11

「ありがとう…。」

 小さく弱く、消えそうな声で妖精人は感謝し、前を見据えた。

 火柱が大きくなるに連れ、次第に遠くも見える様になっていった。

 彼女はあの中に居ない事を願い、霞んで見えづらい目を閉じ、耳を澄ませて集中した。

 元より森の中で狩りをする種族。

 五感には自信があり、暗闇で目が使えずとも微かな呼吸、物音で探すことができる。意識も絶え絶えしくなりながらも、じっと耳を澄ます。

 しかし、それは思わぬものも知り得る事となってしまった。

「…崖上、滑り降りてくる音がするわ…。

複数の、笑い声…。金属が擦れる音…。」

 妖精人は聞こえた事をそのまま口にした。

 それがどう言った意味を持っていたのか、彼女自身が気付いたのは蒼い瞳の奴隷が足を止めた時だった。

「ど、どう言うこと!」

 話してしまった以上、秘匿にする必要はない…。

「追手…いえ、盗賊か…。音が、大きくなっていく…。

足音、草木を薙ぎ倒していく音も…。」

 後ろからも聞こえ始めている。遠くはない。

 この岩を落とした?こんなに近いのは待ち伏せていたから?

 思考すれど、妖精人には些末な問題としか捉えていなかった。

 しかし、対極に蒼い瞳の奴隷は目を白黒させていた。

(に、逃げる?今、すぐに?)

 何せ蒼い瞳の奴隷も軽度であれども怪我をし、万全ではなかった。

 逃げ切れる程の体力は?妖精人を担いで逃げ切れるの?この暗い森を火元も無しに?そもそも逃げ延びて、その後は?

 不安は焦りに、焦りはやがて態度に現れた。

 呼吸は一層荒く、重傷者の妖精人よりも慌ただしく息を巻き上げる。辺りを見渡す目は血走っており、明らかな動揺が現れていた。

「どこに…!」

 ゴウっと轟音を上げ、火柱が高く伸びる木の葉にも触れようとしていた。

 それと共に辺りもより明確により鮮明に、日中にも見まごう程に明るくなっていた。

「ねぇ…。やっぱりあの中じゃないの?」

 ほんの数歩、歩いただけだった。

 妖精人は決してその言葉を聞きたくはないっと思っていた。

「諦めましょう…!いえ、諦めて!

貴女の言う事が正しいのなら、盗賊はもうそこまでいるはずよ!

もう十分でしょ!」

 動揺し声が上ずる。焦る気持ちが、逃げ出したい一心が、彼女の動揺を際立たせていた。

 僅かの探索も、蒼い瞳の奴隷には耐えがたい心境であった。

「・・・・。」

 妖精人は余計なことを言ってしまったと今更ながら後悔の念に駆られた。

 同時に彼女には逃げて貰った方がいいっと、身勝手な願いをした自身に恨みを覚えた。

 しかし、冷静に今の身体でこれ以上の探索はできるのか。見つけ出して解放する事できるのか…。

 蒼い瞳の奴隷の不安が妖精人にも感染し、強く噛み締めていた唇も、いつの間にかゆるめてしまっていた。

「…わかった…、諦め…。」

 悔いて苦悶に満ちた顔を見せ掛けた時だ。

 彼女は不自然な音に気付いた。

 ずっと近くで音を立てて激しく燃える炎に掻き消されてしまい、気付かなかった音。

 あの馬車で何度も聞いていた、檻の中から聞こえてきていた、角が石に擦れる音だ。

「…あの草薮の中、あそこに居る…!」

「え…?」

 必死に左手を上げる妖精人。

 指差す方は馬車からも離れ、少し遠く草藪の中を指し示していた。

 疑心暗鬼になりながら、指示に従って近付く蒼い瞳の奴隷。しかし、その疑念はすぐに消える事となった。

 草薮が緩衝してくれたのだろう。草薮の脇、平らな苔むした地面の上に、その白い檻はほぼ無傷で落ちていた。

 中からは暴れまわっているのだろう、何度も擦れる音が響いていた。

「…見つけた…!」

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