十九日目(1)「爺は剣を抜かず、ただ問いかける」

 ────王国には海がない。


 本では観光地として人気だとか、魚が採れるだとか書いてあったし、映像でも見たことはある。


 小さい頃、施設で見たキラキラ光る海の映像を見たときお母様に行きたいっ!! なんてせがんだ事はある。その時は──


『海って、しょっぱいしゴミだらけだし何であんなところで泳ごうなんて思うのかのー、泳ぐなら泳力強化施設あるじゃろ? どうしても? うぬぬ、妾、分からん!』


 ──なんてお母様はおどけた様子で言ってた。まああの頃の私やグランデくん達実験体を表に出す事が危険だったのは思い返せば簡単に分かることだ。


 ともあれ、海への憧れのようなものは小さい頃からなんとなくあったのだ。……そんなに強くはないけど、行けるなら、行ってみたいなぁ……くらいには。



「────おい、着いたぞ? 起きろ」


「……うん? おはよー、ゆーりっど……あは、すごい変な匂いするけど」


「ぐ……あれから結構気にしてるんだが、そんな匂うか、俺?」


「ううん違う違う。まあ匂うけど……そうじゃなくて、海の匂い? すごいよねって」


「あ、そっちかよ」


 言い過ぎてた自覚はあるからね。別に嫌いな匂いじゃ、ないし。もう言わないよ。もう慣れちゃったしさ?


 そんなことよりもしょっぱい匂い。これだ。海の匂い。猛烈な潮の匂い。やっぱり見聞きするより実際に来る方が良く理解できる。


 なんとユーリッドの義父との合流に指定された町。ここはまさしく海に面した港町だった。海水浴場もあるよ。


「他所で泳ぐのは控えてくれ。……期待してるところ悪いが」


「……わかってるよ、言われなくても。下手に肌、晒せないもんね。しかたないしかたない」


 遠目に見た海水浴場の利用客は下着を来て泳いでるのかなって位露出が激しい。水着だし当然だけど。


「……儀式は義父オヤジの別荘でやるが、そこには私有地の砂浜があるらしい。許可は勿論とってる、敷地内なら誰の目も憚る事はないが……絶対に儀式の時間まで敷地外に出るなよ。面倒事になる」


「え、砂浜っ!!? いいの?」


「……さあて、さっさと義父オヤジ探さねぇとなー」


 誤魔化すようにユーリッドは伸びをして、それからさっさと馬車を降りていってしまった。馬車は別荘に向かっているが、どうやらユーリッドの義父さんは別荘には滞在していないと聞いている。ユーリッドが個人で動いた方が早いだろうし、理に叶っていると思う。


 にしても、プライベートビーチ、ってやつだろうか。このタイミングでそんなサプライズをするとは。あの男はこれだから……。


「むにゃ、おじょうさま、……どうしてそんなににやにやしてらっしゃるのでございましょうか?」


 リースちゃんが寝惚けコウモリ状態で聞くので、私は自分の頬に触れながら答えた。


「うーん、何でだろうね?」






「イルミア様ー、これはここで良いんですの?」


「ああ、それでいい────よし、儀式場の展開は出来た。あとは出入り口を封鎖して使うまで封印するだけだ」


「案外あっさり終わったわね」


 私たちが案内された豪邸。その地下に、一通りの道具を運び込んだ。ここに居る人達には全く事情を話してはいないけれど、口は堅いってユーリッドは言っていた。


 だからってボロを必要以上に洩らす理由はないが、謎の儀式を行おうとしたことは部外者に洩れることはない……と思いたい。


 それで、えっと……もういい?


「お嬢様?」


「……ええっと……」


「ああ、お手洗いなら向こうですわよ」


「知ってる。いやお手洗いじゃなくて」


「あ、もしかして身を清めてから儀式をしたいのですわね? お風呂まで案内いたしましょうか? お背中流しますわよ?」


「結構です。いや風呂でもなくて」


「あっ、儀式の強行は勿論いけませんわよ??」


 リースちゃんはにやにやしながらそう言った。


「んなのわかっとるわい!!」私は焦れて、半ば絶叫するように言った「海!! 海行きたいの!!」


「そうだったんですの?」


 リースちゃんは目をぱちくりさせて、首を傾げた。


 本当にわかってなかったらしい。


「あーもぉ……そうなの、海行ってみたかったの。ユーリッドは良いって言ってたからさ」


「そうなのですか……では不肖カメラマンとしてこのリースハーヴェン、着いていきますわ!!」


「何言ってんのよ」


「ふぇ?」


「あんたも一緒に泳ぐわよ!!」


「いえ、私泳げないので……申し訳ありませんわ」


「……あ、ごめん……」


「いえ、でも水着には……折角ですし着替えますの」


「えっ、やったー」


 と、ともかく!! メイドさん達が用意していた水着を借りて、海へれっつごー!!


 ところで何でサイズぴったりの水着用意できてるんだろ。ここの人達。


 ……ま、いっか。



 ◇◇◇◇◇



「で、お前のツレは今ごろ遊んでるんだろォ? いいねェ。海。儂も毎回ここに来る度に泳いでらァ、何せここの海は冷たくてな、それが良いんだわ」


「……なあ、ジジイ」


「なんだ、クソガキ?」


「ここはどこだ?」


「あァ。船の上だぜ? 揺れる船の上で酒盛りなんて、良いだろォ? ワイルドだろォ?」


 杯を掲げて、義父は豪快に笑う。


「全くワイルドじゃねぇよ、どこ行くつもりだ」


「さァな?」


 おどけるように肩を竦めて見せた義父。俺は一つ、大きくため息を吐いた。


「確かに……霊峰と王国国境の間に位置するとは言えど、こんな共和国の辺境、しかも海に面してる町だ。少し、いや半々くらいか。とにかく半ばくらいは察してたわけだが」


「テメェの話は冗長的でダメだ。長話をするやつァ嫌われるぜ、もっと簡潔に話せや」


「────シシ酒を出せ」


。あれは俺が譲り受けたモンだ。どうせお前の女には無用のモンだろ、よォ?」


「……何血迷った事を言ってやがるジジイ歳で頭が逝ったかよ?」


「この通りぴんぴんしとるが……しかし驚いた。前はバカにしたらすぐに飛びかかって来たしなァ、成長したって事かァ?」


「そりゃあほら、俺ももう大人だし、すぐにキレたりしねぇもんよ」


「あっそォかい。だでもシシ酒は渡さんし、序でにあの別荘にはぜ?」


 ────耳を疑うような言葉が、義父から出てきて、思わず俺は吹き出した。


「ははっ、何言ってんの? え、何? 何のつもりだよ?」


「ホラ、お前、面白いくらい昔の女にゾッコンじゃん? ぶっ壊したら、さぞや楽しそうだなァってな」


「義理の息子が可愛くないのかよ」


「可愛い可愛い義息よお前はちゃんと大事にしとる。じゃからいーじゃねェの、たまには儂も構っておくれよ」


「そんなキャラじゃねぇだろクソジジイ──何が目的だ? シシ酒は渡さねぇって抜かすし、アイツらを爆破するなんて言いやがる!! 何が目的だよジジイ!!!」


「ぶっちゃけ、お前は誰が好きなんだ? よォ」


「答えになってねぇよ!!」


「かはははっ、ああ、質問だ。答えてくれや、儂ァ気になっとるんじゃよ。をな」


「……心の在り処ぁ?」


「そう。てっきりドッキリ仕掛けりゃ反射的に答えてくれると思ったがなァ、思ったより大人でガッカリだよ、儂。そいで答えてくれたら撤回したもんだがなァ」


「……なんだ、単なる脅しかよ」


 あからさまに肩を落とす義父。……じゃあ、別荘は安全か。


「無駄に安堵しとるとこ悪いんじゃけど爆弾仕掛けてるのはマジじゃぞ?」


「っ、ふざけてんなジジイ!!!」


 違った。あの別荘は義父と死別した義母の思い出が沢山詰まってると言っていた事を俺は良く覚えているが────この男は正気なのだろうか?


「かはっ、いい面じゃねェの。で、答えは?」


「答える義理も意味も、なんならたかがこんなことで止める保証もねぇだろ」


「あるぜ? 答えによっちゃ、爆破をやめてやらんこともねェからな。つぅか、ホントは爆破なんざしたかねェよ?」


「場合によっちゃ、かよ。じゃあ仕方ねぇな、俺にも考えがある」


 俺は、杖を義父に見せ付けるように取り出した。


「……儂を倒して爆破を止める、ねェ? そんなに答えたくないもんかね」


「答え次第で爆破するんだろ? 大丈夫だ、爆破装置壊してジジイ倒したらちゃんと言う。ああ、安心しろ──ちゃんと俺は答えられるからよ?」


 俺は笑いながら、杖を構えた。返すように義父も笑う。


「……かはは、その面。信じるぜェ?」


「どの面か知らねぇけど、信じとけジジイ──!!」


 ────船が爆発するのを合図に、義父子の戦闘が始まった。

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