十六日目(夜)「昨日は死んで、明日は生きる。今日はただ、休むだけの日で」


 ────共和国某所。


「これがシシ酒ねェ、マズそうだ」


「そうは言うな。お主の息子の頼みではないか」


「義理の、な」


 白髪の大岩のような男が、瓢箪をぷらぷらと振る。その瓢箪の中身こそ、シシ酒。


 本来外国の人間が入手することは難しい酒であるが、この男〈岩崩〉グローゲンに対し共和国に恩がある。その伝手でなんとか入手したのである。


「んで、あいつらどうだった? ラブラブだったか?」


 大岩のような荘厳さを纏う男がその顔をだらしなく崩す姿に、彼に相対する〈時詠〉は苦笑した。


 だが、彼女には聞かなければならないことがあった。


「のう、お主」


「アー、聞きたくねェ」


 フランの表情を見て何を聞くか察したのだろう。グローゲンはなんともみっともなく耳を塞いで顔を背けた。


「お主の息子には想い人がおったのだな。それも過去の人だ」


「……やっぱりアイツ、アレのこと好きだよなァ……?」


「直にあの娘に話を聞いたのでのう、お陰で娘も一度死に目に遭っておるがの」


「……ハァ? 親バカのお前があの小娘をみすみす死なせたのか?」


「妾は親バカなどでは決してない! ……ともかくその方があの子のためになると思うたでの」


「死ぬことがか?」


「取り返しがつくのはおいたでのう、この通り品はすべて揃うた。では、生き返れることに違いなく、それは寧ろ得だ。そうであろう?」


「あァ、あのゴミ魔法か……あんなん自分の意思と関係なく勝手に見えるヤツだろ? 大体死んどくなんてねェだろそんな答えじゃ儂ァ満足したりしねェぞー?」


「あの子には、誰かをちゃんと愛して欲しかったからのう。あとは……そうさな……秘密じゃ」


「おいおい」


「女子に秘密はつきものじゃろ?」


「女子(笑)」


「どつき回したろかクソジジイ」



 ◆◆◆◆◆



 ……って、わかるかな。


 長く戦禍にあった王国では、王国民────貴族至上の思想が深く根付いてしまっていた。


 王国の貴族であることがまるで至上の悦びのように扱われ、生まれたことを感謝しろ、とまで言われる始末。


 そんな王国では人を人とも思わない思想が在った。それを下地に科学魔法は進歩を繰り返し、遂にその禁忌まで手を染めたのだ。


 =をトップとした科学局で、英雄の血などの英雄の要素を詰め込んだ人造人間が


 フランの人形。急増英雄。出来損ない。人の形をした化け物と呼ぶ声もあれば、人間未満の赤子なんて呼ばれることもあった。それは〈王国人造英雄兵器〉。


 それは確かに目論見通りの強い魔力を備えていた。兵器として運用できるほどに。


 だからたくさん死んだ。戦場で殺され、研究所で処分され、街中でも突然。彼ら人造人間も赤子から成長する生き物であり、強引な英雄性を小さい体に取り込むなんて、本来は無謀な行いだったのだろう。


 だからと言って研究は止まらなかった。戦争に勝てると、研究者の大部分は躍起になってもっともっとと、強欲にも強さを、数を求めた。


 けれど、誰かが非人道的な行いを咎めたのだろう。ひとつの事件を経て、研究所は閉鎖。今ではその計画を知る人間も極僅か。被験者ももう両手で数えるほどしか居ないだろう。


 ────だって、私たちは使い捨ての道具だと、悪い人に聞いたから。




「…………おじゃまします」


 共和国に着いて、すぐに私たちは宿を取った。野宿続きにリースちゃんが『もう無理ですわぁーーー!!』って泣き付いてきちゃったから。


 リースちゃんは部屋で寝ている。ユーリッドも、多分かなり疲れていただろうし、寝ているに違いない。


「やあ、いらっしゃい。こっちへおいで、とてもきれいな月が見える」


「……イルミアさん」


「おっきくなったよね、あぁ、君にこんなこと言えるような間柄じゃ決してなかったけども……」


「七年、ありましたからね。私のが貴女に矯正されたあの日から────」



 ◆◆◆◆◆



-a〉。そう呼ばれていた頃に、私はこの人を殺した。


『君、明らかに洗脳されてるね。折角だ、こっち来てくれるかな────』


 油断している英雄を殺すことくらいは容易に出来てしまった。…………敵対する相手にするには些か無防備が過ぎる行為だっただろうけど、その死までの僅かな間だけで本当に私に施されていたがなくなっていた。


『何を…………!?』


『自由に……かな? ははっ、君は根本から人間とは違うようだね……造られた人間? 少なくとも人がしていい行いじゃ、ないね。最近英雄が無駄に増えたのはそういう……あ、名前、聞いていいかな?』


『──────シ、ェ、リーア。』


『……それはそれは、可愛らしい名前だね。シェリーアか……使い捨て前提の短い寿命なのが、勿体無いね』


 ────死にゆく人の言葉じゃないな。帝国軍の信号弾が上がるのを見て、そう思いながら撤退したのを強く覚えていた。


 ◆◆◆◆◆


「────矯正って、あれは軍人として単純に揺さぶりをかけただけだよ……大体君がそれにしても、七年か。長いものだね」


「…………」


 揺さぶりにしては、無防備が過ぎていた。そうは思っているけれど、私はなにも言えなかった。


「このままユーリッドに体を作り替えてもらうといい。君は、まだ若いからね。……あのままだったら君のの体は長くなかったんだろう?」


 シェリーアというのは表向きの名前で、お母様から貰った名前だ。お母様は技術者として籍を置いていたものの、高い能力を買われて半ば脅される形だったらしく、それを救ったのは〈岩崩〉。


「……三年なかったくらい? らしいです」


「そうか、良かった」


「……良かった?」


「なにもなければ三年で死んでいた、なんてやっぱり勿体無いじゃないか。うん、良かった良かった。あのとき、ああしておいて良かったよ」


 イルミアさんはしきりに頷いていた。ただ、動きがぎこちないように見えたのは気のせいではないだろう。


 きっともう、長くないのだろう。それなのに霊峰では戦闘行為なんてしていたこの人の底抜けた自己犠牲には恐ろしさすら感じられた。


 私は、恐る恐る質問を投げ掛けた。


「イルミアさんは、あとどれくらいなんですか?」


「……さあね? そんなものは神のみぞ知る、ってやつさ。ほら、シェリーアちゃんも見なよ。共和国だからかな、蝙蝠形のクレーターだ」


 イルミアさんはそう言って窓から空を見上げた。


 雲ひとつない空で蒼い月が寒々と輝いている。そのクレーターまでもはっきりと見えるようで、王国よりも空気が澄んでるなぁ、なんて思った────ってちょっと待って?


 あのクレーター近付いてきてない??


 いや近付いてきてるわ!! 月のクレーターはどこの国でも同じ形をしてますって!!


 そしてその影はそのまま窓に────バシーン!!


 激突して落ちていった。ドタドタと足音がしてそれから入り口が開かれた。


「────写真撮りますわよ!!!」


「「えっ」」


 ……なんで???

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