二十六日目(1)「手も繋げないこんな世の中じゃ」


「────勝負しようぜ、シェリーア」


「……え?」


 王都に着くなり、ユーリッドはそう言った。


 いやほんとうに何の脈絡もなくそう言ったから。


 っていうか、えっ、今更勝負……? 理由はなくない?? この一ヶ月勝負を何度か吹っ掛けたけど。


 最初は森に出たドラゴンをどっちが倒すかで勝負した。次はじゃんけん。その次は察知勝負に大食い。組み手。呑み。


 ……霊峰入った頃から忙しくてそんな余裕はなかったわね。でもあれ、正直あの頃の私がちがうというか、今はそんなことしなくてもいいんだけど。


「なんだ、乗り気じゃないのか。そうだよな、負け越すの、嫌だよなぁ?」


「は??? そんなわけないでしょ乗ったわその喧嘩!!」


「ちょっろ……」


「ぁ今なにか言った!?」


「言ってねぇよ。それとしてあれだ。勝負、勝負するんだろ? よし、するんだな!?」


「するわよ!!?」


「よし、するんだな!?」


「するわよ!!」


「ほんとうにするんだな!!?」


「するわよ!! っさいわね!! 何を溜めてるのよ早く言いなさいよっ!!?」


「今日の勝負はこれだ!!」


 紙切れを渡してきた。どうやら事前に準備をしていたらしく、私としては少しばかりの違和か……ん???


「なによこれ」


「書いてある通りだが?」


「書いてある通りだが? じゃないわよ。『手を離したら負け』って、どんな勝負よ」


「書いてある通りだが?」


「ふんっ!!」


 紙切れをユーリッドへ投げ付ける。


「あぶな!! 紙切れでもそこそこ痛く出来るんだぞ今のお前の投擲!!!」


「これのどこが勝負なのよ!! ただ、手を離さなきゃいいだけでしょう!!? 簡単じゃないの!!」


「……果たして本当にそうだろうか?」


 ユーリッドが何故か顔を寄せてきた。私は反射的に半歩下が「それだ」ユーリッドが指をさした。


「な、なにがよ……?」


「逃げたろ?」


「に、逃げてないわよ!!? 勘違いしないでくれる、まあ、間合い!! そうよ私は剣士よ!! 間合いがが必要なのよよ!! 」


 完全に言い訳だった。いや、だって顔近いし……そういえば馬車の中で何故か肉まんを作ってるリースハーヴェン駄メイドのせいで変に蒸してたし……変な匂いとかしてないわよね? 汗とか………。


「恋愛マスター・ティー様の言付けにこんなのがある『構わん、行け』」


 自分の両の手を組んでユーリッドはそう言った。


「何のアドバイスよ!!?」


「…………まあそれはともかく」


「ともかく??」


「あと数日で結婚披露宴だが、こう、近付いたときにいちいち逃げられてはよくねぇだろ?」


「に、逃げないわよ」


 恥ずかしいだけよ!? だいたいそのときだけ気合いで何とかすればよし!! そうよね私!!


 ……そうよね?


「まあどっちにせよ、慣れとくべきなんだよ。ラブラブ夫婦感のある外面に」


「ラ、ぶぁっ!?」


 ────ラブラブ夫婦ってなによ。あほくさ。


 でもまあ、夫婦かぁ。私とユーリッドの結婚生活がどんなものになるのかは、あんまり想像がつかないよね。


 私としてはたくさんの子供がほしいかなぁ。戸籍上一人っ子だったし、まともな身内はお母様だけ。結構寂しかったんだよね……。


 ユーリッドとの子供なら……ユーリッドとの子供……大丈夫かなその子? 口悪そうだよねぇ。あ、でも私の子供なら絶対可愛いから大丈夫か!!!


「どうした? 怖じ気づいたか? 毎回勝負吹っ掛けてきてた癖に乗れねぇか?」


「は、馬鹿言ってんじゃないわよ」


「ならこの勝負、乗れるよなぁ??」


「……ええ勿論やってやろうじゃないの。手を繋ぐ? 腕組みだってしてやったったってぇ」


「やったったって?」


 恥ずかしすぎて噛んだのをユーリッドはニヤニヤしながら指摘してきた。


「~~~っ!!! なによ、あんただって顔真っ赤じゃないの!!?」


「は? 魔法で抑えてるからそんなのわかるわけねぇだろ」


「ふぅ~ん???」


 抑えてるって言ってる時点で語るに落ちてるわよばーかっ!! そっかーユーリッドも恥ずかしいんだぁ~!!!


「なんだその顔」


「べぇつにぃー? それよりほら、手を繋ぎましょう?」


「あ、ああ」


 私が差し出した右手をユーリッドはおずおずと握ってきた。


 ──勝負開始である。


「どうだ?」


 どうだってなによ。


「そうね、思った通り男の人の手じゃない? その……力強い感じがするわ、ね……」


「なに実況してんの? 平気かどうかの話なんだが」


「そんなこと一言も!! 言ってなかったじゃないのっ!!!」


 ふざけないでよぉ!! なんで梯子を外すのよ!!!


「痛い痛い痛い痛い握力緩めろぉあ!!?」


 こうなったら自棄よ!! 徹底的に私が平気だというところを見せてやりましょうか……!!


 ……と、その前に。


「ユーリッドこそどうなのよ」


「あ? どうもしねぇよ。たかが手──ぁ痛ぇぇぇぇぇああああ!?!?」


「そう、ユーリッド。感想一つないんですか、じゃあ仕方ないですね、先を案内してもらえますか?」


「その前に握力を緩めてくれ……!!」


「…………」


「ねぇ今なんで握力さらに強くしたんだ!?」


 だってユーリッドが私と手を繋いでもなにも思わないって言うから……。


「ああはい剣士とは思えないほどに細い手で女の子だなぁってどきどきしました!! これでいいか!?」


「ざつ」私は力を緩めて、一つため息。


「雑ぅ!?」


「ユーリッドに情緒を期待した私がばかだった」


「へぇ、そういうことを言うのかよ」


「……どういうことよ」


「ま、そう余裕でいられるのも今だけだってことだよ」


「ふ、ふーん??」


 言われるような余裕はないんだけど、ユーリッドからそう見えてるなら否定はしないでおいた。余裕のある女なので?


 ◆◆◆


「「…………」」


 とはいったものの……王都を歩いてる間私達は無言だった。手だけ繋いで無言の男女。繋いだ右手だけがやたらに熱い。顔も熱いしなんなら体も熱くなっている気がする。


 それは気持ち悪い熱さじゃなくて、とても心地の良い温度で。無言でもそれなりに楽しんでいる自分がいることは全く否定できないね。


 この光景を外から見てたら『何か喋ってよー、一応カップルでしょー』とか思ってただろうけどさ……実際これ、すごく楽しいよ。横見たらユーリッドがチラチラこっち見てるのわかるし、馬車とかが通り過ぎるときはちゃっかり道側から庇ってくれるし。ユーリッドって魔導師なのにそこそこ剣を握ってる人の手をしてるのは不思議だけど、なんだか男の人の手って感じがして……こう……なんだろ。どきまぎしてるっていうのかな……。


 むぅ。今更だけどこれ、本当に勝負なのかな……?


「なぁ、シェリーア。お前四日後に着るやつってもう見たか?」


「……まだだけど。新しく仕立てられてるのは知ってるけど、ずっと忙しかったし、出来上がるのだって数日前って聞いてるからそんな機会無かったでしょう?」


「じゃあどんなやつか知ってる?」


「帝国式のドレスじゃなかったかな。ほら、あの、飾り気がなくて背中と胸が開いた……はっずかしいやつ」


「そうなのか……あれ、直視できねぇんだよなぁ」


「あんた、女の免疫無さそうだものね。こうして手を繋ぐだけでこんなに熱くなって!!」


「……お前もじゃん」


 そうよ。その通りよ(ブーメラン)。


 でもそのことに追及はされたくないので話題を切り替える。


「あんたのはどうなの?」


「王国式のかったい礼服」


「色は?」


「白」


 普段死んだ顔してるユーリッドだけどしっかり化粧もして表情とかも作るだろうから……あ、絶対似合う。


「……はー、似合わな」


 ……恥ずかしいので言わないけど。


「そっか……まあ、そうだろうな。絶対浮くだろうな、礼服なんて似合ったためしがねぇしな……」


 露骨に落ち込むユーリッド。申し訳ないことをしたと思うし、不覚にもかわいいとか思った。


 うぅむ。似合わないかっていうと、そんな事はないと思うんだよね……? 妄想通りなら大丈夫。


「いや、ユーリッド、さっきのは冗談で…………礼服、似合うと思うよ!?」


「……ぇ、あ、そう……? ありがとな?」


 照れたように笑うユーリッド。つられて私も照れてしまって変な笑みを浮かべてしまった。うー……なんか私の調子、完全に狂っちゃってるなぁ。


「とはいえ格式張った服っていうのはどうも気乗りしねぇんだよなぁ」


「そう? 私は気分が良いわよ、ああいうの」


「そりゃお前は体のラインとか顔立ちとか綺麗だからなぁ。初めて呑みに言ったときも、場違いだったけど普通に似合ってたしなぁ。場違いだったけどな」


 ────この男は悪態をつかなきゃ人のこと誉められないのかな。素直に喜ぶこともできやしない。


「うっさい。ほぼ初対面で本当にあんな安酒場を指定する馬鹿に言われたくないなー。一応これでも国の平和を象徴することになるのに下手な見栄えで会えるかって話……あんたには難しかったかー」


「また言ってる。ほぼ初対面だってのに蛇蠍のごとく嫌ってきたどこぞの剣姫よりゃ多少マシだろ。一応、一応これでも国の平和を象徴することになるんだろ? だいたい、先に言ったけどな」


「いやほんとにそういう、つれてくとは思わないし……場違いでも見栄えくらい良くしたいじゃん、これでも私、女の子なんだよ?? やっぱり安酒場に誘う方がおかしいと思うのよ」


「それくらいがちょうど良いと思ったんだよ」


 なんだとぉ……?? 剣姫には高級な店に行くようなブランドはありませえええん!!!!とでも言うの……??


「むっかぁー……」


「……まあその方が嫌われるのに都合が良いと思ってたんだよ……」


「……嫌われ……?」


「あ、あーー!! そろそろ着きそうだな!!! 目的地に!!!」


「え? いや、なに? 私に嫌われようとしてたの?? なんで?」


「……先生の出身地を領地にするために貴族になるのに利用するんだ、この女とは仲良くしたら駄目だろ。って当時の俺は思ってたんだよ」


「当時三週間ちょっと前でしかないじゃない。っていうかそんな理由で私突き放されて……突き放されてた……?」


 あれ? 言うほど突き放されてなくない? そもそも私が魔導師嫌いだーって言ってるのに。あれー??


「そんなことより飯行くぞ。飯」


 誤魔化すように早口でユーリッドは繋いだ手をブンブン振る。


「前に聞いたよな? お前の好物」


「……あー」



『──お前が好きな食べ物なに?』

『──地竜の尾肉ステーキ』



 ……言ってたわね。変な質問だったから特に覚えてる。


「もしかして」


「ああ。実はあの後王都でそれが食える店探したんだが……お前まさか都内で一店舗だけ、しかも限定メニューで出してるとか聞いてねぇよ。お陰で探すのに苦労したってよ」


「そうね、言ってないもの。だからどう足掻いても今の時期には食べられないわよ、材料がないから。ところで誰に聞いたの」


「そりゃ俺にも一応前の変装特化諜報員みたいな手駒として使える人たちが居るからな、ちょっとした人海戦術でな」


「へぇ」


「そんでわざわざ調べた結果『材料ないので作れません』ときた。まあだからといってそれだけで諦めたくなかった。という訳で、共和国の闇市で売ってた地竜の肉を仕入れてその店に作らせてきた」


「……はぇ?」


 


 共和国の闇市って言うと法外な値段で色んな希少品が売買されてる市場らしいって聞いたことはある。場所は不明、偽物を掴まされても自己責任。何があっても国は関知しないともされてるヤバイところらしい。


 そんなところにいつの間に?


「あ、本物か偽物かくらい分かるし、目利きに見せて本物かどうかの裏付けもしてある。そこんところは安心してくれて良いぜ?」


「そういう話じゃなくない? っていうか私!! その話全く聞いてないんだけど!!?」


「そりゃそうだ? だってサプライズだし」


 ユーリッドは平然と嘯いて見せるが、私は気が気じゃなかった。


「だいたい、や、闇市って危ないところじゃないの!? ダメだよそう言うところに一人で行っちゃうのはさ!!」


「言うほど危なくねぇよ。〈煉獄〉舐めんな。つか俺で危なかったら闇市は伏魔殿かなんかだろ。人生きて帰れねぇだろそんなん」


「あ……それもそっか」


「わかったな? ということでお前は楽しみにしててくれ」


「あの初対面で安い酒場にエスコートしようとする煉獄君がちゃんと相手のことを考えて店を予約できるようになってて剣姫さんは感動だぁ……」


「誰視点だ……」


 ユーリッドが呆れたように肩を落とし、それから


「そもそも気配りができない訳じゃねぇよ? 俺は相手によって対応を変えてるだけだ」


「何よそれ、私にはあの対応で良いとでも思ってたわけ?」


「あのときのお前はガチで破談狙ってたろ」


 …………その通りですけど。


「でもほら、こう見えて私モテモテじゃん。相応にちゃんとした対応をしてくれたって良いじゃん?」


「………………」


「……ねぇ? ユーリッド? 何の無言よそれ……そこはこう……変な奴にモテモテじゃねーか的なのを期待してたんだけど……」


「変な期待やめれ。……言われて嬉しいもんじゃねぇだろ、それ。お前がへんなやつにモテるとかまあ、思ってたけど」


「思ってたんじゃん!!! やっぱり!!」


「……なんでそう嬉しそうなんだ?」


「べっつにー!」


 ……ええー、ほら、にモテちゃって困るなーってねーっ!! ねーユーリッド!!


「不名誉なことを考えられてる気がする」


 ユーリッドのこと別にへんなやつとは思ってないよー? あははー?


「……って言ってるうちに店が見えてきたな……ん?」


「……なんか、騒がしいわね?」


 道の先の方から聞こえるのは……悲鳴?


「…………かよ。つくづく運がねぇな……」


「……強盗。どこの店が?」


「これから飯を食べる筈だった店だな」


「そう」


 ──私は帯びていた剣を抜き放って。そして、全力で跳んだ。


 ユーリッドはそんな私の真横まで追随してきて、


「────おい!? 町中だぞここは!!」

「そう」

「そう、じゃねぇだろ落ち着け!?」

「やだ」

「しょっぴくのは手伝うけどよ!!? 少しは穏便にことを済ませようって考えは」

「やーだ」

「やだ、じゃねぇよ────!!!」


「だってせっかくユーリッドとの二人きりのご飯なんだよ!? 邪魔されたくないじゃん!!!」


「ああそうだな!!!? だけど一回落ち着け!? な!!? 移動だけで街道砕くなおバカっつー話だよ!!」


「そんなわけ────あっほんとだ」


 立ち止まって振り返ると舗装されてる地面が砕けて、私の抜けた通り道が台風にでも遭ったかのように荒れていた。どうやら移動ついでに過剰に魔力を撒き散らして移動していたらしい。


 魔法を使えるようになった弊害かも。ユーリッドは全くそんな素振りも見せずに追っかけて来てたけど。


「まああの程度の被害なら一瞬でもとに戻せるから別に構わねぇけども……落ち着いたな?」


 言いながらユーリッドが杖を一振りするだけで元通り。私は自分から噴出してる魔力をどうにかこうにか抑え……よし、ちゃんと抑えて走れる。全力で。


 待ってなさい、顔も知らない強盗……!!!!


「うん。……ところで、たまに目にするユーリッドのその修復魔法。私にも使えない? 毎回、その、私の不始末なのに、ユーリッドに手間を掛けさせてるのは悪いし……」


「お、おう? まあ、そのうちな」


「約束よ。……と、言うわけで今回は存分に甘えさせて貰うわね?」


「あ?」


 そう言うと不審に思ったユーリッドが首をかしげて、私は自然と口角を上がってしまった。


 それから、着いた。足を止めて、見上げると〈ドラゴンテイル食堂〉と書かれた看板がある。



「────あァ、逆らったら殺すからな!!!」



 強盗らしき汚い叫び声が聞こえて、ユーリッドは苦笑した。


「……王都、治安悪ぃな?」


 私は出入口の硝子戸に手を翳した瞬間──ガッシャァァァァァァァァァッ!!──轟音とともに弾け飛ぶ扉。


「たしかに、治安悪いわね?」


 抜剣。店内を見渡す。広いロビーの真ん中に集められて縛られた何人もの貴族らしき客と料理人らしき人達、黒いL字型の武器? を持つ明らかに身なりのなってない人達。後者が強盗なのは私の目から見て明らか。


 いち、に、さん。十二人か。貴族を囲ってるのが五人、厨房に居るのが三人、ロビーをふらついているのは二人で、出入口に武器を向けて見張ってたのが二人。


「銃か、珍しいもの使ってんじゃねぇか」とユーリッドが言う。L字型の武器のことだろう。


 銃ってあれだっけ、飛び道具だよね。


「何モンだァ!!?」出入口を張ってる強盗の一人が叫んだ。うるさいな。


「答える義理あると思う?」


 剣を使うまでもない。姿勢を低くして近付いて、武器を掴んで「なん──ブゲァッ!?」顎を真下から蹴りあげた。微塵も反応が間に合ってなかった。


「何しやがるテメ────あばばばばばば!!!?」出入口のもう一人が引き金に指を掛けた瞬間、電気でも流されたように跳ねてしばらくのたうち回って、…………気絶した。


「撃たせるわけねぇだろ、もう二度と殺される訳にはいかねぇしな」


 それからユーリッドはもう一度杖を振って人質の束縛を解放した。


「そんなんで死ぬわけないじゃん」


 そう言いながらロビーで手空きになってる強盗二人へと私は目を向ける。近かったので。


 私は手頃な椅子を頭めがけて投げて一人昏倒させ、もう一人手を引き床に倒すと頭蓋を踏みつけて意識を奪った。


「はいはいそうだな」


 そう言ってるうちにユーリッドは人質を囲む五人のうち三人を縛り上げて無力化していた。


「何その雑な返し……ま、いいかな。信じてたわよ」


 手加減するの面倒だなぁ。残りの二人をさくっと峰打ちで斬り捨てながら私はそう思った。


「……おう」


「「「────ぎゃあああああ!!!!」」」厨房の方から悲鳴が聞こえてきた。ユーリッドがやったんだろう。


「────……五対七だな」


 ユーリッドは勝ち誇ったように囁いた。


「にぇっ!?」────ぞわぞわぞわ。背筋に変な感覚が走り抜けていった。


 私の耳元で、吐息混じりにそういうことを言わないでよ!? ビックリしたあ……。


 …………………。


 …………えっ。あっ、勝負のつもりだったの!? 今ぁ!?


「おいどうした? 顔赤いけど、風邪か?」


「~~っ!! 私のことは今は良いわよ!! これでちゃんと全員なの? 隠れてる奴とか居ないわよね」


 この男、自分が好かれてる自覚がないのが困る。……それ、言ってない私が悪いんだけど……。


「ま、平気じゃねぇか? その辺探知したけど。つか、それよりも……」


 ユーリッドが苦笑いを浮かべた。それもそうだろう。


「──ありがとう剣姫様!!」「さすが剣姫様!!」「サインください剣姫様!!」「剣姫様肌綺麗!!」「剣姫様間近で見るの初めて!!」「超美人!!」「さっきの剣技はなんですか!?」


 人質になっていたみんなが私に殺到してきたんだから。ユーリッドには目もくれない。こらー、ユーリッドの方が倒した人数多いんだぞー?


「ありがとね! みんな無事でよかった! ほらユーリッドも書くよ!!」


「はぁ!? いや書いたことないんだが」


「いいから!! つべこべ言わずに書きなさい!!」


 私は笑顔を振り撒いて、差し出された色紙にサインをした。まあついでにユーリッドにも、腕を強引に抱き寄せてサインを書かせました。


 サインをねだってきてた人が微妙そうな顔をしながら受け取ってたけど、それ、ぜったいレアものだから大事にしてね!!


 というか私が欲しいよそれ!!



 ◇◇◇



「────盗まれただと!!?」


「はい……煉獄様から譲っていただいた地竜二匹は真っ先に強盗のリーダー格と思しき二人組に確保されてしまい……奪い返すこともできないまま、あのように人質に」


 あーあ、シェリーアがすっごい青筋浮かべながら笑ってら……。料理長さんが説明しながらすっげえ青い顔になっちゃって、かなりかわいそうなことになってるわ。


「お二方には感謝しています……。あの場にいた貴族様の親類から身代金をとろうと連絡している隙に皆殺しにした手際はさすが英雄様。重ねて感謝申し上げます」


「あ。ども」


 シェリーアが淡白な返事を返す。あーこれ一応本人感情を抑えようとはしてるんだろうけど魔力駄々漏れじゃん。


 仕方ねぇなぁ。俺なら指先で首筋あたり触れるだけで魔力を外から抑えることはできるし、やっておくか。


 普通なら他人の体内魔力に接触干渉するのはほぼ無理だが、魔力制御初心者でなおかつこいつがシェリーアだからできるってだけだぞ。普通はどうしても抵抗されて無理。


「──ひゃんっ!?」


 シェリーアが妙な声と一緒に小さく肩を跳ねさせた。手が冷たかったかな。


「悪いな、魔力漏れてるから抑えろ」


 俺はシェリーアの耳元で料理長に聞こえないくらいの小さい声で呟くと、シェリーアは顔を真っ赤にしてこくこくと頷いた。


「……ひょっとしてお二方、付き合ってたり──「そ!! それで!!? 竜を盗んだ二人組はどこに行ったかわかりますか料理長さん???」


「い、いえ!! それは……」


 シェリーアが食い気味に聞いたので料理長さんがたじろいだ。


 そんなに好きだと思われるのは心外なのか……??


 シェリーアでは威圧してしまうと思った俺は、シェリーアを後ろに押し退けて間に入る。


「そっか。悪かったな。とりあえずもうだいじょうぶだ。こっちで探す────……ふざけんなよ強盗どもが……絶対に取り返してやる」


「わ、わかりました!! この度はありがとうございましたぁ!!」


 俺がそう言った事で完全に顔を青くした料理長さんが勢いよく九十度に腰を曲げて一礼した。しまった、全部口に出てたか。


 完全に威圧してしまっていた。俺とシェリーアは気まずくなりながら店を出た。


「さあて、盗人。誰に喧嘩を売ったか、自分が何をしたか理解わからせてやる……」


「ユーリッドの目が本気だ……!!?」

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