第9話 「今日は…聖に色々話しました。」
〇桐生院貴司
「今日は…聖に色々話しました。」
私がそう言うと、高原さんは険しい顔をして。
「…色々って、何だ…」
低い声で言った。
「…あなたにも…話しておきたい…」
もう…長くない。
そう感じた私は…高原さんに打ち明ける事にした。
「誓と麗の母親である容子は…知花を嫌っていました。」
「……」
高原さんはゆっくりと椅子を引っ張って来ると、今までより私の顔に近い場所にそれを置いて座った。
…それほど…私の声は小さくなったのかもしれない…
「…私は…そんな容子が好きになれず…少しずつ距離を持ってしまいました…」
容子が知花を嫌っていたのは…私と母が知花を特別扱いしていたからだ。
より桐生院の人間になるためにも…容子には一日も早く子供を持つ必要があった。
毎晩毎晩…容子は私を求めた。
知花よりも、私に似た可愛い子供を産むから…と。
それだけで私をどれだけ萎えさせていた事か。
「だが私に精子はなく…子供が出来るはずはなく…何も知らない容子は焦りました…」
「……」
「そして…あなたのお兄さんと…」
容子は…妊娠したと分かった時、とても嬉しそうだった。
母子手帳を目の前で見せられて…私は酷く冷たい顔をした気がする。
浮気したんだな。と…
「知花をインターナショナルスクールに出して…我が家は容子の天下でした。」
誓と麗に贅沢をさせたい。
知花は年に一度の茶会にしか出席させないのに、誓と麗はあちこちの茶会に連れ出した。
うちに知花という子供はいない。
誓と麗だけが、桐生院の子だと言わんばかりに。
私が至らないばかりに…子供達に窮屈な思いをさせた。
「その内…容子が体調を崩して…最初は理由がよく分からなかったのですが…」
最初は…庭師の長井さんとお手伝いの中岡さんだった。
二人がコソコソと庭のハウスにあったトリカブトを摘んでいるのを見て、声をかけた。
二人は慌ててそれを隠したが…
「…お子様たちが不憫で…」
泣きながら、土下座をして謝った。
だが私は…それを咎める事はせず。
この事は他言しないように…とだけ言った。
私はあの二人をとても信頼していた。
罪人にしたくない。
容子の体調を回復させる事に専念した。
色々な検査も積極的に受けさせて…回復を祈った。
毒は少量のはずだった。
なのになかなか元気にならない容子。
おかしい…
そう思っていると…
麗と誓までが…
容子が愛して止まないあの二人までが…花の毒で容子を殺めようとしていた…。
「…本当なのか…?」
高原さんは眉間にしわを寄せて…目を細めた。
最近…私はこの人にこんな顔しかさせていないな…
「…全て…私のせいですよ…」
「それで…容子さんはその毒のせいで…?」
「…いいえ…」
容子の最期は…
「…呼吸困難を…よく起こしていたんです…」
「……」
「あの日…容子は私に…言いました…」
今も…あの時の容子の声が…耳から離れない。
「桐生院の汚名挽回のために…子供を産んでやったのに…と…」
「…汚名挽回?」
「…愛人の息子が…若い女に現を抜かして…赤毛の子を産ませて逃げられた…と。」
容子は…叫ぶように言った。
『愛人の息子のクセに!!態度大きいのよ!!』
あの時私は…静かに笑ったのを覚えている。
どうして…この女を妻にしたのだろうか…と。
そして…ゆっくりと容子の頭を撫でて…落ち着かせた。
身体が弱っているから、言いたくない事を言ってしまうんだな…と、慰めるようにそう言うと…
容子は泣きながら…私に謝った。
ごめんなさい…ごめんなさい…本心じゃないのよ…
だが…
私にその言葉は届かなかった。
泣きじゃくる容子が呼吸困難を起こした時…
…枕を…顔に押し付けた…。
「貴司…おまえ…それを聖に…?」
「父親が人殺しなんて…最悪な事ですが…告白しておきたかったんです…」
「……」
「泣きながら…帰って行きました…」
「当然だ。どうして墓場まで持って行こうとしなかったんだ…?」
「…裁かれたかったのかもしれませんね…」
「……」
「聖の事…支えてやってください…」
『父親が人殺しなんて』と言った事で…高原さんは、私が聖に真実を話したとは思わなかったかもしれない。
…高原さん。
すいません。
私は…全てを打ち明けました。
私の大事な…息子、聖…
大好きな…高原さんと…さくらの息子…
本当に、私にとって…完璧な息子。
本来なら…高原さんの言うように、どれをも墓場まで持って行くべきだ。
だが…私は…聖に嫌われて…終わりたかった…。
私を軽蔑して欲しかった。
そして…実の…血の繋がりのある高原さんを…父として受け入れて欲しいと思った。
すまない…聖…。
だが、翌朝…早くにみんなにメールをすると…
聖は普通の顔でやって来た。
笑顔で…みんなと会話を交わして…
まるで、何もなかったかのように…
何も聞かなかったかのように…
その様子を見て、私は…軽蔑されたかったはずの私は…
なぜか…酷く安心してしまった…。
とても…
すがすがしい朝だった…。
〇高原夏希
今朝…貴司が死んだ。
入院する。と病院のロビーで会ったあの日から、一ヶ月も経っていない。
あっと言う間の出来事過ぎて…俺も桐生院家のみんなも…
覚悟なんて、出来てなかった。
「高原さん、すいません…流れで来てもらった感じになって…」
病室で一緒に貴司を看取った千里が、少し疲れた顔で言った。
「いいさ…それより、みんな大丈夫か?」
大部屋を見渡すと…さくらと母親と聖の姿が見えない。
知花と咲華と華月は赤い目をして、忙しく米を炊いたり食器を揃えたりしている。
…貴司の最期の言葉は…
『すがすがしい朝だな』
だった。
そう言った途端…目を閉じて…ドラマで見た事があるように、手が…ベッドから力なく垂れ落ちた。
「…貴司さん…?」
さくらが声をかけた。
それでも貴司は目を開けなかった。
「父さん…?」
「父さん!!」
知花と聖の呼びかけにも…貴司は応えなかった。
貴司の寝顔は…安らかだった。
呼び出されて、俺の首に手を掛けて。
耳元で『さくらをよろしくお願いします』と言われたが…俺は何も答えなかった。
…今更…さくらを頼むと言われても…
もう俺は、さくらと繋がる事は出来ない。
ずっと、交わらないよう…すぐそこに居るのに避けてきた。
「高原さん…お時間があるようでしたら、貴司のそばに…」
ふいに、母親が現れてそう言って。
俺は…しばらく母親と見つめ合った。
…生きて欲しい…
そう思う反面…
その目から生きる気力というより、死ぬ事に対する気力を見出してしまった気がした。
仏壇のある、広い和室。
その真ん中に、貴司はポツンと寝かされていた。
「…寒くないですか?間仕切りして部屋を小さくすればいいのに。」
俺が座りながら言うと。
「きっと…大勢いらっしゃるだろうから…」
母親は少しうつろな目をしながら…俺の隣に座った。
さっきまで、さくらと聖もここにいたのか…主を失くした座布団が二枚。
俺の向かい側に、寂しそうに並んでいる。
「…高原さん…」
隣に座った母親が、俺の手を握った。
「……」
無言で顔を見ると。
「…貴司から…さくらの事を頼まれたでしょう…?」
母親は、貴司の顔を見たまま…小声で言った。
「…私からもお願いです…どうか…さくらと…一緒になってやって下さい…」
「…何を言うんですか。出来るだけ、支えにはなりたいと思いますが…一緒になるなんて…」
小さく笑いながら答える。
昔、夢見た事もあった。
さくらと…と。
だが、もうそれは本当に遠い昔で。
俺もさくらも歳を取った。
その間に、お互い結婚もした。
もう…今更…
「…お願いします…あなたからいい返事を聞かないと…私は貴司の所へ行けません…」
母親にそう言われて。
俺は、それならなおさら返事などしない。と思った。
しばらく黙ってそのままでいると…
「…あなたの事を知った時は…心臓が止まる思いでした。」
母親が、不思議な事を言った。
「……どういう事ですか?」
「…もう…遠い昔の話です。」
「……」
「私は、産まれた時から…この家を継ぐ事が決まっていました。」
母親は遠い目をして…俺の肩越しに何かを見ているようだった。
そして…俺の肩越しに見ていた何かから…俺の目を真っ直ぐに見て。
「高原さん…私の話を…聞いていただけますか?」
今まで…見た事もないような、少女のような笑みを見せて話し始めた。
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