第38話 なっちゃんにフラれてからと言う物…

 〇桐生院さくら


 なっちゃんにフラれてからと言う物…

 少し歌う事に気が抜け気味だったあたしだけど。


『島沢ー!!何やってんだー!!』


 里中君っていう、知花のオタク友達がSHE'S-HE'Sのプロデューサーになって。

 もう…すごくスパルタで。

 なんて言うか…


 すごく刺激的!!


 あたしは自由過ぎるって叱られちゃうんだけど、知花が叱られるたびに上手くなってくの聴いてたらウズウズしちゃって、ついつい…


 そっか。

 そうだよね。

 原曲をちゃんと出来なきゃ、遊びも出来ないよね。



 それにしても、みんなが叱られる中…瞳ちゃんだけは叱られない。

 すごいなあ…さすが…って思ってると…


『たーかぁーるあぁぁぁぁ~!!』


 豪快な巻き舌で、里中君が叫んだ。

 あたしは笑いそうになったけど、みんなはすごくピリッとした。


「え…えっ…なな…何でしょう…」


 瞳ちゃんが身体を引いて里中君を見ると。


『おまえ知花の歌ちゃんと聴いてんのかよ!!コーダの入りがいつも一人だけ裏からじゃねーか!!』


「う…うそっ…」


『耳わりぃのか!?しっかり聴け!!』


「はは…はいっ!!」



 …とにかく…

 里中君は、最近珍しい感じの暴言吐きまくりスパルタ先生で。

 みんな…気付いてるかどうか分かんないけど…

 ここ何度かの練習で、すごく…すごく良くなった。


 元々良かったんだけど…何か…安心感みたいな物しかなくて。

 だけど今は…

 スリリングで…ドキドキワクワクしちゃう。



 夕べ、みんなが寝静まった頃に、知花と大部屋で反省会をした。


「あたし達って、音楽が好きで…作品制作も楽しんでやってたから…楽しさは伝わっても、それ以上の物はなかったかもしれない。」


 知花は、あんなに叱られたのに…落ち込む事なく前向きだった。


「…あたし、今回のイベントで…高原さんに認めてもらいたいの。」


「認めてもらいたい?何を?」


「あたしは…高原さんの娘だ…って。」


「…それは、ちゃんと認めてくれてると思うよ?」


「うん。言葉では娘って言ってくれるけど…そうじゃないの。上手く言えないけど…あたしの事、ちゃんと…」


「……」


 知花は続きを言わなかった。

 だけど…今回のイベントは…色んな人が、色んな想いを懸けてるんだな…って思った。


 …あたし、歌う気分じゃないなんて…言ってられないよ。


 フラれたって…もう一生会えないわけじゃない。

 あたしの事…友人の妻として大事に想うって言ってくれた。

 …うん。

 十分だよ…。



『二階堂~!!何回言わせんだ~!!』


 やるからには…

 新生SHE'S-HE'Sを見せたい。

 その気持ちは、サプライズメンバーのあたしと瞳ちゃんにだってある。

 なっちゃんの…

 特別な想いのこもったイベント。

 そして…なっちゃんの誕生日。


『BEAT-LAND Live alive』


 歌ってた記憶はうっすらしかない、今のあたしの…初ステージ。


 あたしは…歌いきってみせる。



 * * *


 今日はリハも何も予定がなくて。

 あたしは体力作りのために走って来ようかなあって、一人で出かけた。

 でも、こんなに日が高い内に走るって、一応老体には悪いよね…って事で、公園の少し涼しそうな散歩道を歩く事にした。


 衣装は出来上がったし、後は着てもらってチェックして手直しぐらい。

 一度は気分も落ちちゃったけど…

 イベント、すごく楽しみになって来た…!!



「おい、待て、廉斗れんと。」


 最近耳慣れてる声が聞こえて、あたしがそっちを向くと。


「あーん!!」


「ほら、言ったこっちゃない…」


 転んだ男の子に駆け寄る、その人は…


「朝霧君。」


「え?あ…さくらさん。」


 わー!!

 朝霧君がちっちゃな男の子といる!!

 可愛いー!!


「えー!?もしかして、噂のお孫さん!?」


 あたし、ウキウキして駆け寄る。

 朝霧君は、すでにおじいちゃん。

 華音と一緒にバンドを組んでるドラムの沙也伽ちゃんが、朝霧君の息子さんと…できちゃった婚。


 華音もそれでいいから、早くお嫁さんもらってくれないかなあ…

 赤ちゃんの面倒見たいよー‼︎



 転んだ男の子は目に涙を溜めたまま、朝霧君の膝につかまってあたしを見上げた。


「そうです。廉斗、こんにちはーって。」


「廉斗君っていうんだ。こんにちは。さくらです。」


 しゃがんで廉斗君の目線になって挨拶をすると、廉斗君はじっ…とあたしを見て。


「ちあ!!」


 片手を上げて挨拶してくれた。


「や~ん…可愛い…」


 あたしが廉斗君にメロメロになってると…


「もう、どこに行ったのかと思っ…あ…」


 後ろから、綺麗な…


「妻です。」


 朝霧君がそう紹介してくれて、あたしはジャージ姿だけど一応ぱぱっとしわを伸ばして。


「桐生院さくらです。娘共々お世話になってます。」


 ってお辞儀をした。


「あ…」


「知花のお母さんだよ。」


「……さくらさん?」


「はい?」


「あ…すみません…えっと…」


 朝霧君の奥さんは、少し戸惑ったようにあたしと朝霧君を見て…


「記憶がないって…お聞きしたんですけど…あたし、丹野 廉の娘です。」


「……」


 丹野 廉…


 あたしは少しキョトンとしたかもしれない。

 丹野 廉…知らない人…だよね?

 でも…何だろ…懐かしい感じが…


「あたしの名前、瑠歌っていいます。」


「…瑠歌ちゃん…」


 その名前を聞いて…あたしの頭の中に、まるで色んな写真がパラパラと…すごいスピードで散らばって行くような気がした。


「瑠璃色の声をした人の…娘さん…」


 あたしがそう言うと、朝霧君が廉斗君を抱っこして立ち上がった。


「さくらさん…それ、ダリアに行って話しましたか?」


「…ダリア?」


「表通りにあるカフェです。レコードがたくさん飾ってあって…」


「……」


 …うん。

 話した。


「あの時…聴いた事のある声の人の歌が流れて…」


 あたしが話し始めると、瑠歌ちゃんが朝霧君の腕にしがみついた。

 あたし、その話を…どこで誰に聞いたの?


 瑠歌ちゃんは目にたくさん涙を溜めて。


「さくらさん…あたしの父と、浅井 晋さんと…三人で暮らしてた事…覚えてませんか?」


 すごく…思いもよらない事を言った。




 瑠歌ちゃんに、あたしが丹野 廉さんと浅井 晋さんって人達と一緒に暮らしてたって聞いて…

 ポカンとしたまま頭の中の散らばった写真を整理しようとすると…


「さくらさん、今からうちに来て下さい。」


 瑠歌ちゃんは、あたしの手を取った。


「え…えっと…でも、あたし見付かっちゃマズイよね?」


 朝霧君と仲良くしてるなんて、絶対周りから見たらおかしいもん!!


 マノンさんはともかく…朝霧君の息子さん達は、あたしがサプライズメンバーって知らないから…


「ああ…希世きよ沙都さと沙也伽さやかもイベントに向けてスタジオに入ってるんで、大丈夫ですよ。」


「あ…そっか…じゃあ…少しだけ…」


 って、早速懐いてくれた廉斗君と手を繋いで、朝霧邸に向かったんだけど…



「い…いいの?あたし…ジャージなんだけど…」


「気にしないで下さい。」


 朝霧君はそう言うけど…やっぱり気になる~!!


 だって…

 朝霧君ち、すごい豪邸!!

 桐生院とは違う洋風で、もう…なんて言うか…

 映画に出てくる外国のお金持ちって感じ!!



「ただいま。」


「ちゃーいまぁー。」


 朝霧君に続いて、廉斗君が可愛い声でそう言うと。


「はーい、おかえりー。公園どうだっ…た…あ…」


 広い玄関ロビーに…


 あたし…つい…挨拶も忘れて見とれてしまった。

 えっと…

 マノンさんの…奥さんの…


「…お客様?」


「知花のお母さん。」


「まあ…いつもうちのみんながお世話になります。」


「…はっ…あっ!!挨拶遅れてすみません!!桐生院さくらです!!うちのみんなもお世話になってます!!」


 慌てて挨拶をすると、何だかみんなにクスクス笑われてしまった。

 ああ~…落ち着きないよ!!あたし!!


「こちらにどうぞ。」


 すごく…上品な奥さん。

 ええっと…


「…るーさん…?」


 背後から声をかけると、るーさんは丸い目をして振り返って…朝霧君と瑠歌ちゃんは『えっ?』って小声で言った。


「私の事を…?」


 ソファーに座ってすぐ、るーさんがあたしの目を見て言って…

 あたしは…さっきみたいに必死で頭の中の写真を…


 …どこで?

 どこで…会ったのかな…


「以前…俺が小さい頃、会った事があるって言いましたよね。」


 …そうだ。

 あたし、小さな朝霧君に会った。

 何だろう…

 あれはー…


「朝霧君…雑貨屋で、青い車のシールを見てた。」


 突然、頭の中でパラパラと散らかり続けてた写真の中から…一枚が止まって見えた。


「あたしは…写真を見せてもらって…るーさんを覚えてて…」


 そうだ。

 あの日…あたし…どこかの帰りに雑貨屋に行って…二人を見付けた。

 だけど…まだ…誰かいた…


「…るーさん…誰かと…話してた…」


「雑貨屋…」


「…可愛いウェルカムボードがあるお店で…」


 あたしがそう言うと、るーさんはハッとした表情で。


「…周子さんだわ…」


 つぶやいた。


 …周子さん…?


 じゃあ…


「…棚が邪魔して…見えなかったけど…るーさん、前屈みになって…」


「……」


「…瞳ちゃん…」


 ああ…何だろう…あたし…記憶が…


「大丈夫ですか?無理に思い出さなくてもいいんですよ?」


 朝霧君が、あたしの腕を掴んで言った。


 うん…そうなんだけど…

 だけど…


「…思い出したい…」


 桐生院に戻って…初めてそう思った。


 あたし…思い出したい。



「愛美ちゃんの事は覚えてる?」


 るーさんにそう言われて。


「…ナオトさんの奥さん…ですよね?」


 なぜか、すぐに答える事が出来た。


「まこちゃんの…お母さん…」


 …そう。

 まこちゃんは…覚えてる。

 一緒に公園で遊んだ。

 …どこの公園?


「じゃあ…あなたが愛美ちゃんを助けた事、覚えてる?」


「…え?」


 助けた?


「ケリーズっていうお店の前で事故に遭った愛美ちゃんに…一晩中付き添ってくれたのよね?」


「……」


 ケリーズ…

 ケリーズって…


「あなたは、オードリー・ヘプバーンに変装してた。」


「…ヘプバーン…」


 あれは…何だったのかな…

 ローマの休日のヘプバーンと…あたしは…


「…ティファニーで朝食を…」


「そう。愛美ちゃん言ってた。オードリーがあの衣装のまま、一晩中手を握ってDeep Redを歌ってくれてたって。」


「……」


 膝に…まこちゃんを抱えて…

 もし、あたしの赤ちゃんも生きてたら…同じぐらいなのかな…って思いながら…


「…まこちゃん…あたしの膝で寝てた…」


 あたしのつぶやきに…るーさんは何度も頷いた。



「さくらさん、これ…」


 それまで席を外してた瑠歌ちゃんが、お茶を出してくれて…

 あたしに写真を差し出した。


「…これ…」


 写真には…あたしと…


「こっちが父で、こっちが浅井さんです。」


「……」


 これ…どこだろう…

 この壁紙…


「……全然分からない…」


 どうして…?

 写真の中のあたしは…すごく笑顔で…

 両サイドにいる二人も…

 あたし達三人は、とても仲良さそうに…笑ってるのに…

 この人達の事、何一つ…思い出せない。


「…この写真…父のセレモニーの後で、高原さんにお見せしたんです。」


「…え…」


「高原さん、父と浅井さんが…自分とさくらさんを再会させてくれたって言ってました。」


 そう言われても…あたしの中には、二人が浮かんで来なかった。


「高原さん…何かご存知なんだと思います。」


「…何を?」


「何かは分からないけど…さくらさんの今の幸せを壊したくないから、そっとしておいてくれって言われたので…」


「……」


 なっちゃん…あたしの『事故』について…

 本当は何か知ってたの…?


「…無理して欲しくないけど、もう少しだけ…頑張ってもらっていいですか?」


 あたしが難しい顔をしてたからか、朝霧君は遠慮がちにそう言って…


「聴いて下さい。」


 そばにあったステレオのスイッチを入れて…流れて来た歌は…


「…あ…」


 この、声。


「…瑠歌ちゃんの…お父さんの声…」


 あたしがそう言うと、三人は顔を見合わせた。


 あたしは目を閉じて…声に集中した。


「…俺、結婚するつもりで指輪買ったんだよなー。」


「…さくらさん…?」


「瑠歌、しっ。」


 この声が…喋った言葉を…口にする。


「晋にも…まだ話してないんだけどさ…子供がいるんだ…半年の女の子…」


 るーさんと瑠歌ちゃんが息を飲んだ。


 …不思議だよね…こんなの…

 あたしだって…不思議…


「瑠璃色の瑠に歌って書いて瑠歌…ダイアナが…初めて俺の歌聴いた時に…あなたの声は瑠璃色みたいって言ってくれて…」


 ここは…どこ?

 あたしに向かって話してるのは…誰…?


「今日…指輪を持って…晋の前で誓おうと思ってたんだよな…」


 あたしの頭の中に…写真は出て来ない。

 だけど…ボンヤリと…

 …狭い給湯室…


「…一般人だけでも外に出せ…」


「…さくらさん?」


 パン…と、銃声のような音があたしの中で弾けて。

 あたしは驚いたように目を開けた。


「もういいのよ。ごめんなさい。無理をさせたわね…」


 るーさんがあたしの隣に来て、冷たくなってるあたしの手を握ってくれた。


「あたし今…何を…?」


 何をしゃべったのか分からなくて…みんなに問いかける。

 すると…


「…何も言わなかったわ。ずっと目を閉じてた。」


 るーさんが、優しくあたしの肩を抱き寄せた。



「事故の後遺症の事で、病院で診てもらったりは?」


 お茶を飲み始めると、廉斗君が膝に来てくれて。

 あたしはウキウキした気分になった。

 華音の小さな頃を思い出しちゃう。

 聖はおとなしかったから、こんな風に初対面の人の膝に乗るなんて絶対なかったもんなあ。

 華月は自分からは行かないけど、手を伸ばされると誰の所にでも行く子で。

 華音と咲華については…ほんと、みんなに可愛がられて育ったからかな…

 今、膝であたしを癒してくれてる廉斗君みたいに、天使みたいな笑顔でみんなをトリコにしてたっけ。


 …あたしは最初、人見知りされちゃったけど。




「…いいえ。そう言えば…ないかも。」


 確か…なっちゃんと暮らしてた頃は…時々お医者さんも来てたような…気がする。

 でも…何なんだろう。

 あたし、もっと覚えてたはずなんだけどなあ…


 いつだったか、記録のために書いておこうと思って…広告の裏に思い出した事をつらつらと書きだしては部屋の押し入れに隠し溜めていった事が…

 次に読んでも分からない事だらけだった事がある。

 もしかしてあたし…もうボケ始めてるとか…


「人間ドックとかは?」


「そういうのはちゃんと受けてるんです。健康体ですねって誉められちゃう。」


 そう。

 身体年齢も…若過ぎて恥ずかしくて人に言えない。

 どうしたらそうなるんだって聞かれても困るし…

 実際担当の先生もビックリしてた。

 生年月日、何回も見られちゃったもんな…


「…今まで、こんなに強く思い出したいって思った事…なかったんです。」


「…高原さんの事は?一緒にいた頃の事…何か覚えてるの?」


 …なっちゃんとの思い出は…

 今思い出すと泣いちゃいそうだな…

 だけど…大事にしたい思い出でもある。

 だから、もっと…思い出したいって思う反面…今更って気もしなくはない。

 あの頃の事より今を大事にした方がいいんだろうな…とも思うけど…

 思い出しちゃいけない事が…ある気がして…


 だけど忘れちゃダメって思い続けてる自分がいる事にも…気付いてる。


 それは…

 なっちゃんの事じゃない。

 あたし自身の事だ。



「…カッコ良くて…優しくて…」


「……」


「……あたしには、もったいない人だなって思ってました。」


 無理矢理笑ってそう言うと。


「しょうかなあ~?」


 意味も解らないのに、膝で廉斗君が大声で言った。


「あははっ。そんな事ないって思ってくれるの~?」


「れんと、わかゆよ~。」


「やだ…可愛すぎる…」


 とにかく、廉斗君に癒されまくって。

 …長居してしまってる事に気付いた。



「突然お邪魔して、何だか変な話して…ごめんなさい。」


 あたしが深く頭を下げると。


「変な話なんかじゃなかったわ。」


 るーさんは…優しく微笑んでくれた。


「すごく…嬉しい話が聞けたもの。ね…瑠歌ちゃん。」


「はい。本当に…。」


「…でも、お父さんの事…思い出せなくてごめんね?」


「いいえ…十分です。ありがとうございます。」


 そう言ってもらえて、少し気が楽になったけど…

 頭の中で散らばった写真は…まだそのまま。

 だけど…


 あたし…頑張ったら思い出せちゃうんじゃないかな…

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