30
「それで、身体を洗ってやるだけでそんなにやつれる事になった訳かい?
体力がないねぇ相変わらず。」
礼拝堂内の長椅子に腰を掛け、ぐったりと背もたれに寄りかかっているところに家主が現れた。
状況の説明をしていたら呆れられてしまった。
「都会育ちなんだ。ド田舎者と体力比べなんてしたら身が持たん」
「あっはは!言ってくれるね!
獣人族と人族じゃ身体のつくりが違うからな!」
皮肉を込めていうと、声を高らかに家主は大笑い。そんな家主の姿を見て何故か釈然としない私が居た。
「して、あの子はどうしたんだぃ?」
「あぁ、それなら…。」
私は椅子の背もたれから後ろを振り向いた。
並べられた長椅子の群れの中、ひょこひょこと上下に動く尖った角が低い背もたれの上から覘いていた。
しばらくして、長椅子の影から少女が飛び出してきた。
大き目でぶかぶかなシャツを身にまとい、一心不乱に丸まったタオルを右に左にと弾いては追いかけていた。
「…猫?かなにかかね。」
「あれが楽しいらしいから、そのままで良いんじゃないかな…。」
「そうか、よくわからんな。」
少女が楽しそうならそれで良いかも知れない。今のところはそれで充分。
私も家主も言葉は交わさずとも、このままで良いかっと言う諦めにも似た同意を得た気がした。
「さてと、そしたら私は穴を塞いどくよ。尻尾が後で生えてくるって話だが、塞ぐんだろ?」
「ああ、今は良いからな。」
「あいよ。」
家主はドカッとその場に座り、持ってきていた裁縫道具を広げると置いていた衣服から適当な衣服を取り出した。
裁縫道具中から布の破片を取り出し、手慣れた手つきで縫い合わせていく。
毛むくじゃらで長い爪と肉球がついた手で、細かい裁縫がやれるものだと感心している内に、瞬く間に一着の尻尾穴を縫い終えしまっていた。
「それで今日は先生どうするんだい?仕事も難しいだろ?」
「んーむ、確かにな…。」
元々、今日はあまり仕事をする気がなかった。作ってある分を家主に渡すだけにするつもりであった。
しかし、それ以前に今はあの少女が問題だ。大人しくなってくれるまでは仕事にも手を付けにくい。
今後についてもそうだ。育てると決めた時に覚悟はしていたが、いざ問題に直面してみるとやはり気持ちが揺らぐ。
だが、今は一つ一つ、目の前の問題だけでもまずは片付けていくとしようか。
「…まずは大人しくする方法をもっと探す必要があるな。」
「興味を持たせるって事かい?さっき言っていた。」
「そうだな。
しかし、今のところ食事か遊びの時だけでしか、大人しくないからなぁ。
何か方法はないか?」
子育ての経験のある家主だからこそ、こう言った困難に何度も直面してきただろう。
聞いてはみたが、家主の顔はあまり良い顔をしていなかった。
「そうだろうねぇ。
うちの子等は自由に育ったからね。」
何かないかと思ったが、何もなさそうな曖昧な答えだった。
「…あぁ、そうだ。」
縫っていた服を一時的に置いたと思えば、家主は吹き抜けから見える二階の廊下に指をさした。
「貸している部屋のちょうど真向かいに倉庫で使っている部屋。
そこにうちの子がまだ小さかった時に行商人から買った貴族のおもちゃがあるんだよ。
何でも遊びながら言葉が覚えられるとか。」
「知育玩具ってやつか。」
「そう言っていたかな?
まぁ、うちの子らは興味なくてあまり遊ばなかったけどな。」
また大声で笑う家主。
笑う顔は同じだが、どこか乾いた笑い方。察するに高かったのだろう…。
しかし、良いことを聞いた。試してみる価値はありそうだ。
「わかった。とりあえず探してみるか。」
「おう、もしかしたらあの子が気に入るかも知れないね。」
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