最終話 風俗嬢がボーイを殺して廃校でひと夏を過ごす話

 五人乗りの車に五人が乗って、正解の中にいるのにとても狭かった。

 晴れていて、とても明るい。

 夏の始まりの匂い。

 それから声がする。

 私の、好きな人たちの声。


「いや、どういうこと? 警察じゃなかったの?」

「杏ちゃん今の道をひだりー」

「は? なんで今言ったの。つうか、あんた今日運転してなくない?」

「だって杏ちゃん好きなこと運転でしょ。あ、ハート付きだっけ」

「もしかして、あれ書いたのあんた?」

「でもびっくりしたっすね。火事っぽかったけど大丈夫かな」

「真くんが血相変えて走ってくるから、ニコが通報でもしたのかと思った」

「いや、俺もそう思ったんです。すみません」

「あ、今の道左でもいけるってー」

「はあ? だからなんで通る前に言わないわけ?」

「地図読めなーい」

「私見ましょうか、えっと――あ、もう道ないですね」

「道ないってなに。道あるけど。進んでるけど」

「このまま進むとみかん畑にでます」

「あ、いいじゃん。みかん食べようよ。私木登り得意だよー」

「みかんの木は上るほど大きくないですよ――って、ちょ、ユリアさん、おっぱいがあたってます」

「みかん狩りって今の時期あるの?」

「俺の実家のあたりは冬にしかなかったですけど」

「じゃあ、いま行っても仕方なくない?」

「っていうか、どこ行くんだっけー?」

「土買いに行こうって話ですね」

「あんたまだ酔ってるでしょ」

「あ、思い出した。塩原の指が出てるって話だ。まー雑に埋めたからなぁ」

「堀り方が雑だったんでしょ」

「すみません」

「いや、真くんはずっと掘ってたから仕方ない」

「杏ちゃんもずっと掘ってたけどねー」

「っていうか土買ってからどうするか問題っすよね」

「どこに逃げるかって?」

「あ、いや。ご飯の話です」

「ご飯?」

「買ってくるの面倒くさくなーい? ファミレスいこうよー」

「この恰好で?」

「着替えればよかったですね」

「つうか、それよりどこに行くか考えるべきじゃないの」

「しばらくは別荘暮らしでいいですよ。うちの家の人たちにそう説明してるんで」

「今はまだいいけど、そのうち電源切らないとねー」

「そうすね。次の行き先も考えつつ」

「廃校ね、廃校」

「なんで廃校なの?」

「これだからだめだよねー浪漫のない人は」

「雰囲気出るじゃないっすか、廃校!」

「この後に及んで雰囲気出してどうするわけ」

「ゾンビも出たらなお良いんだけどなー」

「強盗もしたい所っすね」

「ピストルはマストだよねぇ」

「交番でも襲います?」

「ちょっと、真くんまで開き直らないで」

「あはは」


 がこん、と車がゆれた。

 頭を動かすと、真がそっと顔を覗き込んできた。大丈夫ですか、と声が落ちてくる。光がさわさわと背後で揺れている。少し起き上がると、みんなが声を掛けてくる。起きましたか。まだ寝てれば。お水飲む?

 口元が緩む。

 顔色がいいですね、と真が微笑んだ。

 窓の向こうは一面が緑で、光が時々くすぐったく顔の上に差した。真の服からは土の匂いがしている。汗の匂いもしている。今の匂いがしている。

 なんだか悪戯をしたくなった。

 私は外に目を向けた。窓の向こうには山の緑色だけしかなくて、方向が合ってるのかはわからなかった。自覚的に、嘘を吐いてみようと思ったのは始めかもしれない。

 私は外を指さした。

「ねえ、海がみえる」

 私は笑う準備をしていた。

 していたのに。

 真が振り返った瞬間、ぱっと視界が開けた。

「あ」

 光が広がる。

「本当だ」

 遠くまで、ずっと遠くまで、明るく青い。

「海だ」

 それはどこまでも遠くまで続いているように見えた。

 存在しない世界の縁まで、どこまでも。

 海は続いている。

「綺麗だね」

 真はそう言って、遠くを眺めた。 

「うん」

 いつまでもこの道が続けばいいのに。

 いつまでも。どこまでも。

 ずっと遠くまで。

 生きていたいと――私は思った。

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【コミカライズ連載中】ガールズ・アット・ジ・エッジ 犬怪寅日子 @mememorimori

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