20

「やれやれ…。」

 拒否もした、否定もした。

 兎に角、実験に支障が出る事を、新薬の遅延に繋がる事も説明した。…が、「大丈夫だろう。」っと無責任に突き放されるだけだった。

 溜息を混じりながら、家主がそそくさと出て行った玄関を見つめ、近くにいる少女を探していた。

「こっちも自由か…。」

 家主によって頭を掻き乱され、居る間は長椅子の影に隠れながらこちらをうかがっているのは見ていた。

 復讐とばかりに背後から襲い掛かる事も無く、単純に近づかず離れずの位置にいたのだが…。

「どこに行ったんだか。」

 今一度のため息。そして、なぜ朝っぱらからこんな目に遭わなければならないのかっと嘆きながら、探すために立ち上がった。

 

 教会と言えど、そこまで広くはない。

 住居と同一の教会の為、礼拝堂の奥は食料備蓄庫が広がっていた。

 窓のないその部屋は日中も薄暗く、角灯の一つでもない限り中を見渡すことも難しい。そんな場所に少女は両手足を踏み入れていた。

 躯体をしなやかに前に屈ませたまま、ゆるゆると四足歩行の動物の様に散策していた。スンスンと鼻を働かせている姿は獣そのものだった。

 少女がここにきているのは明白であった。「先ほど食べたあの肉がまだ食べたい。」満たされない空腹を満たす為、臭いを追い竜人の少女はここまで辿り着いていた。

 室内は部屋の奥に木箱が積み上げられており、床には木くずや枯れた草などが散らかっていた。

 今まで森の中で暮らし育った少女にとって足の踏み場のないこの備蓄庫も、普段より通っていた獣道と大差なく、なんの躊躇もせず動物の前足を模してか握り丸めた手で一歩を踏みしめた。

 枯草を踏み鳴らし、木箱の木片を手で払いながら進み、積み上げられた木箱の前に立つ。少女の鼻は一層と働き一つの木箱に目を付けた。

 蓋が少しだけ開いている。肉の匂いもそこから漏れている。

 しかし、積み上げられた木箱は少女の伸長よりも高い。こんな時、少女はどうするのかを良く知っていた。

 単純に飛びつき、爪を立てて登りつめ、匂いのもとにたどり着く。木を登り、川を渡る時の様に足に力を入れて跳ぶ。少女自身も十分に飛びつけられる自信があった。

 膝を曲げて腰を突き上げて、手も無意識に広げ、一気に真上へと飛び上がる。少女のイメージ通りに木箱にまで手は届いた。指を引っ掛けることもできた。

 が、木箱に手を掛けて力を込めて登ろうとした時、みるみるうちに少女は落ちていった。

 木箱は軽かった。少女の体重を支えられない程に軽く、積み上げられているだけで固定されていない木箱は、ただ少女の方へと流れ落ちるだけであった。

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