21

 ドタン!ガララ…。

 誰もいなくなり、いつも通りの広い礼拝堂に大きな音が響き渡った。

 何か大きな物が落ちた上に、バラバラと砕けた様な音だ。

「…あぁ、倉庫か。」

 2階へと上がろうとしていた脚を反転させて、速足で倉庫へと向かう。

 この音には聞き覚えがあった。つい昨日も聞いた。薬草を取ろうとした時に手元がくるって、まだ使える木箱を一つ落としてしまった時に聞こえてきた音だ。

 向かう最中もガサガサと音が聞こえてくる。あの少女は倉庫内でもがいるみたいだ。

 半開きの扉に顔だけを覗かせ、薄暗い倉庫内を目を細めてじっと見つめた。

 もぞもぞと何かがうごめいているのは、ぼんやりと見えた。倉庫の奥はやはり見辛く、角灯の一つでも近くに置いておけばよかったと後悔をしつつ、中に足を踏み入れた。

 近付いて、一歩二歩。木箱の木片に埋もれながらうごめく少女の姿が見えてきた。

「やれやれ、どうしたらそうなるんだか。」

 腰に手を当て、一息のため息を吐いた。

 もぞもぞと木片を角と角の間に挟ませたまま、床に落ち広がっている草を口に含み食んでいる。美味しくはないのだろう、すぐに吐き出しては他の草をまた口へと含んでいた。

 薄暗い為に良く見えていないから、食べ物かどうかの判断ができないでいる様だ。

「ふぅむ…、嗅覚はいいみたいだな。」

 スンスンとかすれた音が薄暗い中、少女の方から聞こえてくる。嗅覚を頼りにここまできて、木箱に飛び乗って落ちた。

 木箱の中は先ほどの干し肉だったはずだ。匂いのうつった草を干し肉と間違えて口に含んでいるのだろう。

 この状況を見ている限り、そんな経緯が目に浮かんでくる。

 しかし、同時に少々関心した。

 竜人は獣人並みかそれ以下程の嗅覚は持ち合わせているとみて良い様だ。

「っとと、思考している場合でもないか。」

 どう少女をここから誘導させるか。

 獣並みの知能であるのなら、関心を寄せるもので釣るのが一番手っ取り早いな。

 つまるところ、食べ物で釣る。生憎と夜目が利かないのか、目的の干し肉が足元に転がっている事に気づいていない様だ。

(まずは、騒がれないようにっと…。)

 両手を上げて近づこうと考えたが、そう言えばさっきも同じことをしたが無意味だった。

 相手は野生児。こちらの常識は通じないと言う事だろう。獣の考え方をもって近付くとなれば…。

「こうするしかないか。」

 草を食む少女と視線が同じになるまで腰を屈めた。警戒しない様、慎重にゆっくりと進む。体がきしむし、屈む体制は辛いものがある。

 しかし、何故ここまでやらなければならないんだっと思う反面、またここで暴れられたらたまったものではない。他の箱には薬草以外にも売買前の治療薬も保管している。

 何かあったら大損だ。

「…んが?」

 近付いて行くと少女に気づかれた。

 食んでいた草を口から落として、じっとこちらの方を見つめ始めた。

 先の鋭い睨み付けとは違い、どこか訝し気に目を細め、飛び掛かるかどうかを迷っている。爪を立て床を引っ掻いてはいるが体はそのまま、ネコの座り姿の様に屈んだままであった。

「よぉし、いい子だ。」

 警戒はしているのが目に見えてわかるが、初対面の時よりは軟化している。視線を落としたのは間違いではない様だ。

 じっと動かない少女の付近にまで到達してから、今度はゆっくりと足元に転がる干し肉に手を伸ばす。

 少女からのピリピリとした緊張感を指先に感じながら、手に干し肉を収めた。

「ふぅ…。」

 握りしめた途端に緊張の糸が切れた。

 少女はまだ警戒をしているが、手に持った物が足元に置いた角灯が干し肉を映し出した瞬間、表情が一変した。

 瞳孔がぱっと見開いて、閉じていた口を少しだけ開き今にもよだれを垂らしそうになっていた。

 すぐに飛びついてくるかと思ったが、じっと干し肉を見つめていた。

「そう言えばさっきもそうだったな。」

 さっきも私が食べるはずだった干し肉を投げあげた。今回もそういう期待をしているっと見ても良さそうだ。

 少しだけ干し肉を左右に振る。少女も釣られる様に首を左右にゆらゆらと。よほど空腹なのだろうか、それとも単に食える時に食うと言うだけなのか。

 どちらにしろ、これは使える。

 腕を伸ばしたままにゆっくりと腰を上げ、中腰のまま後ろへと下がる。角灯も手に取り、兎に角興味を持たせたままに後ろへと下がった。

 案の定、少女も一緒になって歩み始めた。

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