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 闇を進み、どれほどか時間が経つ。騎手の眼前、馬が眺める先は角灯が照らしてくれているが、石ころの敷き詰められた砂利の悪路が続くばかり。

 真っ直ぐに進んでいるのか、はたまた道を逸れてしまっているのか。後ろから行く先を眺める商人にはわからないでいた。

「川は既に越えて、対面側の山に出ているはずだ。

下りになるが、道幅が狭い。

慎重に、着実に…。」

 騎手の独り言であったが、商人はそれを聞き少し安堵していた。

 川を越えた。あの行く手を阻んだ憎い川を越えている。それは何よりもの吉報だった。

 あとは安全に下山出来ればよい。太陽はまだ上がらないが、もうすぐともとれる考えだ。

 渓谷の側を通るのだろうが、慎重な騎手ならば大丈夫っと商人は安直に考えていた。

「…なぁ、この中を少し覗いても良いか?」

 緊張の解れ始めた商人。安堵した事が表情に表れていたのだろう、幌の中もどこか有余のある空気へと変わっていた。

 暇そうに眠たげに、付き人は布の覆い被さったあの白い檻を指でつついていた。

 かれこれ山を登り初めてからか、暴れなくなり数時間は経っていた。

 商人にはその理由がわかっていた。中にいる奴隷はまだ幼い為に、夜ではもう眠っているのだと。

 荷馬車の車輪の軋む音や石を踏んだ時の揺れで、聞こえにくくはなっているが、微かに寝息がすることを商人は聞き取り、改めて眠っている事を確認した。

「…寝ているんだろうが騒がせるなよ。

今起きたら、谷にまっ逆さまだ。」

 渓谷の走る側面。

 本来、橋を渡ると山と山に挟まれた渓谷の中、高い木々がそびえる湿地帯を通る事となっていた。

 日差しを求めて木々は高く、日を取り入れる為に枝は多岐に広がり育っている。葉が日差しを遮り、流れの早い川が何本と分岐して流れている為に、常に湿り気を帯びた柔い地帯になっていた。

 そんな湿地の森よりも高い位置を商人達はゆっくりと慎重に渡っている。

 商人の忠告は軽いものではあったが、また暴れ始めれば馬車は崖から流れ落ちるのは必至の事だった。

 緊張をもって付き人は布を少しだけめくり上げた。

 檻の格子がむき出しになり、幌内の角灯の光りが少しだけ檻の中へと差し込んでいった。

「ふーむ、巻き角が生えてるくらいで、何て事はない感じだな。

竜人(ドラゴニュート)って話はだけど、竜っぽさはあんまりないんだな。」

「こいつの場合はほぼ竜人の血は流れていないらしい。

同業は確か先祖返りがどうとか言っていた気がするが…。

興味がなくて、忘れちまったな。」

 まじまじと、物珍しさに目を丸くして見つめる付き人。手に持つ角灯の光りをあまり顔へと向けないように工夫をしながら観察を続けた。

 商人も暴れる中身に手を焼いていた事から、あまり檻の中を見ていなかった。その為、この暇な時間を潰す良い観察物としてじっくりと眺め、観察に徹していた。

 二人は中身の見世物に夢中になっていた。

 その為に、不意に背後に立つ人影に気づかないでいた。

「お、あぁ?なんだ!?」

 背後に気づいた時、付き人は大きく声を上げ、衝動的に仰け反り離れた。

 角灯の明かりしかない暗い幌の中。

 暗がりの中から唐突に現れた亡霊の様に奴隷は現れた。

 ただ椅子に座り、足元を虚ろな目で眺め続けるだけの荷物と思い込んでいた為に、二人の驚愕は計り知れないものがあった。

 反旗を翻し、襲いに来た。

 丁度と油断をしていた最中での唐突な出現。反射的にそう考えても無理はなく、商人はすぐにすぐ近くの棒を手に取った。

 商品を傷付けたくはないが、懲罰として殴る事は奴隷商人として許された行為の一つ。

 多少の痣であれば、適当な理由で誤魔化せる。そう確信し、手にした棒を振り上げた。

 しかし、奴隷はただ佇み二人の後ろに立っているだけであった。

「…なんのつもりだ?クソ妖精人(エルフ)?」

 佇む妖精人の視線はただ檻の中へと向かい、竜人の姿をじっと見つめていた。

 商人は決意をした。訳のわからない状態だが、今はこれを放っておいてはいけないと直感したからだ。

 頭を殴り、気絶させる。多少の傷をつけるが、致し方がないと奮起させた。

 緊張が走る空気の中、抵抗をしそうにはない妖精人に向かい飛びかかろうと一歩踏み出す。

 

 しかし、この瞬間に思いもしない来客が訪れた。

 商人の視界は途端に急変した。

 急に迫り来る幌の幕。傾き始めた荷馬車全体。それらにつられ、長椅子が荷物が目の前の奴隷が、一気に崩れていく。

 体が浮き、身動きが取れなくなった商人の視界の端に捉えたのは、幌を突き破り今にも自身に迫り襲いかかって来る、白い大岩であった。

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