおおおおおおお!? おおおおつきあいですか!? リッくんと!? リッくんで!? リッくんが!! リッくんに春が!? おねーちゃん嬉しいよーっ!!」
ティーが突然俺に飛び付いてきた。感極まった様子で若干涙目だ。なんでだ。そんな俺がモテな……あ、はいモテませんでしたね。モテてたらもう結婚してたな。
「あーはいはい離れてくれティー、暑苦しい」
「暑い? あっ、ごごごめんなさい!! 」
ばっと離れていくティー。
苦笑いするシェリーア(清楚モード)。この女ティーが現れてから仮面被ったかのように笑ってるんだが怖い。怖くない?? こえーよ。
「リッくん達は、い、い、いつからお付き合いを?」
「「四日前」」
「わあ……出会いは?」
「戦場で」「王城で────は?」
秒で清楚仮面剥がれたシェリーア。
「たしかユーリッド、あんたとは戦場で会ったことは無いはずだけれど? 会ってたら殺してる」
「さあな──」
──新兵の時に撤退戦ですれ違ってるんだが、まあ長距離認識出来た俺しか目にしてない筈だ。あまりに衝撃的だから忘れてた。
鎧も纏わずに返り血で真っ黒に染まった服、薄汚れた金髪、爛々と殺意を滾らせて無数の剣を手に指揮官を刈っていく姿は、人とは思えなかった。
鬼か何かだと、剣姫を目にした昔の俺は恐怖で動けなくなるくらい生きた心地がしなかった。
偶然遠くで作戦行動した帰りに目撃したのだ。その作戦がなければ、シェリーアの言うとおり殺されていたに違いない。
──あの時剣姫が殺した指揮官。死の間際あの人は、俺に気づいて目が合って────。
「──どうでもいいじゃないか、そんな事」
「そうね」
シェリーアもどうでもよさそうにしていた。この話はここで終わりだ。したい話でもない。
何かを察して大きな声とともにティーが頭を下げた
「リッくんの姉のティーです!!」
「姉なの?」
「姉自称者。血は繋がってないし、ティーは25歳で俺は26歳だ。チビの頃にずっと言われてきたからもう訂正するのが面倒でな」
「ども、姉です!! あたしがリッくんの姉なのでリーアちゃん? はあたしの義妹だよね!! 宜しく!! これは宜しくのはぐー」
ティーが勢いよくシェリーアに抱きついた。
「ど、どうも……?」
あー、困惑してる困惑してる。なんか目だけで俺に救援を求める姿はこの女にしては珍しい。まだ4日しか付き合ってないが、そうそう無い事だろう。〈剣姫〉だし。
「わー、あたし、妹欲しかったんだぁ……」
「そ、そですか」
そういえば〈剣姫〉は一人っ子だったはず。姉というのは本人にとっては新鮮だろうさ。きっと、困惑してるだけで嬉しいとどっかで思っているだろう。
「ぎゅーーーーーっ!!」
「ぐ、…………っ!!」
嘘です。シェリーアが助けを求めている姿が面白いからだ。
──このあと滅茶苦茶放置した。
◆◆◆◆◆
……こ、この男ぉ……!! 完全に私が苦しむ姿を見て笑ってやがるぅううう!!! ちょっとだけ、他の陰湿魔導師どもとは違うんじゃないかなーって思ってたけど前言撤回!! この男、後でシバく!!!!!!
あのあととにかく口だけでお願いして抱擁を脱して、本題の審判役をティーさんに頼んだ。
本人は困惑したように手をわたわたさせつつ、満更でもなさそうに言う。
「えーっと、義妹ちゃんの頼みだしなぁ」
なんかそのうち姉ビームとか撃たない? 大丈夫な人?
「ティーには戦闘の才能どころか魔法の適性とかも無いからな、ただ判定してくれるだけでいい」
「ええー……」
確かにティーさんの動きは、まず何の戦闘の心得もないずぶの素人だった。こんな娘と交友を持ちっぱなしって、結構危なくない? 人質にしてくださいって言ってるようなものじゃん。
……あっ、そういえばこの男平民だった。なら平気か。
「よぉし、わかった! とにかくお姉ちゃんに任せなさーい! びしばし判定しちゃうからねー!」
「「ありがとう、ティー(さん)」」
「えへへー、弟のお願いを聞いて上げるのは当然なのでー!!」
ティーさんご満悦。
「じゃあ今日の勝負はじゃんけんで良いわね?」
「は? お前後出しする気だろ」
「は?? しないし? よしんばあんたの手の起こりが見えてしまったとしてもまあ見えちゃったからねーってだけでしょう?? 真剣勝負よ? 使えるものは使うの!!」
「うわー、大人げないなこの〈剣姫〉、お前の動体視力とかズルの領域じゃん。俺もお前も目を閉じるなら良いが!!」
「目を閉じても魔法で見るでしょうあんた!! 未来視とか使えたりしないわよね!?」
「出来ねぇよ、出来んのお前の母親位だろ!? 皆が皆あのレベルのブッ壊れ魔導師だと思うなよ!? 俺は精々思考盗聴が関の山だっつーの!!!」
──思考盗聴!? 何よ、まさかこの男私の思考を……!!
「へ、変態!! 人の考えを盗み聞くなんて!!」
「……あ、いや、大したことは出来ねぇよ? すげー表層で強く考えた言葉しかわかんねぇし、使おうと思って使おうとしても三秒も保てねぇし……」
「言い訳は聞きたくない、覗き魔、犯罪者……」
だってそうやって聞いたことを私が言ってないことを言ったって、ユーリッドは言ってたんでしょ?
「ぐ……あのなあ!! だいたいそもそもほとんど全部口に出てるんだっつーの!! な? ティーも聞いてたろ!!」
ぶんぶんと首を縦に振るティーさん。
……まさか、あんたこそティーさんを味方につけたんじゃないの!?
そう思うとなんだかユーリッドもティーさんもなんだか怪しく見えてきた。むかつく……。
ユーリッドは苛立っているが、私だって同じ。八百長するとか、常識がないの?
「……あーはいはいもういいわ、どうもすいませんでした。これでいいか?」
「よくない。態度が悪い」
「あのー、リーアちゃん?」
ティーさんがおずおずと間に割って入ってくる。
「何よ」
「ここはもうシンプルに決闘とかで良くないですか? リッくんが酷いのはいつもの事だし、やっちゃって良いですよ。お姉ちゃんが許可します!! やっちゃえこんなバカ弟、一回痛い目見ればいいんですぅ!!」
……って、ティーさん言ってるけど?
「ユーリッド」
「別に構わないが……どこでやるんだ? 街中では流石に出来ないだろ……?」
「それなら良いところが昨日出来たじゃない」
「まさか」
「そ、森よ」
◇◆◇◆◇
先日、リッくんが魔法で溶岩地帯にしてしまった大森林に来ました。既に溶岩は固まり、おかしな事に草の芽が所々の岩陰から覗いています。
「さて、準備は良いか直情猪娘」
「準備はいいわ、陰険狼男」
無数の剣を宙に浮かせたリーアちゃんから金色の闘気? ぶわーっとそんなオーラ的なものが溢れだしている。
あれは、ダメなやつだ。寒気がする。
「あ、怖がらせちゃった? ごめんねティーさん、ちょっと我慢してて」
「ちっ」
リッくんが舌打ちすると、ふわふわとした感覚がして寒気が消え、その上、障壁であたしと二人を隔てて貰っちゃった。
「親切ね、……そんな事をしても私は見直したりしないけど」
「あっそうですかー、別にティーの為にやってるんでお前の評価は知らねぇよ」
「……は、ムカつく。ティーさん!! 合図宜しく!!」
「え!? あっ、はい!!」
若干ぽやーっとしてたっぽい。ちゃんとしなきゃ。
「よーい…………はじめぃっ!!」
私は審判っぽく手を思い切り振り下ろしてみた。これから英雄二人が決闘するって言うのに適当じゃ勿体ない。雰囲気作りにノリに乗ってみた所存です。
姉なので。
「「出さなきゃ負けよッ!!!!」」
二人とも右手を引いて、リッくんは左手に持った杖を、リーアちゃんは空の左手を前へと突き出した。
あれ?? もしかしてじゃんけんするの!? 決闘じゃなくて!?
あの話の流れで何の打ち合わせもなく、最初に言ってた通りにじゃんけんをするの!?
「「じゃん────」」
次の瞬間、浮いていた剣は立て続けにリッくんに襲いかかった!!
リッくんは魔法の障壁を展開して防ぐ。何本も障壁を突き抜けているけど、リッくん自身は無傷。
「「けん────」」
再び剣を作り出して次々に打ち出していくリーアちゃんに、また壁を作って防ぎきるリッくん。
そして、二人揃って隠していた右手を突き出し────。
◆◆◆◆◆
じゃんけんっていうのは、グー、チョキ、パーで勝ち負けを決める、勝負だ。
ルールは簡単。知っての通り、グーはチョキに強いしチョキはパーに強いし、パーはグーに強い。何をモチーフにしてるかは諸説あり(私調べ)。
同じ手ならあいこで、加えて出さなきゃ負けというルールをさっき私とユーリッドが一緒に宣言したわけだ。
ユーリッドも考えることは同じ。相手に手を出させない事を当然狙ってくると思ったけれど、防御しかしなかった。
防御で手一杯? そんなわけない。私は目眩まし程度に剣をばらまいただけだし、ユーリッドは自分に当たらない程度にしか魔法で防御をしていない。
まさかほんとうに、大真面目に三分の一の勝負をしようとしてるのか────だとすると思考盗聴を狙っているのかもしれない。
あの手の魔法は深層心理にまでは踏み込めないと聞く。魔法については門外漢だけど、敵が使ってきて厄介な魔法の詳細くらいは頭に入っている。特に厄介な〈煉獄〉、〈彗星〉、〈斧翁〉辺りの使う魔法は調べ尽くしている。
まあ、〈煉獄〉が知識から想像していたよりも小手先の魔法を多く修得していた事を鑑みると案外アテには出来ない知識だけれど。
(じゃあ、強くグーを想像して……)
────チョキを出す。
おそらくユーリッドは思考盗聴をする。どう考えてもその魔法はこの勝負を有利に運ぶ。盗み聞きされるのは不本意だけど、分かってれば対策は取れる!!
……グーを出すグーを出すグーを出すグーを出すグーを出すグーを出すグーを出すグーを出す!!
「────……風に気を付けてくれよな────」
ぼそっと、ユーリッドが呟いた。グーを出……風?
確かに不自然な空気の流れが下から。下から?
下から、風の予兆。下から。もっと言えば足の方から、足に纏わりつくように風が舞い上がってくるような感じで。
まさか、この、変態は……このタイミングで私の思考だけじゃ飽き足らずパンツまで覗こうって言うの!!!?
その思考の閃きに、とても寒気がした。だが、じゃんけんのリズム的にはもう次の瞬間には手を出さなきゃいけない。そう言うルールだ。
加えてなんとこのタイミングを狙ってユーリッドは笑みを浮かべながら風の刃を魔法で作り、攻撃を放ってきた。
────後から考えると私はかなり焦っていた。思考盗聴の事にスカート捲りをしようとするド変態婚約者に生理的に拒否感が増大していたというか、まあぶっちゃけるとグーを出すって強く考えながらチョキを出そうとするのはそこそこ難しくて、しかもそこに攻撃が、スカート捲りをしようとするド変態行動が重なっていたので私は。
「「ポンッ!!!!」」
両手でスカートを抑えながら、剣を盾にして風の攻撃魔法を打ち払った。
◇◇◇◇◇
────俺は紳士なので暗闇魔法でその辺を隠しておくぜ?
結果的にスカートの辺りに手があったら、何を出したかは見えないよな?
見えないってことは、じゃんけんを出してないって事だ。
最初に俺もお前も定義したはずだよな。
そうだ。出さなきゃ負けだ。
◆◆◆◆◆
「俺の勝ち。なぜ負けたか明日までに考えてきてください、そしたらなにか見えてくるはずです」
ああ、たちの悪い男だ。〈煉獄〉ユーリッド。
「こ……の……っ!!」
「いや、分かりきってるか」
咄嗟に羞恥心でスカートを抑えた時点で私の負けだ。暗闇一つで確かにスカートも手も見えなくなっただろうが、それで紳士だと嘯いてそうなこの男には反吐が出る。うわー、ないわー。
「こんっっっっっっの!!! へんたいっ!!! 変態!! 鬼畜!! 犯罪者!! 外道!! 下衆!! ケダモノ!! 嫁入り前なのに!!!」
確かに負けは負けだけど、この男の作戦は酷いことこの上ない。不快だ。不快。
「悔しかったらそんなほぼ何にも隠してないようなスカートやめろや」
「これは可愛いから履いてるの!! この男はァ!!!」
「リッくん……女の子相手にそれはないよ」
ティーさんが、冷めた目付きでユーリッドを非難する。それをユーリッドは、はいはいと適当に受け流していた。
……後で絶対ひどい目に遭わせてやる……ッ!!!! 首を洗って待ってろ!!!! ユーリッド!!!
◆◇◆◇◆
本日の勝負:じゃんけん
ユーリッドの勝ち(シェリーアが手を隠した為)。
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