22

 ゆっくりゆっくり、後退していきどうにか倉庫を抜けた。っと同時に引き連れてきた少女も明るみに出てきた。

 少女は赤い瞳を爛々輝かせ、じっと干し肉を見つめたままであった。

「よし。

ほら、やるぞ。」

 反転して広い礼拝堂の方へと干し肉を投げ落とす。途端、紐の切れた犬の様に少女は飛び出した。

 私の足元を素早く駆け抜け、落ちた干し肉を転がりながら取り上げた。そして、そのまま口へと運んだ。

 両手で引き伸ばし、細かく千切れれば嬉しそうに頬を膨らませて食べ続けた。

「やれやれっと。」

 とりあえず、これでしばらくは大人しいはずだ。

 しかし、家主の言った通りこの有角の少女を預かる他ないのかも知れない。

 みすぼらしい服装から奴隷なのは確実だ。

 教会の前を流れる川は奴隷売買が盛んだと聞く隣国から流れている。

 売られるところ逃げ出して、途中川に落ち流れてここまで来たっと言ったところだろう。

 近くの森に捨てる選択もある。奴隷商へとまた売ると言う選択肢もあるが、少女はどちらも嫌がるだろう。私も職種柄、道徳に反する行為は避けたいものだ。

 付近の村に預ける考えもあるが…。

(こんな暴れん坊を預かってくれる人はまぁいないか。)

 片田舎の小さい村だ。子供が居ない訳ではないが、預かってくれそうな人物が想像できないでいた。

 そもそも意思疎通が難しい野生児だ。知性が無い少女を育て預かる奇特な人がいるとも思えないしな。

 溜息を洩らしつつ、近くの長椅子に腰を掛ける。

「そうするしかないか…。」

 広い礼拝堂に声が響いた。

 少女の咀嚼する音が聞こえているが、どこか私一人だけで嘆いている様に思えた。

「育てて引き取り先を見つけるか…。

拾った代償にしては大きすぎる気がするな。」

 膝に手をつき、勢いをつけて立ち上がる。気が進まない気持ちを叩き上げた。

 膝を叩いた音に気付いて少女がこちらを一度だけ見た。干し肉を未だに噛み続けていた。

「言葉がわからないだろうが、言ってくとしよう。」

 ズガズガと大股に歩き少女に近づく。

 少女は怯える様子もなく、口元に肉の食べカスをつけたまま、口をあんぐりと放り投げてぼけっと見上げていた。

 言葉の意図を汲み取っている様にも見えた。

 少女の前にまで歩み寄り、ゆっくりと腰を下ろす。少女は今もまだその赤い瞳に私の姿を写したままに見つめていた。

 あどけない少女の姿形をしているが、どこか気高い獣の姿を影に落としていた。

 少々、私はその姿に驚いてしまい、半歩程後ろへと仰け反り息を飲んだ。

「仕方がないから、人並みの常識を教えるとする。

嫌がろうが、拒もうが…。

他の誰かに預けられる様になるまで、教えてやろう。」

 この少女のまっすぐな瞳を見ていると、不安こそあれど何故か大丈夫そうに思えた。

 薄汚い身なりで、食べかすをまとわり付けているが、凛々しい様子がそう思わせているのだろう。

 ふいに少女の頭を撫でてみようなどと思い手を伸ばす。

 聞き分けの良い子は褒める事、なんて子供の世話などした事はないが、そうするものだとの在り来たりな考えだった。

 途端、少女は垂直にきりもみ回転しながら、軽い身のこなしで立ち並ぶ長椅子の影へと飛び越え消えてしまった。

「………あぁ、まぁそうか。」

 硬直する私を椅子の影から覗き顔をのぞかせた。少女の困惑した顔が何を物語っているのかは十二分に理解できた。

 さっきの家主のように撫でまわされると思ったのだ。

「やれやれ、前途多難ってやつだな。これは。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る