三日目「※森ドラゴンはスタッフが美味しく戴きました」

 〈剣姫〉シェリーア=メイフィールドについて話をしよう。


 齢17。女性。生まれは王国の貴族メイフィールド家。魔導師の家系に生まれながら、その才が遺伝せず唯一出来る放出系の魔法が〈棒状の金属の一時的な錬成〉のみという特異な一人娘であった。


 勿論半ば失敗作のような扱いを受けたシェリーアは、一念奮起し、軍に志願。すると目覚ましいまでの才覚を顕にして英雄と呼ばれるまでに成り上がった。


 そんな彼女を表すならば、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花とまで言われるほどに容姿端麗──。


「どんな花か分かってんのか?」


 ぼたん鍋って美味しいよね。


 戦場に立てば万人の目を惹き、見たものの戦意を喪失させ──。


「まあ英雄見た一般兵は死んだなって思うだろうよ」


 美貌で。美貌でだよ。なにせ剣だし。おいこらユーリッドお前何笑ってるんだよ。


「崩れるの早いわもうちょいちゃんと説明しろや」


「うっさいなぁ器用貧乏!! 遮ってくんのそっちじゃんか!!」


「あーごめんな深窓のお姫様(笑)、お前が清楚だとかの誤解が生まれるのは宜しくないのでね」


「心の声にカットインしてこないでよ、本当のことじゃない。剣姫よ、姫よ!?」


「つけあがるな脳筋。お前、戦場で見かけると毎回返り血が赤を通り越して真っ黒だったのちゃんと覚えてるからな」


 脳内ですら自分を上げることを許さないと?? ハー、束縛彼氏とかヤだわー。このお見合い破談にしたいわー。つか私そんな風になった服とか着てないしー、見たこと無いからってそんな誇張しちゃって。


 はあ、バカにしないでっての。


「……あのなぁ、八割位口に出してんだよお前」


 ………………そうなの?


 いやいや、まあ、そんなわけないので聞かなかったことにしよう。どうせ周囲には誰も居ないし。


「前線に出てこないような臆病者に覚えられててもねぇ」


「真面目な話お前の相手出来る人間はウチの親父位だっつーの。化け物め」


 英雄〈煉獄〉ユーリッドの義父もまた英雄だ。魔導師タイプではなく、私と同じような剣士タイプの人間……滅茶苦茶デカいオークみたいな人? あの男は人間?


 化け物の領域に頭から突っ込んでいるように私は思うんだよね。一回だけでいいから手合わせ願いたい所。


 手合わせ…………そうだ!?


「そうだ! 勝負しない!?」


「交際三日目にして物騒だな、何のつもりだ?」


「私、ずっと気に入らなかったのよね、あんたの事が。だってたかが戦場でも安全な場所で人を遠方から抵抗も許さずに虐殺する魔導師兵に? 英雄の称号? 寝言は寝て言ってて欲しいわ、気に入らない。ほんっっとーに気に入らない」


「……へー、そうかよ。そりゃどーも」


「大体何よ、昨晩の。酒が温いって言ったらキンッキンに冷やされるし椅子が硬いって言ったら柔らかいクッションを作るし料理は改造するし寒いって言ったら気温調整するし十徳ナイフごときが調子乗るんじゃ無いわよ」


「十徳ナイフ気に入ったんだな」


「っっっっさいわね!! とーーにーーーかーーーーくーーーー!! 勝負よ! どっちが上か!! はっきりさせましょう!! 私、自分よりも弱い奴に嫁入りするなんてどんな理由があっても嫌だから!!!」


 ……というか、結婚するなら好きな人としたいよね。恋愛結婚したい。こんなおじさんに片足突っ込んでるような男のモノになんてなりたくない!!


「今回の件はマ……お母様の顔を立てるために仕方なーーーく!! 付き合ってやってるだけなんだからね!! じゃなきゃ元々敵同士だった魔導師なんかと結婚なんか!!」


「まあ俺も好きじゃないが」


 ユーリッドも私の事を嫌いって言った。嫌い同士のお見合いなんてやる意味ある?


 ないよねー!?


「でしょう!? どうにかして穏便に破談にする方法……それは!!」


「……なるほど、出家か?」


「違うわよッ!!! 誰が好き好んで生涯独り身を選びますかっての!!」


 確かにお見合いを拒否するのに一番簡単なのは出家だ。出家すれば、なんか、こう、詳しくは分かんないけど生涯を一人で修行に費やすことになるらしい。


 生涯修行。いい響きだけど、結婚はしたい……。


「どうせお前他に相手がいないだろうし」


「舐めるな煉獄、ボーイフレンドの一人や二人、いや四人くらい私だっているわ」


「……あっそう」興味無さそうにユーリッドは呟く。


「で? 勝負だっけ? お前が勝ったらもしかして俺殺されます? 確か王国は決闘中に死んでも罪にならないんだっけか、神に誓ってるからとかなんとかで」


「え」


 …………決闘中の不慮の事故で?


 あーーー、その手があった!!


「そ、それよ!! その通りよ」


「今の間、もしや俺余計なこと言ったな?? つか帝国式の決闘だと普通に罪になるからな、死罪。まー、余計な軋轢が増えるからオススメはしないぞ」


「……あつれき?」


「…………まあ、お前に帝国の怒りの矛先が向くことが許容できるなら殺ればいいよ。そしたらたぶん右翼どもが喜んで戦争を再開する」


「……あー。そっか」


 何か他人事っぽい感じでユーリッドが解説してくれた。殺すと私が悪者になるってことね、完全に理解した。


 ていうか、まるで自分が死んでもいいとばかりの発言はなんか気持ち悪い。コイツ、気持ち悪いな。


 大体殺す気でやる決闘はなにかちがう。戦じゃないし、そんなのやりたくないもん。


「じゃ、てっかーい。私が勝ったら婚約破棄!! あんたが勝ったら……えーっと? 何がいい? 婚約破棄?? 破棄???」


「それじゃ面白くないだろ……やる気も出んわ。大体勝負で国が納得するか? 一応まだ一月くらい婚約の公布まで時間があるとは言え……」


「するわよ、神に誓えば。帝国はしっらなーい」


「無責任な……まあ、なんとかする方法はいくつかある。だからそうだな、不可能じゃない」


 したり顔でユーリッドはそう言った。


 はいっ!! 難しい話はおーわり!! お疲れ様!! 本編いこう!! 本編!!


「それを言うなら本題な……本題?」


「という訳で森です。どうやら森ドラゴンが出るとかなんとか」


「森ドラゴンだと!? 帝国正騎士団一個大隊が一月掛けて討伐するようなヤツじゃねぇか!!」


 やけに驚くユーリッド。


 この男、一応国の英雄とか呼ばれてるのにドラゴンごときに驚くとか……やっぱり魔法しか能の無い臆病者はダメだね。やーいビビりー!


「……そうなの? てか大隊ってなんだっけ」


「千人いかない程度の部隊だ……。つかマジで分かってなかったのか!? 森ドラゴン!!! ドラゴンだぞ!? ふざけてるのか!? つかここ帝国首都の隣の大森林だぞ!? 避難は!!!?」


「やー、割と平気だと思って『どーんと任せてくださいよー!! この〈剣姫〉にねっ!!』って言ってきちゃったからね。英雄二人、行けるでしょ?」


 私一人でも行けると思うんだけど……この男のビビりようはちょっとおかしい。


「お前一応お忍びってか正式な滞在許可出てる訳じゃねぇだろうが……つか、んな無茶な……」


「…………そんな不味い?」


「森ドラゴンは固さ自体は大したことは無いんだがな回復速度が高くてな。その辺の木を吸収して体を修復するんだが、その時何故か体積が食った植物の量よりも増える。普通に主食として植物を食べて、その時も体がデカくなる。無限増殖、生き物のバグみたいな……とにかく持久戦になる相手だ」


「一撃で殺せば問題ない、と」


「──気を付けるべきは巨躰に加えて、解毒の難しい複合型の毒の吐息、あとは奇妙な柔軟性で不規則な攻撃」


「食らわなければどうということはない。気付かれる前に殺せ、と」


「──んなこと言ってねぇよ!!? まあ間違っちゃいねぇよ、小さければ俺だって超遠距離から燃やし尽くすしな」


 ほら。


「どや顔してんじゃねぇよ脳筋が!! あーこんなんならウダウダ喋ってる場合じゃなかった一分一秒でも惜しい森ドラゴンはどっちにいるか分かるか!!? 」


「…………?」


「あっコイツ『森歩いてれば見つかるでしょ、ドラゴンって言ってるし』とかでなにも考えずに森に誘いやがったな!?」


「だって、ほら、そういうもんでしょ? こういうところ適当に歩いてれば勝手に向こうから来るし」


 お母様との修行だと呼んでもないのにその場周辺のヌシが何匹もワラワラと来たもん。そういうもんでしょ?


「んなわけねえだろ!? なんでそう、運任せなんだよ……、っ……てぇ!?」


 ユーリッドが周囲を見渡してたけど、何故か突然驚いたように一点を見詰めて杖を抜いた。


「マジかよ、本当にこっち来るじゃねえか!!」


「えっどこどこ?」


「あっちだ……ってそうか〈剣姫〉なら知覚してもおかしくねぇと思ってたけど普通の人間は1キロ先の物知覚できねぇよなほら抵抗するなよ!! 感覚強化だ!!」


 ユーリッドが杖を振るう。あ、何? 支援? 嫌だけど。


 気合いで感覚強化とやらを弾く。


「弾くなっつーの!!」


「ほら私普通の人じゃないし?? べぇつにあんたの支援なんか要らないもーん」


「そこ!? 今更そこかよ!? あーはいはい普通の人間じゃないから感覚強化受けてくれよもう800メートル切っててあともうちょいであの巨体ならブレスの射程だ!!!」


 焦るユーリッドだが、そんな事を言う割にはドラゴンが近付いて来ているとは全く思えないほどに森が静かだ。


「やっだもーん、だーれが卑怯者の手なんて借りますかーっての!!」


 私は取り敢えずドラゴンが居そうな方へ走り出した。


「がーーーっ!! クソ女ぁ!! 死んでも知らんぞ!!! つかそっちは逆だ!! あっちにドラゴンが居る!!」


 あれ、そうなの?


「さ、最初っから分かってたしー!!」


 私はUターンして、全力疾走をドラゴンへ向けて開始した。


 ◇◇◇◇◇


 ……さて、ドラゴンとは全く別の方向にあの金猪娘を誘導したはいいが……。


「全長100メートル、四足歩行のドラゴンか……」


 ドラゴンが若干〈剣姫〉の走っていった方向に逸れて動いている。どうも本当にあの女は引き寄せてるようだ。体質か?


 木々を食らいながら静かに静かに歩いている。巨体なら必然の歩行の地響きは存在しない。俺には森に木の無い空白地帯を作りながら動いてるのが分かるが、きっとあの女は相当近づかれるまで分からないだろう。


「勝負、あんまり乗り気じゃねぇけどよ……」


 魔力解放。その時ようやく森ドラゴンが俺を見た気がした。


「そうだよ、それでいい────〔煉獄〕ッ!」


 魔法起動。


『GuooOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO──ッ!!!!』


 ドラゴンの悲鳴が上がる。


「さあどうだ辺り一帯溶岩の底無し沼へご招待だ、沈めデカブツ」


 ────超広域地形変性魔法〔煉獄〕。


 俺の二つ名と同じ名前のそれは、ただ地面を溶岩へと変化させるだけの魔法だ。最大範囲は半径1キロほどの円だが、今回半径は300メートル程度で抑えている。


 この魔法は環境破壊にしかならないし、溶岩を俺の意思で消すことも出来ない欠陥魔法だが、植物性魔物を燃やすのには最適。


 ずぶずぶと接地する四肢を炎上させつつ沈んでいく森ドラゴンを眺めて一息。


 ──だが、それで勝ち。終わりだなんて問屋が卸しても許さない女が一人。


「────はーーーーーーなーーーーーしーーーーがああああああ!!!! ちっがああああああああーーーう!!!」


 ズドン、と何かが森ドラゴンの長太い首を一直線に突き抜けていった。何かっていうか〈剣姫〉以外にねぇわ。弾道を見るに、溶岩の端から一歩で飛び込んだようだ。


 ……は?? 逆方向に誘導したとは言えそっちに向けて溶岩かなり伸ばしたから500メートルは溶岩地帯あっただろ!?


「あーやって私を油断させて勝とうとするだなんて百年早い!! 舐められたものですなあ」


 感覚強化された聴覚は、離れた距離にいながらシェリーアの声を拾い上げる。ドラゴンの首に空けた穴からひょっこり顔を出した金髪娘と


「さ、て、と、……これは私の勝ちで良いでしょ?」


 俺の方を見て、勝ち誇るように言った。


「んな訳あるかよ────〔マグマランス〕」


〔煉獄〕から溶岩が無数の錐の形を作り上げ、森ドラゴンを下から突き上げ貫く。


 森ドラゴンは大きく体を揺らし悲鳴のような咆哮を空へ向けて上げる。


『GUUUUUUUuuuuuuu!!!』


「わわっ!? あっぶな!! 急に揺らすなっての!!もう!!」


 言いつつ、シェリーアは自分の十倍以上の刃渡りの剣を何度も森ドラゴンの首に叩き付けていた。


 森ドラゴンは体表から太い蔦を伸ばしてびしばしと抵抗するが、宙に浮いた剣を足場に逃げたり斬り飛ばしたりしてシェリーアは危なげなく対処している。


 首を飛ばしても森ドラゴンは死なないが、バラせばその分煉獄に溶けやすくなる。シェリーアがそれをわかってるかどうかは知らないが────勝ったな。


 そう俺が確信した瞬間。森ドラゴンが、たまらず毒の吐息を最後の抵抗とばかりに天に向けて放とうとする。


 それが為されれば帝都にすら障毒が届くだろう────だが。


「い・た・だ・き!!」


 だが、それは間に合わなかった!!!


 シェリーアが、森ドラゴンの首を飛ばした。


 飛んでった首は、俺がマグマランスで貫いて煉獄に引きずり込んだ。よし、これで終わりだろ。


「これで終わ────ぐべっ!?」←蔦にぶち当たるシェリーア


「マグマダイブ!?」


 箒星のように落ちていくシェリーア。


 着弾点から溶岩が勢いよく吹き上がる。




「あっつぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」




「……マジかよ」


 ……〔煉獄〕溶岩よりもシェリーアの方が強かったらしい。一瞬反応が遅れて防御支援し損ねたというのに、全くの無傷でシェリーアは解体を再開していた。


 無事でよかったとはいえ、あの溶岩は俺の魔法でそれで無傷だなんてなんか負けた気分だ。なんだこの化け物。



 ◆◆◆◆◆



 …………はー、死ぬかと思った……。溶岩に頭から突っ込むとか……下に森ドラゴンの頭がなきゃ即死だった。あれ引き込んだのあの男だよね……。


 まさか私が落ちるのを見越して……?


 うっわ。なんか、負けた気分……いや負けてないしっ!!? 首取ったからね!! 直後に蔦にブッ叩かれたとはけど勝ちは勝ち!!


「よっと」


 剣を足場に魔導師の元に降り立つ。


「私の勝ちでいいよね?」


「まず1つ、森ドラゴンは首を飛ばしても死なない。2つ、俺の〔煉獄〕が全部燃やした。3つ、お前は放置してても大丈夫だった森ドラゴンを解体しただけ。これでもお前は勝ちか?」


「ブレス防いだじゃん」


「それで勝ったって言えるか?」


「なにおう!?」


 私はユーリッドに詰め寄る。この男私より二回りくらい大きいので必然見上げる形になる。


 なにおう……? 私の勝ちじゃない……? 勝ったでしょ?


「……まあとにかく、さっさと報告しに帰ろうぜ? 疲れた」


「体力ないなー、運動不足だからだよ。あっ道具に運動は無理か」


「お前本当に十徳ナイフ気に入ってんだな」


「別に気に入ってないし」



 ◆◇◆


 ────騎士団には〔煉獄〕によって森ドラゴンが全部燃え尽きたこと、それから副次的に発生した大環境破壊でユーリッドが滅茶苦茶怒られた。


 第1回戦結果:シェリーアの勝ち

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