二十五日目(3)「過去形」
『シェリーアちゃんのことちゃんと誉めて伝えてる? 外見とか、何かして貰ったりしたときとかも。ちゃんと変化がないか見ててね? あとなによりもそう!!大事にしてね!? そうすればきっと、えっと、そう!! 大丈夫だよ!! 自信持ってよ!!』
ティー師匠の言葉。ありがてぇなぁ……。ありがてぇ。具体的な案が無くてもかなり……いや具体的な案が欲しかったんですけどね。何か辛そうにしていたから、早めに解散した。一応、渡すもの渡したしな。
尾行してきていたはずのシェリーアの気配がなくなっている。またどこかで変なことやらかしてねぇと良いけど……。
「おやユーリッド様じゃないですの?」
「……リースハーヴェン」
「なんですのそんな神妙な顔で私を見て、もぐもぐ」
ホットドッグを頬張るリースハーヴェン。美味しそうに食べてるな。
「……お前は能天気そうでいいよなぁ」
「会って三秒でいきなりそれは含意を感じますの。ムカつきましたわよ?」
「あーはいはい。所で二人がどこか知らねぇか?」
「二人? と言いますとシェリーア様とイルミア様ですの?」
「おう。さっきまでシェリーアの方は近くに居た気がしたんだけどな……先生はそもそも分からん」
「シェリーア様はなにやら工房貸してもらうとかなんとかで工業区に行ってしまいましたわ。イルミア様は『あぶないから着いてこない方がいい、君は財布をよく亡くしそうだ』ってどこかへ……」
「…………なるほどな。ありがとな、リース、だいたい分かった」
おかげで先生がどこに居るか分かったので礼を言うとリースハーヴェンは不思議そうにまた持ってる串カツをがぶり、もぐもぐ。
…………。
「えっ、ユーリッド様? どこ行くんですか?」
「お前は来ない方がいいよ、どうせ財布スられるからな」
「はー!!? 盗られませんが!? あっわかりましたスラムですね!!? 良いでしょう掛かってくるといいですわよ!! スラムのお子ちゃまになんて財布の一つや二つ、盗られるわけないじゃありませんのよ!!」
「────う゛ぇぇぇぇぇぇぇ!!! ざ、財布゛二十個もスられましたのぉぉぉぉ!!!」
イルミア先生の住んでいたボロ屋にたどり着いた。
道中子供の集団が体当たり仕掛けてきて財布を強奪して行ったり、置き引きされたり、詐欺られそうになったり、口八丁で丸め込まれてあわや誘拐未遂……リースって、どうやって今まで生きてきたんだ?
「ああ、それは大変だったんだね。ユーリッド?」
「はいはい、慰謝料分おまけして取り返してきてるから安心しろ」
収納魔法には回収した二十二の財布が入っている。まあリースに返すとすぐまた盗られそうなので暫くは返さねぇけど。
「そ、そうなんですの!? ありがとうございます。ですが……」
「なんだ、どこに不満があるんだ?」
「子供や、飢えた人たちばかりだったでしょう? そういう人たちには別に分け与えてしまってもよかったのですが?」
「…………まあ、かもな」
「ふふ」
何故かイルミア先生が吹き出していた。
「先生?」
「あ、いやいや。お気になさらず」
そう言いつつも口元が笑っている先生。……まあ、そう言うならそうするか?
「で、先生は何してるの………って、大方想像は付くけど」
部屋に乱雑に積み重なっていた書物が半分ほど整えられて箱詰めやら紐で纏められているところや、バンダナにマスクにエプロンを着けて埃まみれになっている先生を見ればわかるだろう。
そして先生はどや顔で言ったのだ。
「見ての通り、片付けさ」
「もう引き払うのですの?」
リースは言外に『まだ私と来ないのに?』と含めて言った。先生は照れ笑うように、
「私、かなり元気になったじゃないか。これでもう床に臥せっている必要がないからひとまず旅行でもしようかな、ってね」
「そうなんですの」
「リース、君との約束も果たそう。せっかくだから二人で世界一周とかどうだい? 海を見てもいいし、山を見てもいいし、栄えた都市で買い食いしてもいい。最高だろう?」
「……? それ、全部やりましたわね」
「……あれ!!? そうだったね!?」
先生は今気付いたみたいな感じで驚いていた。
「いや、そうじゃなくてね。えっと……いや、うん」
「先生? 珍しいレベルで歯切れが悪いけどどうしました? 十中八九あれですよね、俺にバレないように雲隠れしようとしてましたよね」
「う゛ッ!! そ、そんなことは……ないかな?」
どうしてこの人たちはこう、勝手に行動するんだろう……。振り回される俺の身になってほしい。
「はぁ……全く……」
「勝手なのはユーリッド様も同じでは?」
心を読むなリースハーヴェン。
「それとは別にここを掃除したかったんだ。ほら、君も結婚、私も自由、ここに居続ける理由はないからね……」
「そうですの?」
首をかしげるリースに、俺と先生はどこに疑問が? となって見詰めた。
「そう見詰められると照れますの」
「そういうのいいから」
「……ノリが悪いですわね。そもそもイルミア様はここで臥せてる間何してましたの?」
「それは、ユーリッドを待ちながらユーリッドの事考えてユーリッドのために新しい魔法を考えてユーリッドに魔力を貰ってたね」
……!?
「…………イルミア様、ふざけないでくださいな」
「ふふっ────なるほどね、君はここで私が魔法教師をし続ける、という道について考えてないのかという疑問があったわけだね?」
「ええ、この地区の子供達から多少の魔法の気配がするのはそのお陰なのでしょう?」
「ああ。でもそれを続けるつもりはないよ、私はこう見えて利己的な存在なんだ。教師をしていたのはいざというときの保険。私を慕う子供達が壁になってくれれば────」
「「そんなこと出来ないくせによく言う」わね」
「えぇ……」
先生は打算でそんな事出来る人じゃないのはよく分かってるし────
「だいたい先生自体教えてるのは、結構楽しかったんじゃないんですか」
「…………その通りだが、腑に落ちない。ここは納得して話がお流れになるところじゃあないのかい? なあリースハーヴェン君」
「…………私、死体蹴りするのは割と好きですの」
「あ君ひょっとして全部察した上で追求してるね!? 趣味悪いよ!!?」
「これでも宵闇の国の女ですので?」
そいつは関係あるのか?
「なるほど」
先生も納得した……!!?
ただ、先生はそこで少し悩むように天井を見た。
「そうだね、終わりにしようか。ユーリッド」
「先生……?」
「私はもう先生じゃない。とっくに君の先生じゃなかった。今は一個人ならぬ一故人として、君の人生に過度に干渉するべきではない──」
「……あの日も言ったかもしれないですが、俺は先生が一人で逃げようとしたら容赦しねぇですよ?」
「その件については勿論、反省してるさ」
「……先生って嘘吐くとき右上を見ますよね」
「…………(右上を見る)……ははっ、そんな事はないよ。本当さ」
今の嘘じゃねえか!!! 反省してないなこの人!!
「まあ、準備は済んだ。旅行に行くのは嘘じゃないし、なんだ……一生会えないと言うわけではない」
「…………本当ですの?」
「嘘を吐いたかどうかはユーリッドならわかるだろう?」
「さあね」
少なくともイルミア先生はそのつもりでいるらしい。まあ後々嘘になるかもしれないところではあるが、それはこっちから会いに行けばいい。
「あ、そうだリース君、これを外に出しておいてくれないか?」
指差されたのは大きなキャリーバッグ。その要求になにか不満があるのかリースはじーっとイルミア先生を見詰めると、先生は首をかしげた。
「あー、これはー、おもそーでございますねー、暫くは戻れませんわねー」
超棒読みでそう言って、ガタガタとリースはバッグを運び始める。
リースが表に出たところで、イルミア先生はさも今思い付いたかのように口を開いた。
「あとはそうだ、一つだけ私も言い忘れていたことがあったよ」
俺に一歩近寄り、顔を寄せるイルミア先生。そして耳元で囁いた。
「愛していたよ、ユーリッド」
「────…………俺も、好きでした」
俺は、イルミア先生の発言の衝撃に少し遅れてしまったけれど、ちゃんと言った。いってしまった。今はもうあなたより好きなひとがいるのだ、と。
そう言ってすぐにイルミア先生は俺へぎゅっと抱き着いてきた。俺は……抱き返すことはしなかった。
「……ははっ、やっと。やっと、終わった。そっか、知らなかったよ。失恋はここまで心に来るんだね……今、私はとても消えてなくなりたいと思ってる」
「だめです」
「分かってる。許さないんだろう? 勝手に消えるのは。君はとても酷い男だ、まったく。酷い男……だ……よ……っ……」
「…………そうかもしれないですね、多分、まったくもってその通りだと。恨んでくれてもいいですよ、一月足らずの付き合いの女に心をやられたことは」
「いや恨むつもりなんて毛ほどもないよ。むしろ、楽しみだ。君たちの先も、この先の平和も。よかったよ、ほんとうに…………っ────」
────それから、すすり泣くイルミア先生に抱きつかれ続けること十数分。
この間珍しいことにリースハーヴェンは戻って来なかった。あいつも珍しく、空気を読んだのかもしれない。
それはさておき宿への帰路。押し黙っていたリースは開口一番にこう聞いてきた。
「さて、掃除は終わりましたの。ユーリッド様、これでもうこの街でやること、ほんとうに済みましたのね?」
「ああ、これから王都で諸々やって、それで……まあそっから俺は多分与えられた領地にカンヅメさせられるんじゃねぇかな。終わりだ」
「そうですの」
「ああ」
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