四章:政略結婚絶対阻止戦線-共和国-
十七日目(1)「終わりの始まり」
「────ユーリッド様ユーリッド様!! 写真撮りますわよ!!! 写真!!!」
……うぉえ……朝っぱらから揺するな……──ってまだ外暗いじゃねぇかよ……!?
「おーきーてーくーだーさーいーまーしー!!!」
「っせぇな……わかったわかった……」
がくがくと肩を揺さぶられてしまっては中々寝ることはできない。仕方ないと、二度寝を諦めてベッドから出る。
「それで、なんで写真だ?」
「理由なんてどうでもいいじゃありませんの。ここまで一緒に山越えした仲、冷たいことを言わないでほしいですわね?」
特に深い理由はない、と。
「言っておいたよな? 俺たちはこの国に〈シシ酒〉を取りに来ただけ。義父に会って速攻で帰る。長居するつもりはねえぞ」
「わかっていますわ、でもここは言わば私の庭。多少羽目を外したところで問題はない、ですわよね……?」
なんで最後自信無さげなんだよ。
「問題ない。今日の夜まで……今日で合ってるか?」
「日付はとっくのとうに変わっていますわ」
「じゃあ今日の夜までは大丈夫だ」
「では、全員一緒に写真を撮りますわよ!!!」
……元気あるなあこいつ……。
◆◆◆◆◆
「連れてきましたわー!!」
「リースちゃん、まだ暗いんだからあんまり騒がないでよ?」
「……わかりましたわ……」
素直だ。
「……ふぁぁ、まだ五時じゃねぇか。写真家なんて開いてんのか?」
「どこも開いてませんわよ?」
「「おい」」
しかしリースちゃんはどやどやしながら「コウモリ召喚!!」なんて。
三羽ほど鈍重な動きで、大きなカメラを運んできた。
「これ、私の家から持ってきましたわ。さあ、イルミアちゃんも呼んで揃って写真を撮りますわよ」
「……先生も撮るのか?」
「…………なにか悪かったかしら?」
リースちゃんは何も分かっていないようだが、イルミアさんは死者として完全に記録が残っている。きっと死んでないことにもできただろうが、イルミアさんはそれを許さなかったに違いない。
まだこの世に留まっていることさえ不本意なんじゃないかとさえ私は思っている。
そんなだからもし今写真というここに在った証拠を残すとマズい。ユーリッドも私もそうは思った────けれど。
「ユーリッド、たまには良いんじゃない?」
私は自然とそう口にしていた。ユーリッドはお前先生写真撮ってどうなるか分かってんのか? みたいな目で見てくるけど、つーんと無視してやる。
「そうですわよ!! 残しましょうよ、写真!!」
「…………そうだな、先生を呼んでくるわ」
やった、ユーリッドが折れた。
そのまま、イルミアさんが宿泊している部屋に向かっていくユーリッドを見送る。
「結局、英雄様とは出会えませんでしたわね」
「…………ソーダネ」
リースちゃんは落ち込んだ様子でそう言った。目の前にも、というか君が一緒に旅した三人全員英雄だったんだよ? って言葉はなんとか飲み込んだ。男、ユーリッドだけだし。
「リースちゃんはさ、うちの新人メイドでしょ? ご飯作ってもらったり、野営の準備とか結構手際よくて本当に感謝はしてるんだけど……そもそも何でついてきたの? お母様の命令?」
「そうですわ。ご主人様は吸血種の私が困っているときに住み処やご飯を恵んでいただいたので、その恩に」
「ところで、お母様は何か……変なこと言ってなかった? 予言チックな事とか」
「……言っていたような、そうでないような気がしますわ……どうでしょう」
「わからないならいいんだ。お母様の行動は結果的に良い方に働くことが多いし、何か考えが伝わってきてないかなって思って……」
「むむう……」
何かあっても不安だし、何もなくてメイドを寄越すなんてなんだか生活能力がないよねってお母様に言われてるようで不満だ。
「あっ、思い出しましたわ」
「何々?」
「この国に着いたら、彼を単独行動させないようにって言ってたわね」
………………。
「ねぇ、リースちゃん」
「はい? 何でそんな怖い顔してるのでしょう……?」
「あはは、それはリースちゃんが手遅れのタイミングでそんな事を言うからだよ」
「………???」
「分からなくても一緒に行くよ、ユーリッドもう外出てるっぽい。匂いしないしさ」
「………あっ、そういうことですのね」
◇◇◇◇◇
────先生が泊まっている部屋に行ったら、そこはもぬけの殻だった。
「………ったく、どこ行ったんだよ、先生は……!!」
契約の魔力を伝って、どこにいるのか探ろうとしても先生は普段魔力を受け取ろうとしない為に非常に弱い反応しか分からない。
どこに居るかが殆ど分からない。
「あーーーくそ!!! どこだよ!!」
「────そこの!! 人の家の屋根の上を走るな!! 降りてこーい!!」
「……っ」
怒られたが知ったことか、先生がどっか行ってしまった方が俺の中では大事なことだ。
探知魔法を打って引っ掛からない、転移する。探知魔法を打って、転移魔法、探知魔法、転移魔法。
先生はきっとまだ魔力は空だろうから遠くへは行ってないだろうが町全域を探知しきったというのに先生の姿が見つからない────苛立ちが募っていく。
……って、しまった。なにも言わずに出てきちまった。完全に頭に血が昇っていたとは言えど、よくない。一回戻るか……?
「────ょ、よう」
白髪の目立つ大男が、転移した先に立っていた。
「お、
何故か声が震えていた────あぁ、そうか。
俺は1つ、最近まで忘れていた石コロを取り出して魔力を通す。同時に義父の姿をした奴の服の内から光が漏れ出した。
「秘匿回線魔石、だっけか? 久しぶりだな」
「あーーーーやっぱバレてますじゃないですか!!!! やだこのお仕事!!! 国に帰るぅ!!!」
「待て待てまて」
「んぎぇ!?」
逃げようとした変装魔導師を魔法で縛り上げる。
「えっと、まあ、アレだ。話そうぜ?」
「やーだぁーー!!! 助けてー!!! 衆人環視の前で何やるつもりですかーー!!! 」
「当然尋問だ。つーかこの国で立場割れて困るのはお前もだろ、諜報員。そしてこのタイミングで俺の元に騙そうって意思を持って現れるお前のようなヤツなんざ信用できるかよ。そう思わないか?」
「どんなタイミングかは知らないですけど全く持ってそうですね!! これだから好戦派のアホの下で働くのは嫌だったんだ!!」
「……憐れだと思うが、別に逃がしてやろうって考えはしねぇぞ?」
「ちくしょうめ!!! あーーー助けてくださーい!! 見てるんだろ!!? 〈斧王〉様ァ!!」
「────ああ、見てたゼ、同じ国の人間に杖を向ける魔導師サマの姿をナ」
探知魔法をばらまいた結果、〈斧王〉などという英雄はこの町にはいないはずだった────だが、その声に答える男が居た。
大きな大きな斧を担いだ、壮年の色黒男。彼こそ、〈斧王〉である。
「どんな手を使った?」
「言う訳ねえだロ、でもマァ……こうもアッサリすり抜けるなんて探知魔法も大したこと無いナ?」
「…………」
「というか遅いじゃないですかぁ!! 死んでるかと思いましたよ!!」
「悪い悪イ、町中でただならぬアンデッドと遭遇してナ。処理してたら遅れタ」
────ただならぬアンデッド?
「………………あぁ、そういうわけか」
まあ待て。まだ先生と確定したわけじゃ
「オ? どうしタ? やるって言うならやるゼ? ……って、そういやさっきのアンデッド、こんなものを落としたナ」
そう言って〈斧王〉が投げ落としたのは────。
「────その、杖は、アァァァァァァァァァァ!!!!」
俺はその杖に見覚えがあった。ありすぎた。
────だってその杖は先生の杖だったからだ。
◆◆◆◆◆
「────ふぅ、危なかったね。お陰で杖をなくしてしまったけれども、ユーリッドの見ていないところで勝手に消えるなんて、彼に対して不誠実だ」
路地裏で荒い息で重度の疲労や激痛を耐えながらイルミアは隠れ潜んでいた。
まさか、宿で寝ているときに念力で思い切り外に引きずり出されるなんて想定していなかった。全盛期なら事前に対処できたかもしれないが、今は終わりの見えるこの身だ。
お陰で死にかけることになった。
「……まあ、死んでいるけどね、私は」
皮肉も、聞く人間などいない。ふふ、と自嘲するかのような笑いすら浮かべて────。
「はぁ、やっと見つけた!!」
「────っ!!」
とっさに構えた左手で氷の魔法が、声の聞こえた方へと放たれる。弱々しい魔法だ。
杖は出力を増加させたり、魔力の伝達を助ける役割がある。杖を失っている今のイルミアは、非常に無力だった。
「見つけましたの────へぶっ!?」
氷がぶつかったのは一羽のコウモリだった。コウモリ……?
「イルミアさん! 大丈夫!?」
「………………ああ、君たちか、助かったよ。ごめんね、リースハーヴェンちゃん」
「いえ、警戒は当然、ですの……ぉぉ……」
かなり痛そうに鼻先を抑えるコウモリ。
「…………っ、ひどい怪我。右腕が……!!」
シェリーアがイルミアへと駆け寄って、彼女のそのひどい有り様に顔をしかめる。
────右腕は二の腕の中ほどから先がなかった。
力ずくで圧し切られたのか、傷口はぐちゃぐちゃだ。血は流れておらず、やはり死んでいるのだと分からされる。
「………………イルミアさん、誰にやられたの?」
「さてね、遠くからやられたのから、顔を見ていないが……大方〈斧王〉辺りか……」
「〈斧王〉ね、覚えておくわ」
〈斧王〉は、帝国の英雄である。それがイルミアを襲ったということはユーリッドを狙った犯行であり、つまり────。
「また、戦争したいのね」
「えっと、〈斧王〉様、というのは?」
「悪いヤツよ。気にしないで良いわ。さっさとユーリッド回収してアイツの父親と合流するわよ────」
──ぼごぁぁぁぁぁぁ!!!
「な、何の音ですの!?」
「火事……?」
「────あいつだ」
「ちょっ、お嬢様!!?」
シェリーアが走り出した。
遠方で耳を裂くような破裂音とともに火の手が上がった。それだけなら。それだけだったならシェリーアは見送っただろう。
だが、彼女の嗅覚が、見逃せない情報を掴んでいた。
その事に、イルミアもまた気付いていた。
「リースハーヴェンちゃん、私を火事の現場に運んでくれ……」
「そ、そんな体で、ですの?」
「どんな粗雑な杖でもいい、杖も欲しい。魔力に関しては仕方ない、道行く人から徴収させてもらおうかな」
「う、動かないでくださいまし!! 無理はよくないですわよ!!」
「────今無理しないで、いつ無理しろっていうんだ?」
イルミアに真っ直ぐ見つめ返されて、リースハーヴェンは口ごもる。たった数日の付き合いで『優しそうな人』と思っていたけれど、それは違ったらしい。
「ユーリッドが危険だ。……何、大丈夫さ。私は既にこの世に無い死体の1つ、気に病むことも留めることもしなくて良いさ。君も彼には恩を売れるときに売っておいた方が得をするだろう……連れてってくれるかい?」
「……仕方ないですわね、英雄様に恩が売れるなら仕方ないですわね!!」
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