二十日目(1)「俺は負けない」
俺は座り込んだまま、シェリーアを背に隠した先生に言う。
────どうやら先生は死霊魔術で肉体に縛られることを辞め、完全に死霊の魔物と化したようで元来の銀髪は地面につくほど伸び、肌艶が寧ろ良くなっている。顔の作りも体格も殆ど変わっていないが、もはや人間を辞めたのは俺は見たときに気が付いていた。
「なあ、先生。やめてよ」
「………………っ、や、やめはしないよ、前からずっと、最初から何度とも言ってきたが、君は縁を切るべきだったんだ。君が切らないから、私から切ってやったんだ。死んだ私の死霊術師の才など持ち続けても得なんか在りはしないのだから!!!」
先生は、鬼気迫る様子で絶叫する。真剣である。ふざけてない。言い分はたしかに、そう、その方が良いと思わないことはない。
ああ。だからって『いまさら、ばかなことをするのはやめてくれ』。
────あと少しだったんだから。
◇◇◇◇◇
────先生が死ぬことになるあの日。
俺はその戦場の指揮官である先生の指示で陣営から少し遠くで劣勢を覆す戦果を挙げて。
帰ってきたときにはもう、陣営が壊滅していた。
築かれた陣地、砦は滅茶苦茶に蹂躙されていて戦果に浮かれていた頭は冷えきっていた。けれど、足だけは止められなかった。まだその頃は移動魔法にまでは手が回っていなかったから。
『先生、先生……、無事でいてくれ……お願いだから』
────現在から分かっている通り。その願いは叶うことはなかった。
『────……私が……造られた……なにそれ……聞いてな────』
呟きながらやたら危ない目をしてぶつぶつ言っている女兵士──シェリーアに存在をバレないように息を殺してすれ違うように先へ。
しかし急いで急いで急いで、辿り着いたときには先生は虫の息で。もはや一言も喋ることはないほどだった。
『先生ッ!!』駆け寄る『先生!!』倒れていた先生を抱え上げる。まだ全然暖かかったのを覚えていた『目を開けてくれ!!! 先生!!! 俺、俺っ!! ちゃんと押し返してきたよ!! ちゃんと言われた通り!! 先生っ!! だから褒めっ、せ、せんせ、めを……』
うっすらと開いた先生の目が俺を見つめて、少しだけ口許が緩んだ。
(君は、やっぱり放っておけないなあ)
────俺がこんな必死に詰め寄らなきゃ良かったんだろうか。
先生の声が頭に響いて、まじまじとその顔を見返す。
『ぇ……』
(そんなに泣かないでよ、じつは、君を待っていたんだ)
────嘘だった。待っていたなんて嘘だろう。単に先生にあったのは『他人を悲しませたくない』、ただそれだけだったに違いない。
……そんなこと、絶望の淵に立たされたあのときの俺に理解しろと言うのはとても酷いことだけれど。
『せん、せ?』
(今から君を騙す。悪いが君は暫く私の言いなりになるだろう。恨んでくれて構わな────)
俺は、僅かに持ち上げられた先生の手を、先生になにか言われる前に取った。それが、契約だとは知らなかったけれど、先生を救えそうななにかを感じたから。
────救えるなら俺は死んだって構わないって、思ったから。
◇◇◇◇◇
最初は、騙されていた。
俺は、死霊術師。
そうだと、思い込んでいたのは最初の二年だけだった。それからは先生の才能を俺が共有しているだけと気が付いた。
どういう理屈か、先生の技能は俺も使えるようになっていたのだ。俺が英雄〈煉獄〉たりえたのは、きっとズルみたいなものだったろう。
因みにシェリーアが魔法を使えるのもまた、この技能の共有が原因だろう。母が魔導師で、おそらくまともな魔法の一つしか出来ない欠陥と揶揄されていたあいつは、すごく楽しそうに魔法を使ってて────いや、今は関係ないな。
「むりやり、契約したんだろ? 俺が手を取るってわかってて」
先生は果たして気が付いていたのか。どっちでも、俺がスターニア領主に、先生にもう一度故郷を見せるまではこのままで居たかったと、いうのに。
「今更……先生がそういうこと言うか?」
傷が痛むが、立ち上がる。先生を相手に座りっぱなしじゃ、格好が悪い。ああ、刺された腹がいてえよ。右手は応急処置だけで済ませて一晩中魔法を打ちまくってて全く動かねぇし、魔力もなかなかに減っている。コンディションは最近稀に見る程には悪い。
先生は少し戸惑っていたように見える。無理矢理立ったからだろうか。いや、さっき言った言葉か。
「今更? 今が最高のタイミングだろう!? 君はもう「────うるせぇ!!! わかってねぇなら言ってやるよ!! イルミア!! 俺は漸くあんたに故郷見せてやれる所まで来たんだ!! あんたに!! 十年以上帰っていない故郷に帰してやりたくてやってきたことだ!!
ここまで俺を嫌ってて口を開けば変態だの……ああどうせ意識ねぇなら言っちまっていいよなクソ魔導師だのゲス野郎だのド変態だの言いやがる相手にわざわざ付き合ってやってたんだよ!!
そうだよ元々はそうだった!! 俺の目的はそれだった!! そんなことも分かってなかったんだな!! 七年も床に臥してたら実質もう骸骨みてぇなもんか!? 髑髏みたいに目まで節穴になったのか!!?
あーあーつーかよ好きでもねぇ女と契約なんざ三年も続けねぇよ!! しかも死霊術師!! 延々とそんなの綱渡りだぞ、続けるバカはいねぇよ普通!!!」
────体調が何だ? とばかりに、力の限り叫んだ。刺された腹が叫んだことで悲鳴を上げる。
元より溜め込んでいた、言ってはいけなかった筈の言葉がボロボロこぼれだす。やべえなにいってんだ先生に向かってこんな、暴言ばっか。
気づけば涙が溢れていた。痛いのか、辛いのか、何で泣いてるのかはよく分からない。何でか先生も涙目になって、叫び返す。
「知ってたさ!! 知っていた! 分かってたよ!! 君は!! そうさこれは甘えだ!! 私の、ドがつくほどへたくそな甘えだよ!! ユーリッド!! でもさ!! 君じゃあシェリーアを救えない!! 死霊術師じゃない君じゃあ最後の素材は揃わない!! こうしないとあのここそ救われない!! 君こそ節穴だったんじゃないか!!」
「うるせぇ!!!!!!!」
ああくそ滅茶苦茶だ。実際その通り節穴だったんだけども、先生には言われたかねぇよキレるぞ?
「救う手段なんざいくらでもあったろ!!!」
本当にあるかなんて、わからないが言い返した。
「 大体そうだイルミア!! いつも自分より他人!! 味方だろうが敵だろうが関係なく手を差し伸べて昔っから危なっかしくて見てられなかったよ!! 結局そのせいで死んだんだろ!? それさえなきゃ、いまここでこんな状況にはならなかったはずだ!! つーか死ぬなよ!! 今の俺のレベルくらいは強かったろあんた!! 何当時十歳くらいの小娘に殺されてんだよ!!」
「ひ、ひっどいなホント君、死体蹴りだよそれ」
「あーそうだよ!! 蹴る!! 蹴れなかった分!! どれだけ迷惑かけたか分からせてやる!!」
「────主を蹴る、ですか?」
体を滑らせて割り込んでくるシェリーア。目が虚ろで、なんともまあ元々持っていた美貌が喋らなくなったことで一際輝いているようで────それがなんとまあ、むしゃくしゃした。
「っ、てめえも蹴るぞシェリーアぁ!!! あ、嘘別に蹴らないがまあそれくらいキレてんだホントお前は勝手に死にやがって!! 死んだときマジで肝が冷えたからな!!?
なんなの!!? なんであんたら勝手に死ぬの!! 逃げろよシェリーアよお!!
お前が死んだせいでこんな長旅することになったの、責任、その自覚ある!!? わかんないよな今完全に支配下だもんな、ねえイルミア!! なあ!!? 戻せねぇの!?」
「解除できたら解除してる」
「はーーー、先生も慣れないことするからこんなことになるの!! あーお腹いたいなー!!」
「そんなこと言うことないだろう!? どうせ私が居なくなれば戻るから!!」
「自分が消えて問題解決すると思ったら大間違いだよそういう無責任なところが好きだったんだよマジでやめてくれ!! 消えんな!!」
「な、好、ぇ!?」
「狼狽えないでください主」
シェリーアが割り込んでくる。だからほら、お前はそういう顔をしてたらクール系自称してても許されると思うけどよ? 似合わねぇよ。マジで。
あーーー、ムカつく。あほ、あほむすめ! ばーか!!
「シェリーア、大体なーにまだ支配されてんだポンコツお姫様!! そういうドジっ子属性みたいなやつ好きだけど今そういう場合だと思ってんのか!!!?
そんなにお姫様扱いされたきゃお姫様抱っこでもキスでもするからなーっつーかそもそも容姿自体は好みだったからなキモいと言われてもするからな、嫌なら戻ってきやがれ!!!」
「────っ?」
シェリーアの肩を揺する。あーくそ、何でこんなこといってるんだ俺は。完全に興奮状態。冷静になったら多分悶死する未来が〈時詠〉でなくとも見える、あ、フラッと来たダメだもう押すしかない止まったら(二重の意味で)死ぬ!!!!
「あ、戻らん? そーかそー」っげぼ、ぁ、やべ、血が口まで昇ってきやがった「勝手に、勝手に死に急ぎやがって……お前ら本当にやめろ、やめれ、文句なら腐るほどあるが死んだら言えねぇだろ、言い返せもしねぇだろ、だから自己犠牲精神とかで動くの、やめてくださいよ、イルミア先生」
はいそこ先生は死んでるでしょって言わない。死ぬ前に言えなかったんです。許せ。
「…………そんなつもりはっ!」
「あとはシェリーア、お前は……あー……特にねぇわ」
何か笑わせようと、頭を巡らせたが。なにも出てこない。
「無いのですか」
「ねーよ、ねぇ。とっさに思い付かねえ。やたら男運悪そうだなとか、嫌われている相手だろうが見捨てられない馬鹿みたいなお人好しだなとか、旨そうに飯食べるなとか、あと普通にお前黙ってれば絶世の美女だぞ……いや嘘、黙っててもくそ、面白くねーよ、可愛くもねぇ……あれだ、笑ってろ。笑ってて。笑ってくださいそうすりゃほんとあれ……あれって何だ? つか、そう、なんか先生の事がなければ……えっと、……やば、叫び過」脱力。ヤバいと思ったが地面が魅力的す「ぎた」
「ユーリッド!!」
「触れないでください主」
「でも!! このままじゃ」
「そうですわイルミア様、彼は別に死にはしないでしょう?今はとにかく作戦を」
────作戦?
「そんな場合か!? ユーリッドが!! ユーリッドが!!」
……はは、わかってきたぞ?
「…………〔マグマランス〕」
「危ない」
俺は、自分の魔法の熱気を受けながらふらつきつつも立ち上がる。俺が発生させる魔法に剣を重ねて打ち消したシェリーアは先生の前に立ちふさがった。
「ユーリッド様!?」
「ゆ、ユーリッド!!? 何して……!!」
「まじで、何してんだっけ……? まあいいやあれだよあれ。先生、『死霊術師は私でしたー』って適当に被害だして全部一人で罪かぶってきえるつもりだろ? 浅い浅い」
「なっ、なぜその事を!!?」
図星かよ。割と適当言ってたんだが。
「甘いわ、大体死霊術師がなんだよ。その程度の罪? どうとでもならぁよ、俺は帝国最強の魔導師兵だぜ? なぁ、死霊術ごときに意識乗っ取られた半屍人の小娘?」
「……主を侮辱しているのですか?」
「してねぇよ」
俺はぼそりと呟いた。
「……?」あっ、首傾げてるこりゃ聞いてねぇな!! ラッキー!!
「してるしてる、めっちゃしてる。掛かってこいよただの半屍人ごときが俺に勝てるわけないだろ?」
「さっき不意打ちで腹を刺された人の言葉とは思えませんわね」
うるさいやい。あれは油断してただけじゃん。身内、本気で殺しに来るとは思わないじゃん? 普通思わないわ。身内だぞ?
……うん?
「ともかく!! 相手してやるよ、死霊術師。勝って、負けないことを証明してやる」
「……でも、君、今立っているのがやっとの」
「だあもう、くそちっぽけな見栄でカッコつけてるんだ、野暮な事を言わないでくれ」
口に出すともう格好がつかなさがヤバい。ダメ男じゃない? 完全にそう。
ただ、シェリーアは意識がないから。こいつは分かってないからべつに、いい。
「……戦うというんですか?」
「ああ」
「わかりました」
そして、ついにシェリーアが剣を構えた。俺は魔力を体に巡らせる。
「参ります」
「いつでもきやがれ、シェリーア。そのふざけた無表情ひっぺがしてやる」
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