15

 広い湖畔の近く。そのには古い教会が建っていた。

 湖畔に伸びるいくつかの川の間を縫う様に建っているこの教会の窓にも、朝日の鋭い日差しが差し込んでいた。最も暑い時期が過ぎたと言えども、この時期の朝は未だに暑い。

 この教会に住まう男も、その暑さに睡眠を阻害され、のそのそと気分が悪そうに目を覚ました。

「…ったく…。」

 徹夜続き、失敗続きでふて寝をしたのがつい先刻前の事。眠りは浅くてまだ眠ていたい。今日日、起きる必要もない予定も何もない日だ。このままでも良いが…。

 この暑さでは惰眠を貪る事も叶わない。渋々と寝床から起き上がった。

 辛うじて寝台として使われているベッドの回りは汚れ散っていた。開きっぱなしの本、机に積まれた道具類、床一面に四散する研究材料。晩中に盗賊にでも入られたのではと、見受けられる程の悲惨な惨状であった。

 男は散乱した本や道具を踏まない様に足先を尖らせて、慣れた足取りでゆっくりと部屋を後にした。

「はぁ~…。」

 欠伸を一つ。歩きながら眠気の取れない目を擦り、男は廃れた礼拝堂を礼節もなく無作法な足取りで素通りする。

 いつの間にかクモの巣が張り巡らされてしまい、座ることも拒まれそうな長椅子の数々。立派であっただろうステンドグラスも清掃を怠っている為に曇り、鋭い日光を柔い光に変えて礼拝堂内を照らしていた。

 廃教会と言えど、流石に掃除をしなければバチが当たると、長椅子を横目にしつつ考える男だった。

 開けば軋み、悲鳴を上げる扉を過ぎ、男は陽光の照らされる日の下へと歩みでた。

 昨晩より続く長雨もようやくと過ぎ去り、まだ照りつける太陽が姿を現していた。

「暑いなぁ…。」

 照りつける日差しから目を反らし、男はそそくさと川辺へと退散する。近くに流れる川は、山と森を通り流れ出ていることもあり、年中冷たく、川岸に向かえば涼やかな風が感じられていた。

 涼を求めるのなら、これほど良い避暑はなくこの一時程、暑くて良かったと思える事はなかった。

 川に身をのり出し、川に映る目元の隈が酷い自分の面構えを掻き消すように、手で水を掬い勢い良く水を浴びる。ひんやりと冷たく目の覚める刺激だ。

 付近に村こそあるが、このまま飛び込んで水浴びをするのも悪くはない…。が、そんな体力も今はないか。

 川の穏やかなせせらぎ、涼しい風。先ほどまでの暑く気だるい気分も、この涼やかな環境と数回ほど顔を洗えば気にならなくなっていた。

 気分も切り替え、戻り研究の続きをしようか。そう背筋を伸ばした時に男は気付いた。

「…まだ昼にもなってないよな?」

 悠然と流れる川。ここに住んでまだしばらくしか経っていないが、一日の光景ぐらいは良く覚えていた。

 朝は陽光に照らされて水面が白く輝き。昼は青空を写して深い青に染まる。夕方には夕日を浴びて、この川は黄昏に染まる。空を写し出す川でもある為に、その表情の豊富さは大方ここに住んでいる日とであれば誰でもすぐにわかるものがある。

 しかし、今は夕方でもないと言うのに、上流の川岸付近が黄昏色に染まっていた。

 黄昏っと言うにはあまりにも鈍い光ではあったが、そうと見間違うほどに輝いていた。

 不振に思いつつ、眺めているとそれが何であるかが目の前に流れ、木の枝に引っ掛かっていた。

「髪の毛か。それも金の。」

 長い金の髪。束とは言わないが、数本ほどが枝に引っ掛かっていた。奇妙にも不気味には思わなかったが、何故か胸騒ぎがした。

 最も黄昏に染まるあの場所に何かあるのか。興味をもって、男は歩み寄ることにした。

 

 気まぐれに足音を鳴らし歩み寄る。

 しかし、近づくに連れて不審を抱き、次第にその足は駆け足になり、大きく足音を鳴らし始めた。そして、その黄昏が何であったのかの意味をすぐに知ることとなった。

 うつ伏せに誰かが倒れていたからだった。

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