第39話 「はじめまして…」

 〇早乙女 涼


「はじめまして…」


 そう言って、少しバツの悪そうな顔をしたのは…ハリー・エリオットさん。


 晋ちゃんの…息子さん。


 千寿とは腹違いの兄弟になる。

 もっとも、ハリーさんは22歳。

 千寿の息子の詩生しおより一つ年下。


 丹野さんのセレモニーの後、20歳も年下の女性と結婚した晋ちゃん。

 13年前に…インドで行方不明になったまま。

 今も消息はつかめていない。



「もっと早く来るつもりやったんですけど…」


 風貌は外国の方なのに、その口から出て来た関西弁に小さく笑ってしまった。


「関西弁はお父様譲りかしら。」


「ああ…まあ…ははっ。」


「ふふ…」



 千寿が所属する事務所の大イベントのために、来日した…と、ハリーさんは話してくれた。


「まあ、それじゃ…今日はお忙しいんじゃ?」


 その大イベントは明日だ。


「三時間ほど空きが出来たんで、今や!!思うて来てみました。」


「そうなんですか…嬉しいわ。」


 二人でお茶を飲みながら、お口に合うかしら…と思いながら羊羹を出した。


 ハリーさんは本当…どこから見ても外国の方なのに…

 口を開くと…


「おー、うめっ。なんや懐かしい感じの味ですわ。食うた事ないけど。」


 途端に…晋ちゃんに思えてくる。

 もう、昔々の…淡い思い出。

 彼の残したもの全てを…愛しいと思う私がいる。



「実は、うちのおかんが親父の部屋を何年ぶりかに掃除したら、これが出て来たー言うて。」


 羊羹を食べ終わったハリーさんが…小さな箱を取り出した。


「…指輪?」


「はい。しかもマリッジリング。」


「…あなたのお母様に贈ろうとした物では?」


「日付が入ってるんですわ。おかんと親父が結婚する18年も前の。」


 メガネを掛けて指輪の内側を見ると…確かに、そこには日付が彫られてる。


「せやから、もしかしたら…兄やんとこのお母さんに贈ろう思うてたんやないか…って、おかんが…」


「それはないですよ。その頃はもう私達はとっくに終わってたし……これ…」


 ふと、指輪を手にしてみると…模様が独特な事に気付いた。


「…もしかして、文字かしら…」


「文字?」


 二つの指輪は…サイズは違えど、重ねると…


「…NATSUKI…SAKURA…」


 斜体の文字が出来上がった。


「…ナツキ…サクラ…?」


 ハリーさんは首を傾げたけど…

 晋ちゃんが関わった人の中で…そういう名前の人物と言えば…


「…高原…夏希さん…?」


「え?ビートランドの会長?」


「……」


 私は、指輪のケースを手にした。

 この指輪のケース…見覚えがある…

 確か…

 丹野さんのセレモニーの時、晋ちゃんが…


『廉の奴…親がより戻したお祝いや…って、指輪作っててん』


 そう言って…セレモニーに出席されてた丹野さんのご両親に…指輪を渡してた。

 独特な色使いだったから…覚えてる。


 …丹野さんが…撃たれた場所にあったお店の物…




 〇朝霧光史


『…完璧。』


 SHE'S-HE'Sの最終リハ。

 今日は…里中さんに一度も文句を言わせないぞ!!って、みんなで頑張った。

 全曲をやり終えた後、里中さんがそう言ったのを聞いて…

 俺達はみんな笑顔になった…


『って言うと思ったか!?バーカ!!おまえら本番明日だっつーのに、何でこんなに下手くそなんだよ!!』


 …どこまでドSなんだよ…里中さん…

 陸もセンも顔付が変わったぞ。


 誰一人何も言えないままグッタリしてると…


『明日こそ俺を見返せ!!本番でコケんなよ!!やり終えたら死んでもいいぐらいの気合い入れてけ!!』


 なんて言うか…

 ちょっとエールだよな?これ。みたいな言葉が…


「死ぬ気で歌います。」


 そう言ったのは知花だった。

 メンバーの中で、一番ふわっとして癒し系の知花の口から出そうにない言葉。


「あたしだって、死ぬ気で弾くわ。見てなさいよ。」


 続いて聖子がそう言って、俺と陸とセンとまこは…頷いた。


『楽しませてもらう。』


 里中さんはマイクを置くと。


「お先に。」


 そう言ってスタジオを出て行った。



 今日は最終リハと言う事で…いつもと違って夜。

 俺らはともかく…


「さくらさんと瞳さん、そろそろ帰った方がいいんじゃ?」


 俺がタオルで汗を拭きながら言うと。


「あたしは大丈夫。圭司も映も遅くなるから。」


 瞳さんが言った。


 そうか…アズさんもF'sの最終調整があるだろうし…映もDEEBEEのそれがある。

 結局、アズさんと浅香さんには違うサプライズは報告して企画の段階から入ってもらってるけど…

 さくらさんと瞳さんの事は知らせてない。


「あたしも遅くなるって言ってあるから。」


 さくらさんも、そう言って笑った。


 …一昨日、うちに来て…『思い出したい』と言ったさくらさん。

 丹野さんの事は分からなかったのに…歌を聴いたら記憶がよみがえったのか…

 瑠歌の名前の由来を語ってくれた。

 …不可解な言葉も一緒に。


 いつか時間を見て、知花か…神さんか…高原さんに相談しようと思いつつ、俺の中でまだ整理できていない。

 あの言葉…


『一般人だけでも外に出せ』


 一般人という言い方が…引っ掛かる。

 誰の言葉だ?



「でも、紅美と鉢合わせちゃマズイわよね。先に帰ろうかな。」


「あ…そっか。じゃ、あたしも先に…さくらさん、うちで衣装の手直しする?」


「そうだね。じゃあ少しお邪魔しちゃおうかな。」


 さくらさんと瞳さんがそんな会話をして。


「じゃ、明日のお昼にね。」


 手を振って帰って行った。



 …今日は朝から会場で簡単なリハーサルがあった。

 音響は、センの腹違いの弟…ハリー。

 ハリーにはあらかじめ練習音源を渡して、サプライズのバックボーカルが二人いる事を伝えた。

 リハーサルには登場出来ないが、本番よろしく、と。


 腕のいい奴だ。

 間違いはないだろう。


 BEAT-LAND Live alive

 絶対…成功させてみせる。



 〇桐生院さくら


「帰るの?」


 瞳ちゃんと一緒に地下スタジオから出ると、リビングにいた麗が廊下を気にしながら言った。


「ええ…もしかして紅美が帰った?」


「うん。今お風呂に入ってる。」


「あ…じゃ、急がなきゃ。」


 あたしが瞳ちゃんと顔を見合わせて言うと。


「…母さん。」


 麗があまり見せないような真剣な顔をして。


「明日…もし高原さんがプロポーズしたら、受けてくれない?」


 そう言った。


「あっ、それあたしも思った。何だか今回のイベント…父さん、かなり特別みたいにしてるし…もしかしたら、あるのかも。」


 瞳ちゃんもそう言って笑顔になったけど…


「あー…ないよ、それは…」


 あたしは首をすくめた。


「どうして?分かんないじゃない。」


「そうよ。父さん、ボイトレもしたりして今までの周年イベントと全然気合いの入れ方違うから、もしかしたら…よ?」


 瞳ちゃんは…あたしの手を握ってまで言ってくれた。


「…貴司さんとお義母さんからも、あたしと一緒になってくれって頼まれてたみたいで…」


「えっ!!それなら!!」


 二人は同時に嬉しそうな顔をしたけど…


「…この前来た時…仏前で謝られた。無理だって。」


「……えっ…」


「あたしの事は、友人の妻として大事にするって…」


「……」


「……」


「ふふっ…フラれちゃった。ま、当然よね。夫が死んでまだ一年も経ってないのに、フラフラしてる女なんて信用できないしさあ…」


 少し…うつむいてしまった。


「…そんな、父さん…絶対さくらさんの事想い続けてたはずなのに…」


「いいの。それに、普通に話せるようになったんだよ?あの人にさくらって呼ばれたの…何年振りだろ。年甲斐もなくドキドキしちゃった。」


「……」


「……」


「さ、帰ろ。紅美がお風呂から上がっちゃう。」


 SHE'S-HE'Sがここにいるのはいいとして…あたしと瞳ちゃんは紅美に出くわしたらまずい。

 ふてくされたような顔をした麗に手を振って、あたしと瞳ちゃんは外に出た。



「あー…明日かあ。」


 夜空を見上げながら言うと。


「…さくらさん。」


 瞳ちゃんが泣きそうな顔で言った。


「お願い…父さんの事、諦めないで。」


「……」


「諦めないで…」


 あたしは瞳ちゃんの手を取ると。


「さ、早く衣装の手直しして、明日に備えてパックでもしなきゃね!!」


 走り出した。




 〇二階堂 陸


 もう一通りやって解散しようと思ったが、もう一度事務所に行ってステージを見ないかって事になって…

 俺達全員、スタジオから上がりかけてて…聞こえてしまった。


 …義母さんと、麗と瞳さんの会話が。


「ふふっ。フラれちゃった。」


 つい…全員で顔を見合わせた。

 高原さんと義母さんが昔付き合ってた事は…知花の存在を知れば当然の事で。

 その後も…

 事故に遭って寝たきりの状態になった義母さんに、献身的に尽くしたと聞いた。


 …知花の存在を知って…桐生院に戻った義母さん。

 理由はそれだけじゃなかったはずだが…



 義母さんと瞳さんが出て行ったのを確認して、俺達もリビングに。


「あれ?終わるの?」


「ああ。もう一回ステージ確認しとく。あ、先行っててくれ。」


 俺がそう言うと、みんなは『麗ちゃん明日なー』とか何とか言いながら、玄関を出て行った。



「…さっきの、聞こえた?」


「ああ。」


「…明日…あたし的には何となく特別な気がしてたから…期待してたんだけどな…」


「俺もだよ。」


 ソファーにふんぞり返って、天窓を見る。


 高原さん…なんで…


「…とにかく、俺らは明日やれる事をやるだけだ。それで高原さんの気持ちが揺れなかったら…それはもう仕方ねーよ。」


「うん…」


 納得いかないような麗と二人して溜息をついてると、紅美が風呂から上がって来た。

 携帯片手に、何やら余裕そうだ。


「よーし。頑張るぞーっ。」


 そんな事を言いながら、冷蔵庫からビールを取り出す。


「…うちのお嬢は余裕かましてるな…」


 俺が前髪をかきあげながら言うと。


「トップバッターだからね。盛り上げちゃうよ。じゃ、あたしは明日に備えてパックするから。」


 紅美は俺と麗にビールを掲げて二階に上がって行った。


 明日に備えてパック?

 そういうのは普段からやってねーと効果ねーんじゃねーか?なんて思いながら。


「…よし、ちょっと行って来る。」


 ソファーから立ち上がる。


「うん…気を付けて。」


「……」


 俺を見上げた麗に、チュッとキスすると。


「…もう。」


 麗は照れくさそうにうつむいた。



 外に出ると光史と知花がいて。


「知花が運転させてくれってさ。」


 どう見ても巻き添えにされてる光史が目を細めて言った。


「…明日はイベントなんだぜ?」


 俺も目を細めると。


「ここから事務所までなら道も広いし、車も少ないじゃない?」


 知花はお願いポーズ。


 …ま、いっか。


 そんなわけで、運転席に知花、助手席に俺、後部座席に光史。


「はーい、出発しまーす。」


 ハンドルを握ると…若干テンションが上がる知花。


「ところで…さっきの。さくらさんがフラれたって、知花知ってた?」


「あー…千里から聞いた…」


「高原さん…絶対気持ちはあるはずなのにな…」


 三人で少ししんみりしてると…


「あっ、咲華だ。」


 運転中だと言うのに、知花が超わき見!!


「前見ろー!!」


 俺と光史が叫ぶと。


「あははは。ごめんごめん。」


 何とものんきな…

 もう二度と乗らねーぞ!!


「今一緒に居たの、例の?」


 光史が後ろを振り返る。

 今、サクちゃんと一緒にいたのは…志麻だ。


「ああ…二階堂の者だよ。」


「背が高くていい男だな。」


「でもなー…義兄さん本当はかなり渋ってんだろ?」


 二階堂で働くひがし 志麻しま

 本当に…二階堂のために尽くしてくれる出来る男だが…

 特殊な仕事だ。

 危険も伴う。



「相手が一般人だとしても、千里は渋るわよ。」


「まあ確かに。」


 知花の言葉に酷く納得。

 センの息子の詩生も、華月ちゃんを嫁にくれって殴られたしな。


「二階堂の者は一般人じゃないみたいな言い方だな。」


「一般人じゃねーよ。俺は出た身だから一般人だけど、あいつらは…みんな特殊だからな…」


 …本当に。

 今はまだ一般人に解け込む事も可能だが…

 昔はそれさえ難しいほどの教育だったと聞いた。

 …夢も持てない世界。


「陸ちゃんは業界人でしょ?」


 知花の言葉に光史と二人して肩を揺らす。


「まあ、そうだけど…知花、少し飛ばし過ぎじゃねーか?」


「そっかなあ?よーし着いたー。」


 そして知花は地下のパーキングに見事な一発車庫入れをしたが…


「頼むから、こんなスピードでバックするのはやめてくれ…」


 俺と光史の寿命を縮めた…。

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