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「やれやれっと。
さぁ、お前らも馬車に乗りな。
新しい主人の元にさっさと向かうんだよ!」
貴族を見送った後に緊張の糸が切れたのか、奴隷商人は大きく息を吐いてから店内に居る二人の女性に言い聞かせた。
ゆっくりとした足取りで、薄暗い店から出てきた二人。屋根の下から出た途端、強くも無い薄曇りの太陽に目を伏せた。
「さっさとしろ、ウスノロども!」
罵声を飛ばした途端、二人は慌てて荷馬車の中、幌の奥へと逃げ込んでいった。
やれやれと首を振る奴隷商人。
即座に馬車の先頭、御者台へと向かいすでに座っていた騎手へと手振りをした。
「それじゃ、毎度の事だが旦那の元まで頼みますよ。」
チップとして硬貨を一枚、騎手へと投げ渡す。
手綱を片手に受けとると、騎手は癖からなのか硬貨に噛みつき、じっと歯形の跡がないか眺めた。
「ふむ、相変わらず上客だったようだな。」
「羽振りが良いから、ついサービスをしちまう。
今日もブドウ酒を2本も空けちまったよ。」
肩をすくませ、苦笑いを見せる。冗談めいた言い方をする商人だった。
だが、すぐに顔が曇った。それは酒も手に入りにくくなり始めている最中での出費であったからだ。
商人はこの後の奴隷の売り上げと接待費の差分がどうでるか、冗談で言い放ったが不安で仕方がなくなった。
「んじゃま、さっさ行きましょうか。
成功報酬も弾んでくださいよ。」
事情を知らない騎手は親指を立てて幌を指した。奴隷商人も同行し、高貴な男の館へと向かうのだった。
「あぁ、少し待て。
2日は掛かるんだ、戸締まりをさせてくれ。」
ジャラジャラと金属音をさせる袋を片手に、そそくさと店内へと戻る商人。それを見やる騎手の後ろから、一人飛び乗っていた付き人の男が声をかけた。
「しかし、この奴隷ども逃げもしないんだな。
首輪をしているだけで、足枷一つしていない。
逃げようと思えば簡単に逃げられるだろう。」
付き人は商人と付き合いの長いであろうと思い騎手へと問いかけた。
「アンタは今回初めて同行するんだったな。
まぁ、あんな小汚ないおっさんだが、調教は一流さ。長くやっているだけある。
女子供なら直ぐ様、手懐けちまうのさ。
まぁ、例外も居るのは初めて見たがな。」
荷台の中を騎手は見渡した。
騎手の仕事は人の運搬業。
町から町へ、労働者や市民、それらに連なった荷物。
そして、奴隷を運ぶ事を生業としている。
その為、狭い荷馬車だが荷台の殆どは人の運搬を目的とした構造となっていた。
幌で覆われた荷台は二つの長椅子が向かい合う様に、騎手の座る御者台から最後尾まで延びていた。
すし詰めにすれば10人強は乗れるとは騎手の自慢でもあった。
そんな荷台には今は虚ろな目をしたまま、下を向く奴隷が二人。こちらを疑問視したまま見ている付き人が一人。
そして、今だに暴れ続ける白い檻が一つ。
暴れる度に長椅子を傷つけ馬車全体を揺らし軋ませ続けていた。
「…やれやれ、あの奴隷共みたく大人しくならないものかね。」
繁忙期であった喧騒を暴れ動く白い檻に思い起こしつつ、乗客の少ない荷台に少しの不安を込めて息を付いた。
「うーむ、まぁ確かに大人しい分には良いか。
質問したのはさっき、店内に居んだが一時的にコイツらの手綱をあの商人が手放した上に別室に向かったんだよ。
俺等が居たし、監視をしていたから逃げないっとは思ってたが、微動だにしなかったんだよ。
それが不思議でならなくてよ。」
「きっとアレだろ。
逃げる気力もあの商人に削がれちまってるんだろうよ。
ここまで来たら、人間ですらないな。
息をするだけの玩具って感じだな。」
ははっと笑う騎手に付き人も笑みをこぼす。「違いないな」っと賛同してただ頷いて見せた。
「おう、待たせた。」
談話に見える様を商人は横目にしながら、商人は荷台の中へと入る。相変わらず暴れる檻を横目に舌打ちを一つしながら、騎手と付き人の側に近づいた。
「んじゃま、向かうとしますか。
さぁ行くぞ!」
掛け声と共に大きく手綱をしならせて馬を走らせた。
ゆっくりと動き始める荷馬車。
ガタガタの石畳の道もを踏みしめながら進み始めた。
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