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「ぐぐぅ。」

「気持ちいいか?」

 全身を洗い終えてから少女の顔は綻んだままであった。

 少女は今まで大自然の中で生きていた。

 身体についた微生物や不快な汚れは雨や川などで身体を洗っていたのだろうから、ここまでさっぱりとした気分になったのは生まれて初めての体験だったはずだ。

「さてと、次はちょっと難しそうだな。」

 私は泡立てた海綿から泡だけを取り出し、両手になじませた。

 最後に洗うのは癖のついた髪の毛だけだが、少女の両側頭部には曲った角が生えている。

 山羊の様な捩じり曲ったくすんだ銀色の巻き角。金髪が下地色になっているが為により目立っていた。

 これも謎の多い。

 人の頭蓋骨から角が生えていると言うだけでも興味深い。動物の中には、角は体毛が変化したものともどこかで読んだ気がする。

 大部分を人の姿、骨格を模しているが、その先祖はドラゴンとも言われている竜人種。

 ドラゴンを知っている訳ではないが、骨の一部が角になっているのは骨格標本図鑑で読んだことがあった。

 同じルーツであれば、この髪を洗うのはかなり厄介な事だ。頭蓋骨から直接この角が生えているとしたら、ちょっとした衝撃で脳震盪が起こる可能性がある。

 触れられるだけでも、少女には不快なはずだ。

「そのはず…なんだがな。」

 頭をゆすり慎重にと心掛けながら少女の癖のついた髪を洗っていくが、どうしても曲ったこの角には当たってしまう。

 苦悶の顔をし、今度こそ敵意むき出しで襲ってくる少女の姿を思い浮かべていたのだが。

 その当人はただ目を閉じて呆けた表情を浮かべていた。

(うーむ、考えすぎなのだろうか。)

 頭でっかちで思考が先に出てしまう自身に多少の反省をしつつ頭頂部を泡で洗髪を続けていく。

 しかし、今更ながら奇妙な生体だと思う。他の人とは違う、人種と同じ様な成りをした異種族達。

 動物の姿を模した者も居れば、怪物(モンスター)の一部を模した者もいる。

 彼らの多くは動物なり怪物を祖先としており、宗教としても誇りとしても崇めている。

 しかし、それならば何故人の姿、人種と同じ姿になっているのだろうか。そのままの姿では何か不都合があったのだろうか。ならまだいる動物や怪物は何故そのままなのか…。

(書物ではまだ解明できない事ばかりなのだ。この世の中は…。)

 私はありえないであろう進化論をぼんやり夢うつつ程度に考えながら、少女の角に注意しつつ頭一つをただ洗い続けた。

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