三十日目(8)「だからもう、その光は大丈夫」


 吸血公爵。彼、実はですの。


 親が勝手に決めた相手で、そんなに私は乗り気じゃない。まあ、それだけ言えばお嬢様と私は結構近かったかもしれませんわね。


「がふっ……」


 そんな彼は小さな体を血だらけにして地面に倒れ伏した。


「何故……あの何をやらせてもダメなはずの小娘に、俺様が手も足もでない……!?」


 なぜ、なぜ。と譫言のようにそう言った吸血公爵。


 ……なぜ、ですかー。


 ────そんなの、決まってるじゃないですの。


「いつまでもおんなじ女じゃありませんの。あの頃の私と一緒にしないで下さいますかしら?」


 ……ユーリッド様の血をたらふく呑んでおいたお陰ですわね。素でやったら普通に負けますの。残念ながら。


「俺様が……何故ェ……!!」


 じたばた。諦めが悪いようですが、まあ取り敢えず地面に縛り付けておけば問題はないですわね。


「お嬢様は、無事でしょうかね」


 ────って、気持ちいいくらいに笑顔でユーリッド様と並んで武器を構えたお嬢様を思えば、そんなの言うまでもないことでしょうけれど。


「羨ましいですわね」


 私は一度、縛り付けてある吸血公爵を踏みつけて大きく溜め息を漏らしました。


 はあー、ですの。


 ◆◆◆


 割れたステンドグラスの上で弓を構えたグランデくんとの距離は直線にして百メートル。彼の放った光は会場の人間に吸い込まれて消えていった。


「精神攻撃系にしちゃあ、大人しいな」


 ユーリッドがそう言ったら、グランデくんが前髪をかきあげながらやれやれとばかりに言った。


「僕にとって回りの人がどうなろうが構わないけれどハニー。君はきっと心を痛めるだろう? だから彼らの身に危険はないよ。そう大丈夫、皆従順で聞き分けが良い人達だ。そこの愚劣なる〈煉獄〉の手にさえ掛からなければきっと無事だったろうね!!」


「手に掛ける前提で話すんじゃねぇよ〈裁弓〉!!」


 ユーリッドは魔力を圧縮してグランデくんへと飛ばす。


「僕をその程度で倒せると思ったら大間違いだよ!!」


 当然のように矢を放って弾いてみせたグランデくん。だが、一撃で終わるわけがない。


「あ?? 逆にお前の方が手も足も出てねぇように見えるが?? むしろお前が延々とそこに居座ってるだけだってならずいぶん助かるぜ?」


「手も足も出ない? はっ、舐められたものだね。僕の前には魔力のさざめきなんて何一つ残ってはいやしないのだけどね!!」


 ユーリッドがグランデくんを惹き付けてくれる間に考える。さて、私はどうしたものかと。


(ユーリッドだけじゃグランデくんに近付くには遅すぎるだろう。だけど、今の私でも見えない矢は対応しきれないだろうなぁ。だとすれば私は……!!)


「ユーリッド、


「あいよ。じゃあ


 ユーリッドも考えて出した答えは同じだったのだろう。ユーリッドから杖を受け取り、私が錬成した手頃な片手剣を一つユーリッドに渡す。


 ────役割を入れ換えればいい、という答えが。


 だってグランデくんの不可視の矢は遠くに飛ばせないからね。じゃなきゃもう撃ってるでしょ?


「でもユーリッド、大丈夫? 近接戦闘なんて出来る?」


「そっちこそ、ちゃんと狙えよ? 背中から撃たれるとか洒落にならねぇからな」


 皮肉げに笑いあって、


「「さ、勝負開始だ」よ!!!」


 ユーリッドは飛び上がった。魔法で身体能力を底上げしてグランデの元へ一歩で飛び掛かる。


「ちいっ!! 魔法一本の卑怯者が前に出たところでハニーほどの美しい剣技は無理だろうに……!!」


 グランデくんが弓の弦を弾く。弾く弾く。その度にユーリッドは身を反らし、跳躍、弾き合わせて見えざる矢を対処する。


「ああそうだな。シェリーアの剣ほど鋭くもねぇし、戦闘勘も良くねぇ。しょせん英雄だなんだって言ってもらしいんでな? 小細工をたくさんさせてもらうぜ」


 ────そう言った瞬間に煙幕がユーリッドから放たれる。


(は?? ちょっと!!? 見えないじゃないの!!)


「んじゃ、ちょっと様子見っと」


 煙幕を出した本人が一旦離脱と煙から飛び出してきた。同時に私は魔法の中で一番得意な炎を連続で煙幕の中へ放り込む。


「今の僕はすごぉく目がいいんだ!! こんな風に目を潰したつもりだろうが関係はないよ!!」


 だが、同時に光が煙を。そして煙幕の範囲からいくつかぼとぼとと落ちてくるのは……焼け焦げた、人形? あっ。私が焼いちゃった!?


「はーっはははは死んだか!! ──……何故生きている〈煉獄〉ぅ……!!」


「いやお前目がいいって言ったのに人形と俺見間違うか普通にドン引きだが??」


「う、うるさい!! 僕には今吸血公爵様の加護があるんだ!! 日の光を克服した吸血種だ!! 恐ろしいだろ、分かったならはやくハニーを渡すんだ!!!」


 吸血公爵ぅ……? 吸血種はリースちゃんしか知らないけど、あの子を恐れる必要、ある?


 ただ、その間もグランデくんは矢を放ってユーリッドを牽制……牽制なのかな? 殺気の籠った矢、不可視の矢と可視の矢がごちゃ混ぜに放たれているというのに、ユーリッドが顔色も変えずに処理しているから混乱してきた。


「さもなくば、僕の新しいがこの教会を焼き尽くすだろう!!」


「っ!!? グランデくんそれは……」


「うるさい!! ハニーの頼みでもそれは聞けないッ!! 嫌なら撃ち合え〈煉獄〉!!!」


 天井高くに飛び上がったグランデくんが弓を地面に向ける。私は炎を撃ち込んでみたけれど、細い矢で撃ち抜かれて消えてくのが見えた。


「……シェリーア、交代してくれ」


 えっ。


「嫌だ」


 私は即座に首を振って拒否した。だって、ユーリッドが手を貸してって言ってくれたのにこんなザマじゃ役に全然立ててないじゃん!!


「ちがう、多分、


 何が違うのよ。


「俺があいつの極光の矢を止める間に、ブーケをあの割れたステンドグラスの向こうに全力でぶん投げてほしい」


 いや、だから。


「頼む」


 ……ああもうっ!! どうしてこう、私のまわりの野郎って皆が皆話を聞かないのかしら!! だいたいブーケを全力で投げてほしいって何よ!!?


「ねぇ、ユーリッド。打ち負けたら殺すわよ」


 仕方ないわねぇ……。だってユーリッド全くふざけてる様子じゃないし。


「ああ、そこは任せてくれ。天井ごと吹き飛ばしてやるよ」


「あっそ」


 私は杖をユーリッドに投げ渡し、そう吐き捨てると手に持っていた花束を担いで────。


「〔裁きの光〕」

「〔上方展開式・煉獄〕」


 ────ぶん投げた。


 ◇◆◇


 ……僕にとって、ハニーは。シェリーアは同じ人造人間の出自を持つ仲間の中では最も成功に近い個体であるという認識で。


 光だった。


 眩しい光は、人の目を焼く。最初はとても目障りに感じていたのだ。彼女の事を僕はね。


 疎ましく感じていた頃を思い出したのは、彼女を撃ち殺した日。あの日は最近の中では珍しくしっかりと記憶を保っている日だった。


 成功例である彼女と僕らの違いとしては恐らく上限の性能も違うだろうが最も大きな違いは劣化の速度だろう。そう。僕ら……いや僕はもはや限界だったのだ。


 シェリーアは僕らにとって光だったから。光は目障りだったから。手中に置いておきたかったから。光が欲しかった。ハニー。ああマイハニー!!


 ……正気が最近どうも怪しい。言葉の前後で全く繋がらない事をしていたこともある。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 光が目の前を覆い潰している。シェリーア、こんなに眩しくなって。弓から僕の魔力をとおしてシェリーアが視界一杯に。不思議だ。今の僕には何も不安がない。


 そんなことはない。シェリーアは大丈夫? 僕の光。僕らの光。みんなを焼いてしまいかねない希望。ちゃんと僕が見ていないと、消えてしまいそうで。


「────アあああああああああ──ッ!!!!」


 だけど、君の花嫁姿を見て。ようやく僕は分かったんだ。わかってない。わかった? いや分かる。僕はハニーの事が好きだったから。


「れぇぇぇぇぇぇぇん、ご、くぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」


「……グランデ=エクスフォード」


 シェリーアがユーリッドを見るその目。三十日にしてそんな信頼を勝ち取った彼に言うことなんてない。


「うる、さい!!! お前も僕を蔑むのか!!? 僕に、僕には、資格がないと。ハニー! ハニーハニィ!! 僕らの光を奪っておきながら!! 僕のハニーを奪っておきながら!!」


 だから、もう僕はなんだ。


「ハニーハニーハニーハニー!!! 君しか!! 僕は君の事しか考えられないんだ!! だっていうのに!! 僕から離れていかないでくれ!!」


 ……僕は気付けば天井に背をくっつけていた。このままでは押し潰される。でも。そうだ、彼なら。ぼくでは歯が立たなかった彼なら全く問題なんてない。


「大問題だ!! 僕は!!! 僕はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 だからきっと大丈夫なんだ。


「許さない!! 〈煉獄〉ッ!! お前は駄目だああああああああああああああああああ!!」


 ────そう叫んで、僕は屋外に吹き飛んだ。


 ◇◇◇


「────そこまで」


「先生……」


 グランデが天井の向こうに飛んでいってしまったのを追いかけようとしたら、イルミア先生がその穴からグランデとを抱えて降りてきた。


「勝った、そうだろう?」


 ────足蹴にされている吸血公爵。


 ────山積みになっている気絶した人達。


 ────ティーの回りをぐるぐると喧しく跳んでいるコウモリ。


 ────荒い息ながら無傷でコウモリを払っているティー。


 黒い光を受けていた人たちはいつの間にか正気を取り戻していた。


「……ああ、そうだな」


 俺は頷いた。


「ユーリッド!! 無事!!?」


「無事も無事だ」


 シェリーアがドレスの裾を持ち上げてとてとてと駆け寄ってくる「うわぇっ」って、転けた!!?


 危うく転倒しそうなシェリーアを抱き止める。


「……ぴゃあっほいっ!?」


「なんだよその奇声」


「だ、だあってぇ……」


 その様子に周囲が沸いて、遅れて俺も恥ずかしくなってシェリーアから顔を背けた。


 ────式典を巡る騒動が終わりを迎えようとしていた。

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