7
宿に入っていた商人と共に今は無い橋を見に戻る。宿主にも聞くと、騎手の想像通り数日中雨降りが続きそれにより川が氾濫を起こしたっと訛ったしゃべり方で説明をした。
「まずいな…。」
馬車へと戻る最中、そう唸る商人は納期を気にしていた。
馬車に乗る荷物は貴族へと渡る商品。
届かないと知れば、あの男は黙っていない。そんな事は付き合いの長い商人は百も承知の事柄であった。
「ここから川を渡れないとなれば、上から遠回りをしなければならないな。
旧山道…。
昔から洞穴人(ドワーフ)達が屯していたってもっぱらの噂だ。」
騎手は川上を見やり、山頂の挑めない先を見渡した。
道はすでに暗闇に沈み、あたりは静まり返っていた。先の見えない闇の中を、丈の高い雑草がガサガサと風になびかされて音を立てるだけであった。
騎手は真っ先に思うは危険との考えだった。
角灯を荷台に繋ぎ、辺りを見渡しながら進むにしても危険が過ぎる。
しかし、下手に灯りが多ければ、駐屯しているであろう洞穴人(ドワーフ)やならず者が闇に紛れて強襲してくるとも考えられた。
「上からなら夜半も行けば越えられるか?」
「行けない訳ではないが…。
夜更けに進むには危険が過ぎるってもんだが…。」
不安のよぎる騎手。
夜道の危険さを知るだけに商人の意見には否定し続けたく考えていた。
「すまん、今は少ないがこれで頼む。」
しかし、すかさず浅いポケットから銀貨が取り出し「成功報酬はいつもより期待して良い」っと商人は懇願する。
商人にとって、奴隷が売れない売れにくいこの時世。定期的に購入に来る常客は手放しがたい存在だった。
ただ、商人は一心に思う。
(今ここで信頼を失えば、次がない。)
そう焦るのだった。
「…わかったよ。」
少しの間を置き、騎手は頷いた。
本来、騎手はこの銀貨も受けとるつもりはなかった。
慎重に事を運ぶ、荷物を運ぶ、人を運ぶ。騎手の掲げ守ってきた自身の誓いだった。
だが、今ここに懇願する昔馴染みがいる。
昔は満たされていた荷馬車の中。
今は少ないがこの商人はなおも、利用し続けてくれている。
(自分の課した誓いを破る動機はそれで良いか。)
早々に荷馬車の車軸や幌の張り具合を手早く確認し、商人から銀貨を受け取った。
「危険な道になる、気を付けて行くとしよう。」
自身にも言い聞かせる様に言い放ち、御者台へと飛び乗った。
「すまない!恩に着るよ!」
歯抜けの笑みを浮かべ、商人も足早に馬車へと飛び乗る。
中にはすでに座ったままの付き人。
そして、商人の大切な商品が荷馬車の中に入ったままであった。
「話はまとまったか?
まったく、俺は付き人だから何とも言えないが、夜道を行かないとダメなのか…。
賊にだけは遇わない様にしてくれよ。」
「ははっ!土の中で生活する生物が居る噂はあるらしいが、大丈夫だろう!」
付き人には何の相談もしてはいなかった。しかし、既に中で待機している様を見るに、彼もまた危険が付きまとう夜の道に出ることを覚悟している様だった。
その姿に商人は心から喜び、先ほどまでの暗い表情から一転し、大声で笑いながら付き人と手を打ち合わせた。
「よし、出来るだけ静かに行くぞ。」
嬉々として賑わい始める幌の中を一瞥した後、騎手は馬の様子を御者台から眺めた。
すでに長く一緒に運搬業を続けてくれた相棒とも呼ぶべき老いた馬。暫しの休憩だけで山越えが出来るのか、騎手には夜の道以上にも不安があった。
「もう少し頼むぞ。若い時みたく、今日は気張ってくれ。」
願いと共に手綱を叩く。遅くもゆったりと馬は荷馬車を引き始めた。
力強さは無くとも、その足取りは歴戦の戦車を引く益荒男の如く、一歩一歩確実に地面を押し沈めて行く。
小さな明かりが徐々に上へと登り、やがて弱々しく灯るロウソクの火に風が軽く触れた様に、瞬間的に消え姿を追う事が望めなくなった。
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