第45話 カチャ

 〇高原夏希


 カチャ


「開いた。」


 俺とマノンと守衛は三人で顔を見合わせた。


 陸から里中のスパルタ具合の報告を聞いていると…マノンが来た、と光史が呼びに来て。

 そこで陸と光史と別れて、マノンと守衛と共に最上階へ。

 マノンの鍵を差し込むと…何とも簡単にドアが開いた。



「おかしいですねえ…どれも変わりはないと思うんですが…」


 守衛が三本の鍵を手に、首を傾げた。


「俺のでもう一度やってみよう。」


 そう言って守衛から鍵を受け取って挿し込む。

 鍵を掛ける事は…出来た。

 一度鍵を抜いて、もう一度挿し込んで…


 カチャ


「…開いた。」


 また三人で顔を見合わせた。


「夢でも見たんちゃうか?二人とも。」


 マノンが眉間にしわを寄せて笑う。


「いやいや…開かなかったよな?」


「はい。何度も入れ替えてやってみましたが…ダメでした。」


「俺の鍵サマサマやな。」


「何がサマサマだ。」


 とにかく…開いたのなら文句はない。

 俺は守衛に礼を言って部屋に入…


「何だ?忙しいんじゃないのか?」


 俺に続いて入って来たマノンにそう言うと。


「茶ぐらい飲ませろや。」


 マノンは鍵を目の前でプラプラさせながら言った。


 …全く。



「いよいよ…やなあ。」


 紅茶にはミルクが欠かせないというマノンに、たっぷりミルクを入れてやったが…

 それに関してマノンは文句も言わずに紅茶を飲んだ。


「ああ。」


 俺は…自分の椅子に座って、引き出しを開く。

 そこから…たくさんの写真を取り出した。


「…何や?それ。」


「写真。」


「お、見てええか?」


「ああ。」


 マノンがソファーから立ち上がって、机の上に並べた写真を手にした。

 …今まで…誰にも見せた事のない、俺のコレクション。


「わ~…なんやこれ。」


 案の定、マノンは写真を手に満面の笑みだ。

 アメリカのマノンの家でリビングセッションをしている若い俺達の中に、小さな光史が小さな箱を叩いている写真や…

 ミツグとキャシーの結婚式の写真。

 ナオトと愛美ちゃんが産まれたばかりのまこを挟んで写っている物。

 ゼブラんちのめいちゃんと友季ゆきと、ミツグんちのももちゃんの七五三。

 瞳が小さな頃の検診の写真。


 ビートランドを設立した時…ビルの前で写ったDeep Redや…

 華音と咲華、華月に…聖…桐生院家の子供達。

 もちろん…早乙女家も、二階堂家も…朝霧家や島沢家、姪の聖子…

 そして、瞳と圭司と映…

 それから…俺の大事なビートランドの社員達の働く姿。



「…こんなん、はよ見せてくれんと。じっくり見てたらイベント始まってまうやんか。」


 文句を言いながらも、マノンの手元は写真を捲る手を止めない。


「懐かしいだろ。どれも。」


「ああ…ホンマ、歴史やなあ…」


 マノンの手が、止まった。

 そこには…


「それは…瑠歌にもらった。」


 廉と晋と…さくらの三人が写った物。

 何か聞かれるかなと思ったが…マノンは何も言わずにその写真を置いた。

 …瑠歌から何か聞いてたのかもな…


「…これ、ええ写真やな。」


 マノンがそう言ったのは…俺がさくらを抱きすくめている…クリスマスイヴの…


「…宝だ。」


「…なあ、もうええんちゃうか?」


 マノンが写真に目を落としたままで言う。


「もう、一人でおらんでええやん。さくらちゃんと…今度こそ夫婦んなれや。」


「……」


「俺は…みんなで二人を囲んで笑いたいねん…あのプレシズの夜のカプリみとうにな…」


 マノンの言葉に…俺は何も答えなかった。


 プレシズの夜のカプリ…

 それは…本当に幸せな夜で。

 …失くしたくない幸せだった。



「…これ…」


 マノンが眉間にしわを寄せて、一枚の写真を食い入るように見る。

 俺が手元を覗き込むと…


「ああ…働いてた雑貨屋で変装させられたやつだ。」


 さくらが、オードリーヘプバーンに扮した一枚。


「こりゃ愛美ちゃん騙されるわ…」


 顔を上げたマノンは笑顔で…

 俺は…


 その笑顔を焼きつけるように、見つめた。





 〇朝霧真音


「おう、ナオト。」


 全体ミーティングの前に、ちいと練習しとこかなー思うて、八階のスタジオ階に下りたらナオトがおった。


「なんだ。マノン早いな。」


「今、ナッキーんとこでおもろいもん見て来た。」


「おもろいもん?」


「写真。まこやかながちっこい時んもあったで?それと…」


 なんでか…少し周りを気にしてもうたけど。

 みんなルームに引っ込んでるんか、この階にしては珍しゅう無人。


「さくらちゃんの写真とか。」


「もしかして、ヘプバーンか?」


「それもあったけど…連れて帰ってからの写真かな…ナッキーがさくらちゃんを抱えるようにして座っとる写真とかな。」


「……」


「なんや、俺…どーしても今日、二人が結ばれへんと気が済まんわ。」


 ホンマに。

 どー……しても!!や。


「…ナッキー、なんで急にそんな写真を?」


 なんも言うてないのに、ナオトがスタジオのドアを開けて照明をつけた。

 なんや。

 ナオトも練習かいな。


「なんでって…」


 …ホンマや。

 なんでやろ。


「秘密主義のあいつにしては、珍しい事だな。」


「…ホンマやな。」


 そう言われると…なんや気色悪いで。


「今朝、会長室の鍵が開かんって俺の事待っててん。」


「は?守衛がいるだろ。」


「守衛の鍵でも開かんかったらしいで。俺の鍵で開いたし、その褒美にでも見せてくれたんか思うたわ。」


「そんな理由で見せるかよ。何か…気持ち悪いな。」


「ナオトが言わな何ともなかったのに。俺まで気持ち悪いやんか。」


 じじい二人がスタジオで気色悪いを連発しとると…


「おー、ナオト。もう身体はいいのか?」


 ゼブラとミツグが入って来た。


「…いつの話だよ。」


「年寄りは回復が遅いからな。引きずってるんじゃないかと思って。」


 ミツグが笑いながらナオトの背中を叩くと。


「ゲホッ!!なっ何しやがる!!」


 ナオトが派手に咳込んだ。


「ほらな?俺ら、健康には気を付けようぜ。」


 ゼブラの笑顔とか…久しぶりやな。

 こいつらも…色々あったじじいやからな…


「二人とも血圧とか平気なんか?」


「毎日計ってる。」


「ならええか。」


「何だよ。」


「なんでもない。」


 今日…実はゼブラとミツグにもサプライズがある。

 俺とナオトとナッキーしか知らん事や。


「今日は絶対イベント成功さすで。」


 俺がそう言うと。


「任せとけ。」


 一番体力に不安があって、光史と京介にヘルプを頼んどるミツグが胸を張った。




 〇桐生院さくら


「ただいまー。」


 あたしが元気良く大部屋に入ると。


「どこまでお醤油買いに行ってたの?」


 咲華が腕組みをして言った。


「携帯も出ないから心配しちゃった。」


「えっ?電話した?」


「したわよ。」


 ごめんね…咲華。

 バイブで気付いたけど、取るわけにはいかなかったのよ。

 あたしは心の中で手を合わせて。


「もー、小々森さんの所から少し先にある、新しいパン屋さんが気になって…」


 パン屋さんの袋を見せた。


「あっ、やだ。『カンカン』に行ったの?」


 あたしが袋を見せると、座ってた華月が立ち上がって。


「あそこの練乳パン美味しいのよね~。」


 袋の中身を見た。


「買ってるわよ。」


「わあ!!おばあちゃま大好き!!」


 モデルなのに甘い物が大好きな華月は、練乳パンであたしに抱きついてくれる。

 ふふっ。

 可愛いんだから。


「母さん、俺ら少し早めに出るけど、どうする?」


 新聞を開いてる聖が顔を上げて言って。


「んー…そうねえ…華音と紅美のステージが始まるまでには行くけど。何時に出るの?」


「13時半には出るよ。」


 イベントは、14時開場で15時開演。

 開場から開演まで一時間かかるのは、スタッフ総出で持ち物検査があるから。らしい。

 早く会場入りした人が退屈しないよう、そこには食べ物はもちろん…飲み物も充実してて、おまけに大スクリーンに懐かしい映像が流れてる。らしい。


 …映像は…見たい気がしたけど…


「そっか。先に行ってて?」


「…来ないとかなしだぜ?」


「行くわよ。」


「あたしが残ろうか?」


「何言ってるの。華月は早く行って詩生君を激励してあげなくちゃ。」


 その後…咲華と聖が自分が残るだの残らないだの…言ってくれたけど。


「いいから行ってて。たまにはオシャレしたいから、後で行くわ。」


 そう言って笑って誤魔化した。



 四人でお昼ご飯を食べて…

 咲華と華月もすごくオシャレをして…聖はほぼ普段着だったけど…可愛い三人を見てると、少し泣きたくなった。


 …何でだろ。



「じゃあ、先に行ってるね?」


 咲華が手を振る。


「うん。また後でね。」


「チケット忘れんなよ。」


「迷子になったら電話してね。」


 玄関で、三人を見送って…

 あたしは、知花の部屋にお邪魔する。

 そして…アコースティックギターを借りて…仏間へ。



「…貴司さん。昔…歌ってくれって言われたのに…あの時は歌えなくてごめん…」


 今日、あたしはみんなの前でステージに立つ。

 だけどその前に…貴司さんに聴かせてあげたいと思った。


「お義母さんにも…一度も聴いてもらえなかったね…ごめん。」


 本当は…歌えるようになってた。

 ただそれは…一人の時じゃないとダメで…

 理由は分からないけど、本当に一人だと…自由に歌えた。

 …それをうっかり華音に聴かれてしまって、ギターを教える羽目になったんだけど。



 知花にSHE'S-HE'Sに誘われて…無理だよって思ったけど。

 一緒にカラオケに行って、歌える自分に驚いた。

 もしかしたら…知花と一緒だから…だったのかなって勝手に思った。

 今日も…

 もしかしたら、あたしは途中で歌えなくなる可能性がないとは限らない。

 だけど…そんな事にはならないって自分で強く思う。


 あの厳しくて楽しい練習。

 どんなに里中君がスパルタでも、あたしは…歌う事が楽しくて仕方なかった。

 今日はSHE'S-HE'Sのみんなのためにも…瞳ちゃんと完璧なバックボーカルを務めあげようって約束した。


 そして…あたしは今日…


「…貴司さん、お義母さん…あたし、今日…なっちゃんにプロポーズする。」


 二人の遺影に向かってそう言って。



「…聴いて。」




 歌い始めた。



 38th 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いつか出逢ったあなた 38th ヒカリ @gogohikari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ