第30話 岩滝大志

 口約束で店長になったので、口先だけでクビになった。

 社長に荷物の整理をしろと言われて店にきたが、一向にやる気が出ない。物が多すぎる。どうしてこんな所に木箱があるのか分からない。開けたら、中からスーパーボールが大量に出てきた。

 床に叩き付けたら、派手に弾んだ。

「おお!」

「うるせえな。遊んでねえでさっさと掃除しろよ」

 ソファーから犬の咆哮のような声が飛んできた。

「いや、お前だよお前」

 義春はもうずっと寝転がったまま動かないでいる。朝来たときから酒臭かったのに、ちょっと目を離した隙に冷蔵庫のビールの最後の一本をまた開けたらしかった。岩滝はため息を吐いた。

「いつまでふて腐れてるつもりだよ。俺もう3つゴミ袋満杯にしたかんな! お前も3つ作れよ」

「分別をしろよ」

 と言って、義春は寝る向きを変えて尻をこちらに向けた。さすがに頭にくる。

「分別? こんな状況で? すんのかお前なら分別を! 燃えるゴミと燃えないゴミを分けるのかよ? 意味わかんねえ! 燃えるだろ全部! 燃せるだろ!」

 義春は答えなかった。

 どっと疲れて、いつもの椅子に勢いよく座ったら、いつも以上にミチミチと酷い音がする。もうここにも座らないのかと思うと、やはり――意味が分からない。

 そういえばユリアは、よくここでペットボトルの外側のビニールをはがしていた。あれは分別だったのか。単にはがすのが好きだっただけのような気がする。

「貝殻は燃えるゴミだ」

 突然義春は言った。

「は? なに」

「真が言ってた。貝殻は燃える」

「ねえよ貝殻なんて」

 そう答えたが、探せばどこかにはありそうな雰囲気だ。義春は籠もった声で続けた。

「袋に入らないぬぐるみは粗大ゴミだ」

「袋に入るぬいぐるみしかねえよ」

 やけにリアルなたぬきときつねのぬいぐるみが、いつの間にか祭壇のような場所に四つ足で立っている。

「ビデオテープとカセットテープも燃えるごみだ」

「いつの時代の話してんの?」

「ジャムの瓶は資源ゴミ」

 ものすごく小さな声で、もう耳をすまさないと聞こえなかった。義春にも小さな声を吐く声帯があるのかと、岩滝はやや感心した。それだけ傷心しているということなのだろう。

「真くんはゴミ分別が趣味なの?」

 軽く聞いただけなのに、ものすごい勢いで義春は起き上がった。

「は? 真の話なんてしてねえだろ!」

 と、酒をあおる。

「情緒不安定かよ。どうすんだよお前がそんなんで。いい加減やめろよな。真くん出て来てお前がそんなんだったら気にするだろ!」

「出てこねえよ。人殺してんだぞ」

「だからまだ分かんないだろっつうの! 詳しいこと何も分かってねえし、もし殺してたとしたって、情状酌量とか、なんかあんじゃねえの? すぐ出てくるって」

 すると、ものすごい勢いで義春は缶を壁に投げつけた。

「こんなとこに出てきて良いことあるわけねえだろ!」

 おお、と感動して岩滝は声をあげた。義春は激昂がお家芸なのに、ここ数日なりをひそめていたので、もう失われたのかと思ったいた。岩滝はこれまで義春の激高のせいで、何度ホームセンターに通い、何度壁を補修したか分からない。大工の才能があるのかもしれない、と考えていると、大声を取り戻した義春が、項垂れながら床に向かって怒りを発散し始めた。

「あることないことペラペラ話しやがってよ。あんなこと言う必要ないだろ。相変わらず最上の家にはクズしかいねえ。うちとはもう関係ありませんだと? ふざけんなクソが。てめえらのせいでどれだけ真が――つうか塩原だよ塩原! 全部あのクソ野郎のせいだろうが。ああ! 今すぐ殺してえ! なんで死んでんだよあいつは!」

「あの子たちが殺したからだろ」

「分かってんだよそんなことは!」

 パイプ椅子が蹴っ飛ばされ、派手な音を立てた。

 まぁたしかに、それは結構な日本人が分かっていることだ。塩原は死んでいる。殺されたのだ。うちの従業員たちに。

「つうか、原因っていうなら俺たちじゃね?」

 岩滝の言葉に、は? と義春は顔を上げた。

「真くんここに引っ張ってきたの俺たちだし、塩原働かせたのも俺たちだし、そもそも他の子たちスカウトしたのも俺たちだし」

 リンカの注意にも耳を貸さなかった。どう考えても怠慢だ。この店は岩滝たちの怠慢で出来上がっていたのだ。最初はそうじゃなかったはずなのに。いつからこうなったのだろう。

 義春もそれを理解しているからか、さっきから責任転嫁のキレが悪い。義春はいつも逆ギレを噛ましているが、あれは実際、本当に自分は悪くないと思っているのだ。

「真に合わす顔がねえよ」

 急に弱々しく義春は呟いた。本当どういう関係なのだろう、と岩滝は今頃気になった。元々、義春は真に対して異様に甘かった。猫可愛がりもいいところだ。他の人類と真とでは扱いが全く違う。色々聞いてみたい気もするが、報道にあるようなことが原因なのであれば、率先して話したいことではないだろう。

 ただ、断片的な情報を集める限り、真が義春の他に頼るべき人間がいないというのは事実らしい。

「お前、貯金どれくらいあんの?」

 そう聞くと、15万と返ってきた。

「俺27万」

 岩滝が答えると、義春は小さくあほ、と呟いた。どういう了見なのだろう。

「お前の方が少ねえから」

 3年で二人合わせて500万は貯めるはずだったのだ。岩滝がホストを始めたのも、ここで雇われ店長を始めたのも、自分たちが好きに出来る店を持つためだ。

 最初は、そうだった。

「諦めるか、お洒落カフェバー」

 そう言うと、義春がふて腐れた声で返してくる。

「とっくに諦めてるわ」

 けれど、義春は今でも雑誌のお洒落カフェの特集を読んでいるのだ。岩滝は窓の外を見た。隣にもビルがあるので、景色とは言えるようなものではないが、ここから外を見るのがわりと好きだった。

「大衆居酒屋にするか」

 義春は反応しなかった。岩滝は続けた。

「なんでもいいから、金貯めて店作って、そんで、あいつらの戻ってくる所作らないと」

 前科者に社会がどれだけ厳しいか、きっとあの子たちは分かっていない。いつ出てこられるのかは分からないが、初犯だし、状況も状況なのだから、そこまで長くは入っていないだろう。時間がない。

 義春はしばらく黙っていたが、急に立ち上がった。

「さっさと動けよ掃除するぞ」

 そして、遮二無二ゴミを分別し始めた。

 義春も岩滝も、何か制約がないと制限なくだらけ続けるタイプの人間だ。ただ、はっきりとした目標とリミットがあれば、それなりに上手くやる自信はある。

 スーパーボールを燃えるゴミの袋に突っ込みながら、いつもの調子を取り戻した義春が指を指してくる。

「アクアリウムは譲らねえから!」

「金貯めてから言えよ」

 きっとよくてメダカの水槽だ、と思いながら、岩滝はペットボトルを燃えるゴミに入れた。

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