第17話 クリスマスイヴ。
クリスマスイヴ。
さくらが…女の子を出産した。
私が最後にさくらを見たのは…苦しんで苦しんで…女の子を産んだ後、力尽きたように気を失ったさくらの姿だった。
秘密を打ち明けられた後、私はさくらにも貴司にも普通に接した。
私から見る限り…貴司とさくらは…確かに夫婦と言うよりは、仲のいい友達というか…
秘密を共有しているからなのか、それだけで絆は固いように思えた。
私は…さくらを好きな相手の元へ帰してやりたかった。
どうにか…貴司とさくらの仲を壊す手段はないだろうか…などと…鬼のような事を考えていた。
ところが。
助産婦さんをタクシーまで送って。
念のため…馴染みの先生に来てもらってさくらの診察をしてもらい…
私は、先生に色々相談をした。
実の親子関係かどうか分かる検査は、何歳から出来るのか…などと。
そんな事を話し込んで、しばらくして…さくらの様子を見に行くと…
「……さくら?」
中の間にいるはずのさくらが…いない。
産まれたばかりの…赤ん坊も…
…まさか…
まさか!!
私は慌てて屋敷の中を走り回った。
まさか…さくらは子供を連れて出て行ってしまったと言うの!?
二階に上がりかけた所で…赤ん坊を抱いた貴司に出くわした。
「あっ…ああ…こんな所にいたのですか…」
私が胸を押さえて言うと。
「…さくらは…出て行きました。」
貴司が…今まで聞いた事もないような、低い声で言った。
「……え?」
すぐには何の事か分からなくて…何度も瞬きをして、赤ん坊と貴司を見比べた。
「…あんな体で…いったいどこへ…」
出て行った…
さくらが…
自ら…出て行った…?
産まれたばかりの赤ん坊を置いて…?
いつか…頃合いを見て、さくらだけでも…男の所へ戻してやりたいと思っていたクセに。
私は…やはりさくらが可愛くて仕方がなかったのだろう。
あんなに苦しんださくらの事を思うだけで…涙が止まらなかった。
「…あの子は…どこでも生きて行けるたくましさがありますよ…」
貴司の言葉に…それはそれで頷くしかなかった。
…確かに、さくらは…私達親子が驚くような事を平気でやってのけた。
庭で焚き火がしたくてマッチを探していた時も、そこにある道具で火をつけたり…
自分の服も、全て私や貴司の着なくなった服を手直ししてオシャレな服を作っていた。
まるで魔法使いなのではないのかと疑うぐらいの事を、当たり前のようにやってのけた。
…もう…会えないかもしれない…
そう思うと、とてつもない寂しさに襲われた。
…華穂と過ごした時間より少ないのに。
さくらは…いとも簡単に私の心を占領していた。
「…可愛らしいこと…」
貴司の腕から赤ん坊を抱きとる。
小さな小さな…女の子…
「名前を…つけなきゃね…」
腕の中の赤ん坊は…何も知らない。
母親の事さえも…
「…お母さんに任せますよ。」
貴司が力のない声で言った。
…ただの秘密の共有者ではなかったのかもしれない…
本当に…さくらを愛していたのかもしれない…
そうだとすると…私は、貴司にも酷い事をしてしまった。
だが、どうしても…さくらには…幸せになって欲しかった。
「…知花…知花にしましょう。」
さくら…
誰もが知っている花の名前…
さくら、私は…あなたの娘に…『知花』と名付けますよ。
「…知花…いい名前ですね…」
貴司は…泣きそうな顔だったけれど、知花の小さな欠伸を見て…少しだけ目元を緩めた。
「…あなたは…父親です。しっかりなさい…」
そんな事しか言えない自分に…ガッカリしながらも。
どうか…
どうか…と。
どうか、さくらが…愛する人の元へ、戻れますように…と…
祈った。
さくらが出て行った翌年…親戚中から責め立てられる形で、貴司は東海林家の娘さんと結婚した。
さくらとは対照的で…とても美人だが、冷たい雰囲気のある娘だった。
容子さんは、まだ一歳の知花に対しても…氷のような冷たさだった。
知花が笑顔で甘えても、ニコリともせず…冷たくあしらった。
私と貴司が知花を可愛がろうものなら…私達の前から知花を連れ去り、子供部屋に押し込んで出さないようにしていた。
「何するんだ。」
貴司が強い口調で言うと。
「あなたが先に間違った結婚なんてするから、この家の評判がガタ落ちしたのよ?私は、桐生院家を立て直すために来たの。文句は言わせないわ。」
容子さんは…ピシャリとそう言った。
貴司は…あきらかに面倒臭そうな顔をしていた。
元々揉め事が嫌いな子だ。
容子さんの言いなりになっておく方が、平和だとでも思ったのかもしれない。
容子さんは、早く子供を欲しがった。
それは…迷惑なほどに。
二人の頑張る声が…私の部屋まで聞こえて来て、酷く迷惑だった。
それを思うと…さくらと貴司は何もなかったのかもしれない。
こんなに賑やかな声も、ベッドのきしむ音も、聞いた事はなかった。
とても頑張っていた二人だが…子供はなかなか出来なかった。
容子さんは病院へ通って相談しているようだったが…貴司は自然に任せればいい。とのんきな事を言って叱られていた。
そうは言っても、結婚してまだ一年も経っていないのに…容子さんの焦り方は尋常じゃなかった。
ある日、私は貴司がかかり付けにしている病院の医者に呼び出された。
私とも長い付き合いだ。
もし…貴司に何かあるようなら、私にも知らせて欲しい。と、お金を積んだ。
お金でどうにでもなる人間は…便利だ。
大事にしておかなくてはならない。
そして、医者は言った。
「貴司君には、精子がありませんね。」
私は…自分でも意外なほど、驚かなかった。
「…そうですか。では…別な方法で子作りさせなくてはなりませんね。」
そうだ。
容子さんには、是非とも子供を産んでもらわなくては。
そうでないと…知花にばかり矛先が向く事に耐えられない私がいる。
一度大ゲンカになりそうになったが、最終的には…ヒステリックに喚き散らす容子さんが勝つ。
知花がどうなってもいいのか。と言われると…弱い私達…
私は…中岡さんにある事を調べてもらった。
ハルさんの…長男の事だ。
祥司さんが貴司の他に余所で二人息子を作っていた事は、中岡さんから聞かされた。
そんな事もあって、中岡さんはすぐに長男の事を調べてくれた。
「
…高原…
初めてハルさんの名字を知った。
元気なのだろうか。
もう会わないと言ったのは私だが、少し…胸が疼いた。
「…家族構成は?」
「陽路史さんは独身ですね。弟さんが二人いらっしゃいますが、お一人はアメリカで、もうお一人はイギリスにいらっしゃいます。」
「…ご両親は?」
「ええと…お父様はご健在ですが、お母様は亡くなられたようです。」
「………そう。」
奥様が…亡くなられた…
祥司さんの子供を産んだ…奥様が…。
不謹慎だと思ったが…奥様が亡くなられたと聞いて、ハルさんに会いたくなった。
…おかしな事だ。
不貞ではなくなると思ったら、都合良く会いたいと思うなんて。
「お父様の名前、分かる?」
「はい。
「…ハルオさん…」
つい…『オ』を強調してしまった。
…ふっ…
私は…今になって、ハルさんのフルネームを知った事になる。
…もう、誰が誰の子だとか…
関係ない。
私は…貴司と、知花を守る。
その役目さえ…まっとうできればいい。
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