第31話 「買い物用の男でも見付けて付き合ってもらえば。」

 〇神 千里


「買い物用の男でも見付けて付き合ってもらえば。」


 知花に冷たくそう言って、俺はスタジオに戻る。

 BackPackの練習は終わったが、今度は自分のボイトレ。

 知花の自動車学校がなければ、午後丸空きさせて出掛けたのに。



「……」


 知花に差し入れをして、喜ばせるつもりが…何なんだよ…アレは。

 麗と出掛けてる事まで言われるとは思わなかった。

 …そりゃあ、知花と出かけてないのに麗とばかりって言うのは…多少申し訳ない気も…して来たが。


 色々あるんだ。

 …ふん…



 買い物用の男…

 SHE'S-HE'Sの奴らはメンバー全員が仲がいい。

 だが知花は男と二人きりで買い物に行くような事はしない。

 奴らの嫁さんの事も気遣うだろうからな。


 …陸と行けばいいじゃねーか。

 義弟だし。



 イライラしたままスタジオのキーボードを前に、弾く事も声を出す事もしないままでいると…


「どうした?何かあったのか?」


 高原さんが…入って来た。


「…いえ。」


「今ちょっといいか?」


「はい。」


 高原さんはドアを閉めると、パイプ椅子を引っ張って俺の前に座った。


「今…ロビーで知花に会った。」


「……」


 泣いてたけど、何かあったのか?

 って…続くのかと思いきや…


「バラードをもっと上手く歌えって厳しく言ってしまった。」


「……え?」


「知花は…もっと歌えるはずなんだ。どの曲も。なのに完璧を思わせるからこれ以上がない。」


「……」


「確かに上手い。だがもっと歌える。」


 高原さんは…知花の実力を信じて疑わない。

 それは、誰に対してもあるだろうが…知花に対しては特に。

 そして…これ以上を望む。


「だからフォロー頼む。」


 そう言われたものの…タイミング悪すぎだぜ…高原さん。


「…ところで、いつになったらうちで暮らしてくれるんすか?」


 返事に悩んで、つい…話題を変えた。


 親父さんの葬儀の日。

 うちで暮らしてくれ、と頼んだ。

 そして…義母さんと一緒になってくれ、と。

 高原さんを父と呼びたい。

 それは…親父さんの願いでもあったからだ。


 親父さんは…後悔してた。

 高原さんから…義母さんを奪った事を。

 知花をダシに、義母さんを連れ戻してしまった…と。


 真実はそうじゃなくても、親父さんにとってはそれが真実だった。



「ふっ…まだ言ってんのか。俺は一人のままがいい。」


 高原さんは足を組んで小さく笑った。


「高原さんちにみんなで引っ越しましょうか。」


「冗談だろ。」


「親父さんの遺言でもあるんで。」


「……」


 俺がしつこくそう言うと。


「…イベントが終わったら…」


「終わったら?」


「……」


 イベントが終わったら…


 俺はその続きを待ったが。

 高原さんは…無言のままスタジオを出て行った。




 〇早乙女千寿


「野郎四人で音楽屋ってのも久しぶりだな。」


 陸がそう言って笑った。

 そう。

 今日はSHE'S-HE'Sの男四人で音楽屋に来ている。


 最初は光史が。


「俺ちょっと音楽屋行って来るわ。」


 ってルームを出ようとして。


「え?何しに。」


 陸がそれに反応した。


「何しにって…スネアのヘッドでも見に行って来ようかなと…」


「わざわざ音楽屋に?」


 わざわざ、って言うのは…ある程度の物は事務所で取り寄せてくれるから、欲しい物はオーダーすれば手に入るからだ。

 店に出向かなくても。


「いや…オーダーしたいヘッド、やっぱ触ってから決めようと思って。」


 納得。

 事務所では現品を見て買うんじゃないからなあ。


「じゃ俺もHAMMERのK-300の試し弾きに行ってみるかな。」


 俺がそう言って立ち上がると。


「あっ、セン。そんなの言われたら俺も行く。」


 陸は光史の後に続いた。


「用はないけど僕も行こ。」


 …まこも。



 久しぶりに四人であーでもないこーでもないと騒ぎながら楽しんだ。

 俺達はメディアに出てないからSHE'S-HE'Sだとはバレないけど、いい歳したおっさんが四人で明るい内から楽器屋で騒いでると目立つ。

 …特に俺は…今も丸い眼鏡に黒い長髪という…

 雰囲気だけは、四人の中で一番目立ってしまう存在だ。



「ヘッド見に行っただけなのに、シンバル買って帰るとか…笑わせんなよ。」


 陸が笑いながらそう言って、光史の背中を叩いた。

 光史は事務所でオーダーするヘッドを散々吟味した挙句、置いてあったシンバルに一目惚れして…


「連れて帰って欲しいか…そうか…」


 なんて言いながら、買ってしまった。

 長い付き合いだけど、光史のこういう面はめったに見れないから得した気分だ。


「そう言えば、知花は見極めぐらいまで行ったのかな。」


 今、知花は自動車学校生。

 今日もミーティングの後、俺達が最上階に呼ばれてる間に帰ってた。

 聖子は臼井さんの弟子にでもなったのか…毎日午後から臼井教室へ。


「予約がなかなか取れなくて、まだ五時間目ぐらいらしいぜ。」


「先は長いな。」


 男四人で事務所とは反対方向なのに…噂のカフェに行こうって事になって。

 光史はシンバルを持ったまま、陸と並んでカフェの入り口に…


「…ちょっと待て。」


 突然、陸が低い声でそう言ったかと思うと…俺達の襟元を引っ張ってカフェから離れた。


「な…何だよ。」


 その剣幕にみんなで怪訝な顔をすると…


「……あれ。」


 陸が指差した。


「…あれ?」


 三人でその指先を追うと…


「……知花と…」


 俺達四人は…顔を見合わせた。


「…知花と…里中さん?」


 もう何年も前にビートランドをやめた…里中さんが。

 自動車学校に行ったはずの知花と…

 二人で楽しそうにお茶を飲んでた。





 〇朝霧光史


「……」


「……」


「……」


「…知花だって男と茶ぐらい飲むよな。」


 陸の言葉で、固まってたみんなの身体が動き始めた。


「だよな。ましてや里中さんだ。何の心配もない人だ。」


 俺がそう言うと…


「でも…里中さんて、業界引退したんだよね?知花と何の接点が…?」


 まこがもう一度店内を探るように見て言って。


「…里中さん…結構熱い目してる気がするんだけど…」


 センまで…!!

 そんな風に言われると、つい…俺と陸も…


「……」


 カフェを覗き直してしまった。


 …確かに…知花の向かい側で、超笑顔の里中さんは…

 目が…

 それに、元々そんなに口数が多いとは言えない知花が…

 すっげー楽しそうに…話してる。

 それを里中さんは頷きながら…そうかと思うと前のめりになって熱い目をして何か語り始める…


 …この二人…

 いつから?


 何となく偶然だなーって入って行く気になれなくて。

 俺達四人はそのまま事務所に戻った。


 そして…


「浅香さん。」


「…あ?」


 ちょうどロビーで聖子の旦那である浅香さんを見付けた俺達は。


「ちょっとちょっと。」


「…え?」


「ささ、こっちにどうぞ。」


「お…おい…」


 浅香さんを一階奥のミーティングルームに連れ込んだ。


 息子たちがバンドを組んだり…

 センとまこに関しては、冗談のつもりの許嫁制度が実を結んで浅香家と身内になったにも関わらず…

 いまだに浅香さんは俺達に若干人見知りする。



「な…何なんだ…」


「里中さんて、いつ日本に?」


 ミーティングルームの自販機の中で、一番高い蓋付きの本格挽き立てコーヒーを買って浅香さんに差し出す。


「あ…ああ、サンキュ…里中?今年に入って帰国したって言ってた。」


「今年?じゃあ…それまでずっとアメリカに?」


「ああ。20年ぐらいいたんじゃねーかな…」


 アメリカ事務所に移籍して…最初の一年は名前も聞いてたけど。

 次に名前を聞いたのは…退社するって噂を聞いた時だった。


 それにしても、20年ぶりに見かけてもすぐわかった。

 下手したら俺らより若く見えたぜ…?

 全然変わってなかったな…里中さん。



「…ちなみに…結婚は?」


 俺達を代表して、陸がつらつらと質問を投げかける。

 浅香さんは『なんでそんな事を?』って顔をしながらも答えてくれた。


「独身だけど…」


「……」


 つい…目を細めてしまった。

 里中さん…知花の旦那が誰か…知ってるよな…?


「…里中がどうかしたのか?」


 浅香さんが不安そうに誰にともなく問いかけた。


「…お仕事は何を?」


「修理屋だよ。」


「…修理屋?」


「ああ。アンプとかスピーカーとか…ギターやベースのメンテもするぜ。」


「……」


 一気に…俺達の肩の力が抜けた。


 …それだ!!

 オタクな知花には、もってこいな話し相手だ‼︎


「いや〜、そうなんすか。はは〜修理屋ね。」


「そりゃあ盛り上がるな。」


「うんうん。いい人がいたもんだ。」


「マニアックな会話なんだろうな…」


 俺達がそれぞれそんな事を言うと。


「…また里中に何かサプライズでもさせるのか…?」


 浅香さんは俺を苦笑いさせる事を言った。




 〇神 千里


「~♪~♪」


「……」


 高原さんに…フォロー頼むと言われて。

 いや…でも険悪な感じで別れたし…バツ悪いし…無理だな。と思いつつ。

 それでも一応気にして早く帰ってみると…


 知花はキッチンでゴキゲンな様子だった。


「あら、千里さん。早いわね。」


「うわっ…」


 背後から足音もなくやって来た義母さんに驚いて声を上げると、キッチンにいた知花が俺に気付いて…


「おかえりなさい。」


 …特に何もなかったかのように…笑顔。


「ただいまー。」


 俺が新聞を手に座った所で、咲華さくか華月かづきが帰って来た。


「…おかえり。」


「あっ、お父さんがこんな時間にいるなんて珍しい。」


「たまにはな…」


 確かに。

 最近はイベントの事とBackPackのお守りで遅くなる事が多い。

 …が、帰ろうと思えば帰れるもんだな。



「着替えて来るね。」


「おう…」


 部屋に向かう娘たちの背中を見送って、ゆっくりと知花を見る。


「♪~…♪♪~…」


「……」


 鼻歌なんて…するんだな。

 俺がその姿をじっと見てると…


「…今日、男の人とお茶して帰ったんですって。」


 耳元で…義母さんが言った。


「……はい?」


「自動車学校の帰りに。」


「……」


「すっっっっ……ごく楽しかったみたい。」


 俺は…丸い目をしてたと思う。

 そして…ついでに口も開けてたかもしれない。

 そんな俺の顔を義母さんは真顔で見つめて。


「麗が可愛いのは分かるけど、知花とも買い物ぐらい行ってやって?」


 そう言って、俺の肩をポンポンと叩いた。


「…今…ちょっと、入って来ないっす…」


 …そう。

 入って来ない。

 知花が…男と茶をして帰ったと聞いて…

 俺は今…すげーショックを受けてるのかもしれない。


 …買い物用の男を作れって言って、早速作ったのか?

 おい…

 あからさまに楽しそうに鼻歌とか…何なんだよ…

 な…泣いちまいそうだぜ…



「あーっ、エルワーズのだあ。誰が行ったの?」


 着替えて来た華月が、テーブルの上に置いてあった…俺が知花に渡した紙袋を見て言った。


「…事務所の若い奴らが。」


「えー、開けていい…って、同じ物?」


 華月はそう言って、もう一つ…同じ紙袋をテーブルの下から取り出した。


「……」


 無言で振り返ると、小皿を運んできた知花が華月の手にした紙袋を見て…少しバツの悪い顔をした。


「…早速かよ。」


 俺が知花に言うと。


「…何の事?」


 知花は小皿をテーブルに置きながら答えた。


「買い物用の男を見付けて一緒に行ったのかと思って。」


 新聞をバサバサと開くと。


「もう食事にするから新聞は後にして。」


 知花は俺の後ろに立ったまま言った。


 …で?

 買い物はどうしたんだよ。


 そう目線で訴えながら新聞を片付ける。

 すると…


「…ええ。おかげさまで、買い物楽しんで来たわ。」


 知花は…すげー…力がぬけるぐらい…

 可愛い顔して言いやがった…。

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