十九日目(夜)「全裸騎士の正義」


「────やあ、〈煉獄〉。君にリベンジに来たよ。ハニーを返せ」


 俺が屋敷の前に辿り着くと、その屋根の上から少年の声が辺り一帯に響くほど大きな声で叫んだ。


「グランデ=エクスフォード」


「如何にも、僕は〈裁弓〉グランデ。右足が凍てつき動かないが、追い付いたぞ〈煉獄〉


「今、お前に構っている余裕はないんだ。さっさと国に帰ってくれ」


「それはつまり今なら貴様を殺せるんだな」


「違えよ、


「匂い? はは、油断させようとしたって無駄だね。そんなものはないのだから」


「……なぁるほどな、シェリーアが言ってたのはこのクソみてぇな匂いの事か。だとすりゃあ先生がか」


────矢が眉間目掛けて飛んでくる。言葉を中断し、首だけの動きで回避する。


「はぁ、人が考えてるところなのに邪魔するなっての」


「やっと僕を見たな」


「見たら何だよ」


「ハニーを返せ」


「なんだよそれだけかよ、もう少し手がある訳じゃねぇのか」


「ハニーを返せ。君の手から僕に。けどね」


「…………………………誰の入れ知恵だ?」


「おや、ようやく話をしてくれるようになったのかな、おじさん」


 挑発するように笑うグランデ。ちなみに弓を構えていないが、彼の矢は魔法だ。あまり弓は関係がなかったりする。


 ────そろそろ苛立ちが抑えられなくなりそうだ。先生がどうにかなっているかもしれないのだから。つーかこいつそもそも三回目だろ。何回来るんだよ。


「──三度目の正直、というやつさ」


 気障ったらしく髪をかきあげるグランデ。僅かにやつれた様子があるものの、様になっている。やっぱりムカつくな。


「僕は今日、ハニーを貴様の手から取り返す」


「……お前俺のこと何だと思ってんだ?」


 そう言い返したものの、グランデは全く聞いてない。そしてよくわからんけどいきなり笑い始めた。


「ふふふ、はははは、あははははは!!! ハニー!! ハニーハニーハニー!!! 君が不浄にも死霊として使役しているとは誤解だったんだね!!」


「だから、誰に入れ知恵されたかって聞いてんだが……」


(にしてもこんな傍迷惑な奴が屋根上に居座ってて、中から何も無いのは……本当に不味い事になっている……?)


 ────静かなのだ。騒いでいるのはあいつだけ。


「僕は!! ずっとハニーと居た。ああ、この世のだれよりも清らかで清楚でお淑やかなシェリーアちゃん!! ああ、ああ!! 僕は今日!! 神敵を滅ぼします!!」


 弓をようやく構えたグランデ。あいつに向けて魔法を────


「ユーリッド様!!! 後ろですわ!!」


 ────リースハーヴェンの声。とっさに使う魔法を〔拘束〕から〔転移〕に切り換え────「とったね、君の大事なイチモツ」あああああああああ゛!!!!


「なぁ、にがイチモツだ、致命傷外してんだよ……ぃ!!!」


 ────身を逸らして、心臓狙いの一太刀を右腕に受けながら転移。カウンターマジックとして転移地点を爆破「おおう、これは激しい……イイ!!」しっかりと盾で受けきられていたが、まあしかたのないことだ。


 それよりもグランデを無力化させる。この状況で最も削りやすい相手であり、生き残られると厄介だからだ。


「なっ、腕を斬られながら転移するのか貴様は!!!」


「ちょっと寝てろよ」


 拘束魔法により簀巻きにして屋根上から蹴り落とし「ぎぇっ」落下中のその体に落雷をぶち当てる「あばばばばばばばばば!!!!」


 よし。


「ゆ、ユーリッド様、う、腕が……!!」


「結構綺麗に切られてんな……これ。右肩付け根から骨ごとバッサリ、一応これでもかなり強めに防護魔法掛けてるんだぜ? やっばいわこれ」


「どうだい、ご立派様のこの威力は。一発で逝けそうだっただろう?」


「……ほんっと、いろいろふざけてる癖に実力だけはある……何で今更狙うんだよ俺らを」


だね。知ってるかい? モテる男には他の男より魅力的だからモテるんだ。全てにおいて他の男よりも上回っているからモテるんだ、つまり?」


 何やら問いかけてきてるが、答えなきゃか? それ。


「ユーリッド様」いつの間にかリースハーヴェンがコウモリの姿で俺の背後まで忍び寄ってきていた「……ユーリッド様、あの変態の相手、するんですの?」


「するしかねぇだろ。リース、出来るか? アレの相手」


「リース」


「言いにくいから」


「ふふっ、良いですわよ?」


 嬉しそうにぐるぐると回るコウモリ。ならよかった。


「さて。目下の問題はアレ、あの変態ですわね。たしかイルミア様を一つの場に3日近く縛り付けた化け物ですのよね? 無理ですわ、私、英雄の器ではありませんの」


「アレとか化け物とか、このご立派様を褒めてくれるんだね、ありがとう!!」


「てめえのモノの話はしてねぇよ!!! 帰ってくれ!!」


「断る────そして答えは正義感のビックマグナムだからさ。おっぱいと男の器はいくら大きくてもいい。あと女の太もももね?」


「だから帰ってくれよ……!!」


 変態が家の前にいます。全裸に顔を覆い隠す兜、盾と剣を構えたド変態が敵対行動を取ってきます。しかも以前会ったときとは違い、ガチの全裸。なにこれ。国を出てまで追いかけてこないでくれ。


 要は死霊術師は人類悪なので正義感胸に燃やして参上しましたって訳なのは分かるけどさ。


「正義感燃やす前に服を着てくれ」


「着たら燃やすだろう? 全裸じゃないとヤれないからね、減らせる手間は減らす主義なんだ」


「防御力云々も解決してやがるからなぁこの全裸……!!」


 多少炙ったところで火傷一つ負わないだろう。じゃなきゃ戦場で全裸とか狂気だ。……いやどんな防御力あっても全裸は狂気だが。


「さあ! まぐあおう!! 野郎だって大歓迎だ!!」


「俺は嫌なんだけどなあ!! ──リース、悪いけどお前に


「────!!」


 リースが心底驚いたように、目をぱちくりさせる。だがそのあとすぐに悪戯っぽく笑う。


「……イルミア様ではなく?」


「二度言わせんな、そんな余裕はねぇぞ」


「はい、分かりましたわ」


 コウモリの姿が夜霞と消えていく。


「はっはー!! さあさあ死霊術師!! 楽しくやろうぜ!!」


「…………殺す気でやるからな、死ぬんじゃねぇぞ」



 ◆◆◆◆◆



 ────甘い臭気が立ち込めている。


 少しでも油断すれば意識が囚われかねない、そんなヤバい匂いに私は────


「呼ばれてるから、行かなきゃ」


 完全に持ってかれていた。意識があるんだけど体が、体が言うこと効かない……!


 ちょっ、助けて誰か。確実にヤバいじゃんこれ、全く足が止まらないんだけど!! 怖い怖い怖い怖い!!! 助けて!


「そうですわね、こっちでいいですの? 儀式場ではありませんの?」


「わからない。呼ばれてる。こっち来てって」


「そうですの?」


 いや私が一番分かってないからそんな目で見られても!!!


 うわー、なに、もっと抵抗した方がいいよね。ふんっ、ふんぬっ! うおおおおお!!!


「開けて」


「……いいんですのね?」


「開けて」


 無慈悲!! 何一つ動きませーん!! 助けてぇ……。薄々分かってたよ、この匂いが体に良くないことは!! でもこんなことになるとは思えないじゃんね!!


 泣きたいのに泣けないし叫びたいのに叫べないし笑うこともできないし助けを求めることも出来ない。


「さて、シェリーア様に一つだけ忠告を────?」


 本当に一言だけ残して、リースちゃんは影へと消えていった。……どういうこと? 意味深なこと言ってどっか行かないでよ、とめてよ私の事を!!


 だけど、私の体は止まらないし、リースちゃんは戻ってこなかった。


「いかなくちゃ」



 ────そして扉が開かれる。



 儀式場の中心で正座する『■■■■』が居る。『■■■■』? 何だか『■■■■』を見るときだけ全部が曖昧になる。『■■■■』ってなに? わかんない。『■■■■』は私の、そう、。『■■■■』、『■■■■』! 『■■■■』!!! そうだ!! 『■■■■』が主! 私の、守れ。そうだ『■■■■』は儚い。既に『■■■■』は弱っている。だから『■■■■』は血を肉を再構成した。死■の■として、所謂ノー■イフ■■グ、なんて言われてる、■■■。禁忌はこの■者■王が産まれないために禁忌? 禁忌は禁忌って? わか■■い。わから■■のは怖■。こ■い。こわ■、■■■よ、■■■んだ、まって考え■■だめたす■■、た■■て、や■、こわ■、『■■■■』って■? 『■■■■』ってなんて発声すれば『■■■■』さんのことはずっとよく知ってたのに全■思■出せな■。体、動■■■し■■やだ■■■■■。た■■■。ユ■■■■。■■■■■!!


「よく、来てくれたね……どう? 調子は」


『■■■■』が揺らぐ。『■■■■』は柔らかく、■らかく? 笑■■? 笑っ■■の?


 何もわ■■ない。わから■■。■■■ないの■、こ■い。息が■■ない。


「……シェリーア? 大丈夫かな?」


「はい。呼びましたか?」


「呼んだよ。ああ呼んだとも。聞きたいこと、あるんじゃないかい? 『■■■■■』の事とかね」


『■■リ■■』? あんまり聞き取■ない。


「はい。ではそれで」


「……本当に大丈夫かい? 普段通りならそんな男の理想の妻みたいな反応は……ああ、ごめんね。もしかして、抑えきれてなかったのかな」


『■■■■』は、『イル■■』はそう言いながら涼しげな風を部屋のそとから運ぶ。


 ────


「主」


「……え、まだなのかい? あー、本気で『■■■■■』との契約切ったら君の契約が付いてきちゃった感じかな」


「その通りですね、イルミア様」


 そうだ、『■■■■イルミア』だった。発声出来る、漸くつっかえてたものが取れた気がする。安心できる……安■? ■■ってなん■■■。


「……うっわ、気持ち悪い。私、こんなつもりじゃなかったんだけれど……まあ、儀式はちゃんとやるし私も君も大丈夫だからさ。安心してよ」


「安心? 今以上の安心がどこに?」


「……大丈夫かな、これ。どう思う? リースハーヴェン嬢? ……あぁ、いない? この分じゃ本当に外にあの変態が居るね……だとすれば」


「イルミア様、私は何をすれば」


「待っててね、今、『■■■■■』へ私が与えてしまった■■■で産み出した■への損害を全部帳消しにするための作戦を考え直してるところだから」


「はい、わかりました」


「誤算だった、たしかにあの嗅覚の鋭さじゃ被害は大きくなってしまうか……しかし……」


「お待ちしております、イルミア様」


「うん、じゃあ……悪いけど寝てて」


「わかりました」


 ────そういえば『■■■■■』って、何でしょうか。まあ、どうでもいいけれど、それはとても。



 ◇◇◇◇◇



 ────勝負というのは同じステージに立っていなければ発生しない。


 だから、結局のところ、答えは一つなのだ。


「ははははははははははははははははは!!!! 一晩中なんてそう何度もないって言うのに!! そうかそうか!! まだヤり足りないか!!」


「うわあ、もう帰ってくれよ」


「無理だ、この股間に輝く正☆義☆感が!!! ギンッギンにイキリ立っているのだから!!!!」


 うわあマジでほんとうにかえってくれよ……!!


「ユーリッド様、もう私攻撃するのも嫌ですわ……」


「悪い、まだ決定打が無いから当分このままだ……」


 昨晩のうちにいつの間にやら着替えていたリースも手伝ってくれては居るものの、どうしようもなく拮抗したまま──「亀甲縛り?」黙れ全裸。


「ははははは!! 黙れと言われて黙るやつは不能であろう!!? 違う!! けしてこの正☆義☆感が屹立している限り!! 撤退など無い!!」


「どうすんのさこれ」


 俺がげんなりしながら呟いて────


「こうするのさ、アレ」


 ────凛とした声が響き渡る。


「ほぉ、おおおおおおお/////!!! つっめたああああああああああああああ────」


 そして僅か一秒足らずで氷像が出来上がった。この手際は……もしかして!!


「せ、先生!!」


 屋敷から出てきた先生は様子が違った。どこから魔力を取ってきたのか実に生き生きした様子で辺りの気温まで下げているほどに、力強くそこに在った。


「おや、ユーリッド……右腕、どこに落としたんだい?」


「これですわね、ユーリッド様の右腕は!!」


「おう、ありがとうなリース」


 俺は右腕を肩に押し付けて強引に回復魔法で接着、再生を始めた。


 さて、それはまあ良い。


「………………」


 シェリーアが、先生の三歩後ろに付き従うように立っている。変わり無いようで良かった。


「シェリーア、無事だったんだな? よかった、さっさと────」



 ざくり。と、そんな音が、自分の体から聞こえて首を捻る。


「────は、ぁ?」


「え、シェリーア……っ、何でまだ何も!!」


 先生がまず弾かれたようにシェリーアを俺の前から弾き飛ばす。その様子を呆然と見て、俺は急に辺りが暗くなる錯覚に襲われた。


 あー。はいはい。なるほど。


「──ぇ、刺されたのかよ……いってぇ……」


 バランス崩して倒れた。うわ、無様。痛そうに転んだんだろ、今。


「ユーリッド様!!?」


「死にゃしねぇよ、ちと、疲れただけだ」


 事実、死ぬほど深い傷ではない。大体直せる────だが、儀式は今すぐ行うのは無理だろう。


 ああ、だけどまあ。ほんとに、全く、見逃せない事をした。


「いまさら、やらないでくれよ、そんなこと……!!」


 なあ────

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