31

 階段を上がり、二階へ。

 普段はまったく使う事の無い、私が調合に使っている部屋から吹き抜けを越して真向かい。そこは家主の旦那、ここの神父が使っている部屋。

 使っていると言っても布教の旅に出ている為に、今は神父が使っている部屋と2つの開けた事のない部屋があるだけ。

 そのうちの一つの部屋を物置として使っているとの事だったが…。

「ゲホゲホ!…これはなかなかひどい。」

 開いてすぐ、視界を奪うほどの酷いホコリが目の前に覆いかぶさってきた。

 目の前のホコリの粉塵を手で払いつつ、少し前へと歩み寄る。

 部屋は窓が一つだけ。壁一面には木箱が山の様に積み上げられていた。

「…この中から探すのか…。」

 前途多難だ。

 これならまだ仕事をやっていた方がましだったのかも知れないな…。



    §



「…ぐが?」

 叩く度にどこかへと飛んでいく奇妙な球に無我夢中となっていた為に、いつの間にか少しは嗅ぎなれた臭いがしない事に気付かないでいた。

 ふと目の前を転がる、形の悪い球から目線を離した有角の少女。

 鼻を小刻みにヒクヒクと動かしては臭いを探し、背の高い椅子の上に乗り上げて更に辺りを見渡す。

「がぁっ!」

 だが、同時に肝が冷え込む事に、少女は気付いてしまう。

 真っ黒な毛玉リの獣。酷い目に遭わされた、あの獣がいる。

 少女は先にあの大きな手で振り回された嫌な事を思い出し、身体が自然と身震してしまう。

 反抗も復讐も出来ない事が本能的に分かっているのだろう、少女は一歩二歩と足音を忍ばせ二階へと繋がる階段へと歩む。

 その時、目の前からギシギシと音。

「…ん?どうした?」

 男だった。

 とりあえず、男の近くに居ればあの獣から妙な攻撃を受けなくて済む。

 素早く瞬時に階段に駆け上って行き、ぴたりと男の傍へと逃げ込んだ。

「お、おいおい…、本当にどうしたんだ?」

 足元へと急にじゃれ付いてきた少女に戸惑いを隠せない男。

「がぅ?」

 近付くことで一安心したのか、少女は男から別の臭いがする事に気付く。

 古い木の臭い。かび臭いと言う事がわからない少女にはただ変な臭いが男から漂ってくる。

 四つ足の姿から、背を伸ばして男が両手に抱える木箱に興味を示し、鼻をヒクヒクと動かし嗅ぐ。

「お、早速気になるか。少し待ってろ。」

 少女の反応に自然と口角が上がる男。

 男は階段から降りると、手に持った木箱をそのまま床へと置く。

 壊れてしまいそうな程に古びた長方形の木箱。所々に払った跡があるがホコリとカビが溜まっており、独特な臭いがしていた。

 男が腰を屈めてフタを開けてみると、木片が幾つも入っていた。

 一つ男が手に取る。

「んーむ…。

中もカビてるが、分からないでもないか。」

 少女は男の手のひらに乗せられた木片を覗き込んだ。

 少しだけ剥げた赤い塗料が塗られた木片。その形は長細いトカゲの頭の形をしていた。しかし、一部違うところがあった。

 それは、トカゲの頭に尖った角と鋭い眼が描かれていた。

「これがドラゴン。お前のご先祖…にあたるのか。

まぁ、まだわからないだろうけど。」

 男が持ってきた箱にはいくつもの様々な形の木片が彫られた木組みの玩具だった。

 手に取ったドラゴンの頭の形をした木片と、同じ形で彫られた穴が箱側にも彫られており、穴の底には「ドラゴン」っと文字がつづられていた。

「で、これでドラゴンと読む。」

 少女が興味津々にじっと見つめるドラゴンの木片を男は裏返して見せた。

 裏にも木箱の底に書かれている「ドラゴン」と言う同じ文字が書かれていた。

「…んが?」

「…まだ難しいかな。」

 少女は男の顔を見上げて返事をした。

 男としてはどうやら真似をしてくれるのではと、期待を込めていた様だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る