二十九日目「式典前夜」


 今日はだいじなだいじな式典の前夜祭。様々騒ぎは起こるけれど、大きくなる前に抑えられて、止まることなく進んでいく。



「リッくんの晴れ舞台かぁ……、随分遠いところ行っちゃったなぁ」


 帝都の平凡な酒場の看板娘は今だ癒えぬ想いを抱いて一人笑う。せっかく戦争が終わったのに、危ないことはなしにしてほしいなぁと二人写った写真を見た。



「明日は結婚式かぁ、無事に済むと良いんだけど」


 寝室の窓辺で金髪の剣姫は侍従と笑う。たぶん何事も起こらないことはないんだろうなぁと明日婚約する魔導師から貰ったロケットペンダントを撫でて。



「それにしても、今日は月が綺麗だね」


 死して尚人らしさを損なわぬ──否、取り戻した女が一人笑う。明日も月が見えるといいねと彼女を先生と仰ぐ男から貰った杖を月に掲げた。



「この感じ。明日はちょうど満月ですのね。本気が出せそうですわ」


 宵闇の国の吸血皇女は一人笑う。頼みを聞くのは嫌々なのですけれどねと口の端から垂れた英雄の血を舐めつつ。




 そして煉獄は。


『あしたがおまえのめいにちだ』


「うるせぇ知るか誰も死なねぇよバーカ」


 額めがけて飛来した矢文を手掴みして呆れたように吐き捨てた。脅迫じみた矢文は燃やして捨て、明日の事を思って、面倒臭さそうに笑って────。



 この日ばかりは、ただただなにも起こらず夜は更けていく。




 ────明日は、結婚式三十日目である。

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