第43話 「もうっ、心配したじゃない。」

 〇朝霧光史


「もうっ、心配したじゃない。」


 瑠歌に仁王立ちして言われて…俺は…


「…瑠歌。」


「え。」


 瑠歌をギュッと抱きしめた。


 そこは朝霧家の玄関フロアで。

 俺が走りに行ったまま帰らないもんだから…

 しかも携帯を持って行かなかったもんだから…

 明日に恐れをなして家出したんじゃないか…なんて噂も立ってたらしくて。

 親父とおふくろと瑠歌と沙都が青い顔をして待ってた。


 …希世と沙也伽は、明日に備えて寝たのか。

 姿が見えなかった。



「おいおいおいおい…まず心配かけてすまんて謝るとこやろ。」


 親父が腰に手を当てて言って…俺は…


「親父…」


 親父の事も抱きしめた。


「えっ…ええっ?どっどないしたんやっ…」


 続いておふくろと沙都も抱きしめた。

 みんなビックリしてたけど…俺は何をどう言えばいいのか…

 明日のサプライズを知らない沙都には話せないと思って。


「沙都、心配かけて悪かったな。もう明日に備えて寝ろ。」


 俺よりのっぽになってる沙都の頭をわしゃわしゃと撫でて。


「明日、トップバッター頑張れよ。期待してる。」


 胸に拳を軽く一突きした。


「うっ…うん。プレッシャーすごいけど…頑張るっ。」


 二十歳だと言うのに、いつまでもあどけない笑顔の沙都。

 …そして素直だ。


「じゃ、父さんも母さんも…おじいちゃんもおばあちゃんも、おやすみ。みんなも早く寝てね。」


 そう言うと、階段を上がって行った。

 その姿を見送って…


「…さくらさんの記憶が戻りかけてる。」


 そう言うと、三人は顔を見合わせて。


「もう少し詳しく…」


 リビングに連れて行かれた。



「公園の入り口でセンに拾われてさ…今日、ハリーがセンのお母さんの所に行ったって。」


 座ってすぐ俺が言うと。


「涼ちゃんの所に?ハリーって…浅井君の息子さんよね?」


 おふくろが驚いた顔をした。


「ああ。浅井さんの所持品の中に指輪を見付けて、それを持って行ったらしいんだけど…」


 広いリビングで、三人は息を飲むようにして前のめりになってる。


「センのお母さんは、その二つの指輪を重ねると名前が出る事に気付いて…」


「名前?」


「ああ。事務所に行ってハリーに見せてもらった。二つ重ねると…ナツキ・サクラって…」


「……」


「……」


「……」


 三人は絶句して…親父に関しては…


「…大丈夫?真音まのん…」


 おふくろが親父の背中に手を添える。


「うっうっ…なん…何なんやろな…やっぱあの二人…ずっと一緒やったんやって…思えて…」


 親父は号泣。


「ナッキー…ホンマ、俺…ナッキーには…幸せんなって欲しいんや…」


 親父の号泣具合を見ても…高原さんがどれだけ人に対して尽くして来たかが分かる。


 …何とか…

 高原さんの幸せを願うこの気持ちが…

 本人に届けばいいのだが…



「センと一緒にハリーに会いに事務所に行ったら、偶然ステージを見に来てたさくらさんに会ってさ…ハリーがその指輪を見せたら…さくらさん、少し思い出した。」


「…何を?」


 瑠歌が隣で俺の腕を持った。


「…丹野さんがさくらさんをアメリカに連れて行って、浅井さんと三人で一緒に暮らし始めたらしい。」


「…え…」


「丹野さんが指輪を買った店で…さくらさんも指輪をオーダーして…丹野さんは、さくらさんが高原さんにプロポーズする事をすごく喜んでくれた…って言ってた。」


 親父はもう…何を聞いても涙が出るらしく。

 深夜に…これは年寄りにキツかったか?と心配になったが…


「ナ…ナッキー…今度こそ…今度こそ…」


 そんな姿が…なぜか俺の知らない若い頃の親父に思えた。


「高原さん…桐生院の親父さんとおばあさんに、自分達が死んだらさくらさんと結婚してくれって頼まれてたらしい。」


「えっ!!」


 三人は同時に大声を張り上げて、慌てて口を塞いだ。


「も…もう、公認だったって事…?」


「残されるさくらさんを心配しての事だったのかもしれないけどな…」


「まあ…元々はナッキーとさくらちゃんは一緒に居たんやから…桐生院の親父さんからしたら…ナッキーに返したい思うてたんんちゃうかな…」


「…仲は良かったけど、罪悪感もあったのかもしれないよな…」


「それなら、もう話は決まるんじゃ?」


 瑠歌が少し笑顔になりかけたが…


「…それが…高原さん、さくらさんに無理だって言ったらしくて…さくらさん、フラれたって辛そうに言ってた。」


 俺の言葉に眉をしかめた。


「…なんでや…ナッキー…」


「高原さん…どうして…」


 親父とおふくろが、もどかしそうに首を横に振る。


「…明日のイベントで、さくらさんは…高原さんにプロポーズするよ。」


「……」


 それには、もう…誰も何も言わなかった。


「あの指輪を持って…」


「光史…あたし達、何かできる事ないかな…」


 瑠歌がいてもたってもいられない顔をした。


「…指輪に日付が入ってた。'××/12/8…」


「…12月8日…父さんの…」


「ああ。きっと…丹野さんも…力を貸してくれるよ…」


 BEAT-LAND Live alive

 本当に…特別な…

 特別な一日にしたい。

 高原さんとさくらさんだけじゃない。

 みんなが…願ってる事が叶う、記念すべき日にしたい。



「親父、後半のタイムテーブル…少し時間増やせるかな。」


「ああ。もうこうなったら何でもやるで。」


 それから俺達は…一時間ほど作戦を煮詰めて。

『8時まで寝ます』と、四人の名前を書いて書き置きして。


「いい睡眠を。」


 そんな事を言い合って…それぞれ部屋に入った。




 〇早乙女千寿


 光史を送って行った後、陸に電話をした。

 まだ起きてるよな…


『何だ?緊急事態か?』


「ああ…そうだな。今、光史と別れたとこ。」


『は?何してたんだよ。』


「実は…」


 俺は陸に、家に帰ってからの出来事を話した。

 母さんが泊まりに来て、ハリーの話をして。

 事務所に向かう途中光史に会って、一緒に行って…そこで問題の指輪を見た事。

 それから、偶然さくらさんに会って…指輪を見せたら少し記憶が戻って…

 …明日、プロポーズをするって決めた事。



『…やべー。』


 陸は黙って話を聞いた後、一言…そうとだけ言った。


「やべーよな。」


『ああ…もう…俺泣きそうだわ。』


「……」


 さくらさんは…陸の義理のお母さん。

 高原さんとさくらさんが、桐生院家の集まりで一緒に居ても…視線も言葉も交わさない事を…ずっと気にしてた。


「…明日のステージ…絶対成功させような?」


『あたりめーだ。高原さんに…最高の誕生日プレゼントをあげたい。』


 みんな…気持ちは同じ。

 どうか…みんなの想いが二人の幸せを後押しできますように…



 家に着いてリビングに入ると、世貴子と母さんが起きてた。


「休んでて良かったのに。」


 ソファーに座りながら髪の毛をかきあげると。


「でも…ね、気になって…」


 二人は顔を見合わせた。


「…色々、衝撃的だったよ。」


 俺が話し始めると、世貴子がお茶を入れかけて…ビールを持って来た。


「今から飲めって?」


「飲みたいんでしょ?」


「…ま、そうかな…いただきます。」


 二人にグラスを掲げると、母さんは持ってた湯呑を同じようにした。


「…さくらさん、事故に遭って記憶がなかったんだけど…丹野さんと親父と三人で暮らしてた事があるって…思い出した。」


「えっ!?」


 二人はやはり…当然のように驚いて。

 そこから、俺が知ってる範囲で…これまでの経緯を話した。

 高原さんとさくらさんの…昔々の恋の話。

 そして…


「さくらさん、親父から色々話を聞いてたみたいだ。」


 母さんに向かってそう言うと。


「…色々?」


 母さんは首を傾げた。


「…早乙女 涼さん…って母さんの名前をつぶやいて…それから、母さんがどんな覚悟を持って俺を産んだか…って、親父が感じてた事を…話してくれた。」


「……」


「離れてても…大事に想ってくれてたみたいだよ…」


 丹野さんのセレモニーで再会した二人。

 その後、親父は若い嫁さんをもらって…ハリーが産まれた。

 だが…インドで行方不明になって…今も消息はつかめていない。



「…私達は…落ち着く所に落ち着いたけど…」


 母さんは少し涙ぐんで優しい顔をして。


「高原さんとさくらさん…二人には、結ばれて欲しいわ…」


 そう言って…目を閉じた。




 〇二階堂 陸


「麗。」


「んー…?」


 先に寝室で横になってた麗の隣に入り込んで。


「麗…」


 ギュッと…抱きしめる。


「…どうしたの?緊張して眠れない…?」


 もう半分眠りかけてたのか…麗は眠そうな顔で俺を見上げた。


「…義母さん、明日高原さんにプロポーズするってさ。」


「……」


「なんか…興奮して眠れねーや…」


「……」


「…高原さん…受けてくれるかな…」


「……えっ?」


 麗の反応が遅すぎて、つい笑ってしまった。


「寝ぼけてんのかよ。」


「だっ…だって…え?なんで?いつの間に、そんな話に?」


「昔々さくらちゃんって一人の女の子がいて、幸せになるのが怖くて彼氏から逃げてしまった。だけど、今度は自分がプロポーズするって彼女は指輪を作りましたとさ。」


「…指輪…」


 麗はキョトンとして俺を見上げる。


「その指輪が…出て来たんだよ。それを見て義母さんは、少しだけど…記憶を取り戻したらしい。」


「……」


 口を開けたまま…呆然としてる麗は『信じられない…』って小さくつぶやいて。


「……でも…父さんとおばあちゃまからお願いされたのに…高原さん断ったんだよね?」


 少し不安そうな顔をした。


「…だな。そこが心配だけど…親父さん達が言うのと、義母さんの口からとじゃ…違うんじゃないか?」


「…どうしよう…」


「何が。」


「…眠れないよ…」


「……」


 それは俺も同じだった。

 だが、明日は完璧なステージを見せて…高原さんに最高の誕生日を迎えさせてあげたい。

 それに…みんなにもそれぞれ強い想いがある。

 新生SHE'S-HE'Sを…

 高原さんが育ててくれた俺達を、見せ付けたい…と。



「…陸さん…」


 珍しく、麗が俺の首筋に唇を押し当てた。


「え?」


「…だって…落ち着かない…」


「……」


 こりゃあもう…

 クタクタになって寝るしかねーよな!!


「最近俺ら、新婚みたいにやってるよな。」


 麗の髪の毛をかきあげてそう言うと。


「バカっ……あっ…」


 もう…早速、麗は気持ち良さそうで。

 俺、そんなに若くないんだけどなーなんて思いながらも、気持ち的に…若返った気がした。


「…見守る事しか出来ねーかもだけどさ…」


「…ん…うん…」


「……俺は…とりあえず…最高のギター弾くから…」


「…う…ん…」


「…見ててくれよ…」


「……見て…る…」


 麗と指を絡ませて、祈った。

 どうか…明日…



 高原さんと義母さんが…




 結ばれますように。

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