第17話 二次選考③

 その道すがら、ソフィアは辺りを見回してほうっと息を吐いた。


 ここは本当に、豪華絢爛という言葉がぴったりな場所だ。精緻に彫刻された柱も、美しい絵画で飾られた天井も、金の装飾が施された壁も、全て来るときに一度は目にしたはずなのに、やっぱりその美しさにため息が漏れる。


「ソフィア嬢」


 周りを眺めながらゆっくりと歩いていると、後ろから声をかけられてソフィアはふと足を止めた。振り向くと、近衛騎士の格好をした男性が立っていた。少し癖のある茶色い髪はふわりとしていて、程よい高さの鼻梁はすっきりと通っている。空のように澄んだ青い瞳は少し垂れ気味で優しそうな印象を受けた。


(さっきの……)


 ソフィアはその人を見て、すぐにアーサー王子の後ろに控えていた近衛騎士だと気付いた。そして、とてもいい匂いがする。この人もあの香水をつけているのだな、とソフィアは思った。


「どうかなさいましたか?」

「どこに滞在している? マリオット伯爵家はタウンハウスがないだろう?」


 ソフィアはその問いかけに少なからず驚いた。マリオット伯爵家が困窮していることは近衛騎士にまで知れ渡っているらしい。


「リンギット子爵邸ですわ。嫁いだ叔母がおりますの」


 ソフィアの答えを聞くと、近衛騎士は「ああ、そう言えば」と呟く。ソフィアはなぜそんなことを聞くのかと、近衛騎士を見返した。


「それがどうかなさいましたか?」

「いや。滞在先が宿なら、引き上げて王宮ここの客間を使えばいいと思ったんだ。用意させることは容易いから。──けれど、叔母上のお屋敷があるなら心配いらないな。帰りは馬車?」

「はい」


 ソフィアはこくりと頷く。馬車と言っても、この選考試験の終了時間がわからないのでリンギット子爵邸の馬車は既に屋敷に戻ってしまった。ソフィアは通り沿いで辻馬車を拾うのだが、そこまで言う必要はないだろう。


「そう。なら、よかった」


 その近衛騎士はホッと息を吐くと、安心したように微笑んだ。元々少し垂れ気味の目元がさらに下がり、くしゃりと表情が崩れる。ソフィアはその笑顔を見て、胸がキュンとするのを感じた。


(? なにかしら?)


 咄嗟に胸に手を当てる。さっきもこの人と目が合って、胸がおかしかった。ソフィアはよくわからずに首を傾げる。


「ソフィア嬢? どうかした?」

「あ、いえ。なんでもございませんわ」


 ソフィアはすぐに表情を取り繕うと、ほほっと笑って見せる。


「そう? ならいいのだけど。では、気を付けて」

「はい、ありがとうございます」


 ソフィアはお礼を言うと、その場を後にする。そして、少し歩いたところで、なぜ今の近衛騎士が追いかけて来たのか気づいた。


(もしかして、マリオット伯爵家の困窮具合を知っていたから、気を利かせてくれたのかしら?)


 マリオット伯爵家は貧乏だ。貴族令嬢と侍女だけで滞在しても安全なホテルの代金を何日も払い続けるのは、正直言ってつらい。もしや、そのことを心配して声をかけてきたのではないだろうか。


 ソフィアは今来た豪華の廊下をくるりと振り返る。メルも釣られたように立ち止まり、後ろを振り返った。


「ソフィア様、どうかされましたか?」


 メルが怪訝な表情でソフィアを見つめる。


「……。なんでもないわ」


 視線の先には既に誰もおらず、辺りは静謐に包まれている。豪奢な廊下の奥からは、あの甘い香りがソフィアを誘うように漂ってくる気がした。


    ◇ ◇ ◇


 多くのご令嬢が帰宅したのち、王宮の一角ではアーサー王子、キーリス特級政務官を始めとする重鎮達が集まり、円卓を囲んでいた。手元にあるのは今日の試験結果だ。


「一次は筆記試験の結果だけで落としてしまって大丈夫だったのか? これだけ大規模にやったはいいが、既に落選していることは?」

「問題ありません。送り込むならば、それなりの人物を選定するはずです。公布から一ヶ月もあったのだから、準備する時間もありました」


 心配そうに眉を寄せるアーサー王子に、キーリス特級政務官は心配ないと手を振る。


「念のために調べた侍女達のギフトも含めて、明らかに無関係と思われる方々は落としてあります。約七割弱はお帰り頂いております」

「残り三割強か。だいぶ絞り込んだが、まだたくさんいるな」


 アーサー王子は残ったご令嬢の経歴が書かれた書類をペラペラとめくる。それは優に数十枚はあった。


「明日はなにで選考する?」

「裁縫ですね」

「裁縫?」

「はい。先日送り込まれた呪いの術式の刺繍に似たものがないか、確認します」

「ああ、あれか」


 アーサー王子は嫌なものでも思い出したかのように、顔をしかめる。そして、端に置かれた別の書類にふと目を留めた。


「──ロバート。ビクティー侯爵令嬢のことを門前払いしたのか?」

「どう考えても我々が炙り出そうとしている人物ではありませんから、問題ないでしょう」


 聞かれたロバート王子はなんでもないことのように素っ気なく答える。


「おまっ。明日以降、俺がビクティー侯爵に娘がいかに優れているかという話と、不届きものの門番がいたという話を延々と聞かされる羽目になるんだが?」

「どうせ途中で落としても同じことです」

「ロバート。明日、変わって──」

「ご自分でなんとかしてください」


 ロバート王子に素っ気なくあしらわれ、アーサー王子は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべたのだった。


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