6

 きしむ異音を鳴らし、揺れ動く荷馬車は石畳の道を外れて人によって踏み均された道をひた走る。

 ひと度、町を発てば山が連なる渓谷の深い道が続く。高低差が険しく人が歩き一つの町へと向かうものならば、距離だけならば半日掛かりの道でさえ1日とかかる。

 悠々と荷馬車を運ぶ馬も、疲労の色を見せながら、悪路の道を踏みしめて進み続けた。

 山間の空に沈み行く太陽が最後の光を淋しげに輝き始めた頃、馬車は川の流れる通りへと差し掛かっていた。

 川幅は狭くも山を駆け下る川。水は冷たく流れは常に早い。落ちようものならば、這い上がるのは困難極まりない事は想像に固いものがあった。

 夜道の危険を知る騎手は疲労で息を切らす馬を明かりの灯る宿場近くに停めた。

 川の近くには宿場町とは言えないが、旅人や石材運搬者の為の簡素な民家が並ぶ集落があった。

 民家はいくつも点在しているが、明かりの灯る家屋は数件のみしかなく、住民の少なさが容易に伺えた。

 急を要する仕事ではあるが、夜を過ごし早朝早々に出発をする事は彼らの決まり事の一つであった。

「やれやれ、どうにか着いたか。

お前もご苦労さん。」

 夕暮れに沈む集落。

 夕闇にさしかかる風景に寒々しく吹く風が背の高い雑草を揺らし奏でる。

 馬を止め、息を荒くする馬の長い首筋を騎手は撫でた。手より伝わる馬の熱い体温が、疲労の程度を伺い知れた。

 今日は休み、明日進もう。そう言い聞かせる様に騎手は軽く叩いた。

「さてと、宿は空いてるかねっと。」

 幌の中から商人が降りる。中との寒暖差に身を震わせながら、そそくさと宿に向かおうとしていた。

「む?何か変だぞ。」

 宿の中を伺う商人とは別に騎手が川の方を遠目に見やっていた。

 騎手は明日の通る道を事前に見ておく事を常としていた。

 それは馬が通れるか、道を誤っていないか、安全に進むための事前準備の様なものだった。

 それがどうだろうか。

 目を見張る先には流れの早い川の上を渡す橋。決して立派ではない橋だが、何人もの人を奴隷を、石材を渡してきた丈夫な橋。

 それが全く見当たらないのだった。

「こりゃ、いったい!」

 目の錯覚かと騎手は走り寄るも、忽然と無くなってしまった橋は現実のもの。橋があったであろう場所には何も残ってはいなかった。

 今まで通ってきた橋が幻だったのではないか疑えるほどに、何も残ってはいなかった。

 角灯を片手に辺りを見渡す騎手はあることに気付く。今立つ川岸が湿り、そして土が緩い。橋が存在していた場所が異様に幅が広い。

「これは…、氾濫か?」

 騎手は推測した。

 白い石で作られていた橋は、氾濫した川によって根元から抉り獲られてしまったのではないかと。

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