3
店の奥。それは奴隷商人の工房だった。
主だってはロウソクや石鹸などの生活消耗品、麻で出来たヒモなどを作る工房。
壁一面の棚には作るための材料が乱雑に置かれ、中央の広い机には至るところに材料の残りカスや作りかけの物などが散らばり、地下室の小綺麗さとは明確に反転した汚さが部屋一面に広がっていた。
床にも様々な道具が落ちていた。
石鹸を作る行程での型や水差しなどの道具が、定位置の収納場所にも机の上にも置かれずただ無惨に床に散らかされていた。
一応の掃除道具としての真新しい箒も一様に床に散らかっていたが、それらよりも窓際に一際目を引く物が置いてあった。
四方の殆どが白い石で作られた檻。
中型の動物であれば一匹は収容できる程度の小さい檻が一つあった。
しかし、その檻は正しい方向に置いてはいなかった。
真横に傾き、縦縞であるはずの鉄格子は横縞になり、床の一部に穴を開けて鎮座していた。
「まったく、何て事を!」
散らかる惨状の殆どの理由は家主である奴隷商人のせいであるが、この全てが檻の中にいる「なにか」のせいでなったとでも言わんばかりに顔を歪め足音を立てて近づいた。
「こんのクソが!
テメーを引き取らなきゃ、今ごろ飢え死にだったんだぞ!わかってんのか!?」
訛りのある言葉で罵倒しつつ、奴隷商人は傾いた檻を荒々しく正常の位置に戻した。
中にいるであろう「なにか」に向かい、檻の中を覗き込み再度同じように叫ぶ。
「いいか!次やったら檻ごと捨ててやる!わかったな!」
暗く黒い檻の中、一つの出入り口しかない鉄格子越しに指を指して言い放ち怒りを露にした。
最後には鉄格子に向かって蹴りつけるも、当然のごとく鉄格子は堅く、足を痛めるだけであった。
「何をしているんだね?」
奴隷商人の後に続き入ってきた高貴な男。
高貴な男は質問を投げ掛けてから、足を押さえ痛みに悶える様、そして後先を考えていない一連の行動に、ただ一息の溜め息と「呆れる」とでも言いたげに首を左右に振り返した。
「あ、いえ…。
すみません、ついと…。」
我に帰り口癖のように謝罪をする。
しかし、奴隷商人のその目は執拗に檻の方を向いていた。
憎らしく、怨めしく。ただの奴隷に手を焼く自身にも向けた憎悪を、じっとその目に宿していた。
それは奴隷を使役する自身の立場。
自身が上位の存在であり騒ぎを抑止できる立場、そして事前に抑止しなければならない責任にも似た使命感。
それ等が自身のプライドをキズ付け、余計な憎悪を奴隷商人の心に生むのであった。
「ふむ、してこれは?動物か?」
奴隷商人の小さなプライドには微塵も興味をしめさない高貴な男。
例え奴隷商人が唇を噛み締める程の憎しみを高貴な男の今の一挙手一投足で産み出されたとしても、高貴な男がそれに気付いたとしても、一切の行動は変更されなかった。
あくまでも奴隷を使役する商人が抱くだけの話だ。
購入側の高貴な男が気を付ける話ではない事は明確だった。
だからこそ、気に止めず高貴な男はただの一切奴隷商人の方を一瞥もせず、指を指した檻へと覗き込もうと腰を屈めていった。
「…コイツは知り合いが廃業するからっと言う事で安く手に入れたんですよ。
なんでも滅んでしまった竜の血を引く人種らしいんで、物見屋に売り付けるつもりで手に入れたんですが…。」
高貴な男が顔を覗かせた途端、鉄格子に向かって中身が猛進。高貴な男に噛み付かんとする勢いで襲ってくるも、鉄格子に阻まれた。
しかし歯を鳴らし、襲いかかる姿勢はそのままであった。
「ふむ、蜥蜴人(リザード)は確か皮膚も鱗に覆われていなかったか?
これは角ぐらいしか無いようだが。」
高貴な男は覗くのを中止し、すっと立ち上がる。その顔には冷や汗一つなく、あごに生やした短い髭をゆっくりと撫でていた。
「コイツは竜人(ドラゴニュート)なそうでして、蜥蜴人とも違うらしいです。
私もよく知りませんが、長寿な種族っと言うぐらいしか、元同業者も知らないと言っていました。」
「ふぅむ、珍しいっと言う事ぐらいしか無いようだな。」
不意に視線を落とし考え始めた高貴な男。
鉄格子にぶつかり続ける音がようやくと静まると、黙ってうなずいた。
「…まぁ、良いだろう。
コイツも貰うとしよう。余興ぐらいには使えるだろう。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます