第46話 真相究明②

 アーサー王子から極秘調査を依頼された翌日、ロバート王子は下級政務官の一人に姿を変えると、ギルモア公爵家へと向かった。ギルモア公爵家はヤーマノテ王国の二大貴族の片翼なだけあり、王宮の近くに広大な敷地を有する屋敷を構えている。

 門番は王宮からの馬車に気付くと、慌てた様子で門を開いた。屋敷の入り口では家令をしているという初老の男が出迎える。


「突然の訪問、すまない」

「いいえ、滅相もございません。ようこそいらっしゃいました」


 家令は一見穏やかに見える笑みを浮かべ、鷹揚に頭を下げる。しかし、よく見れば動きは固く、緊張しているのがわかる。


(まあ、無理もないか)


 ロバート王子はその様子を見て、内心で嘆息した。

 当家の令嬢がやらかした一件で、ギルモア公爵家は王室の怒りを買った。今日は政務官が処分の内容を伝えに来たのだと思っているのかもしれない。


「実は、旦那様は王宮に行っており不在でして──」

「よい。それよりも、ご息女と話がしたい」

「お嬢様と?」


 家令は怪訝な表情を浮かべたが、「かしこまりました」と部屋へ案内した。

 歴史を感じさせる重厚な廊下を歩きながらロバート王子は素早く周囲を見渡した。使用人達は自分を見かけると立ち止まり頭を下げる。その表情は一様に暗いように見えた。

 家令がひとつのドアの前で立ち止まり、ノックをする。


「どうぞ」


 小さな返事が返ってきて、家令がドアを開けた。ぼんやりと窓の外を眺めていたギルモア公爵令嬢は、ゆっくりと振り返り、ロバート王子扮する政務官の姿を見留めるとその茶色い瞳を大きく見開いた。


「どなた?」

「私は王宮の政務官を勤めているロンバートです。少しお話を聞かせてもらっても?」


 ロンバートはロバートが政務官に扮するときの偽名だ。不安げに瞳を揺らしたギルモア公爵令嬢は、一度顔を俯かせるとすぐにまた顔を上げた。


「かしこまりました。リュート、ロンバート様にお茶をお出しして」


 ギルモア公爵令嬢はロバート王子の後ろに立つ家令に指示を出すと、部屋の来客用ソファーを勧めてきた。ロバート王子は素直にそこに座った。


「この度は誠に申し訳ありませんでした。どんな罰も甘んじて受け入れましょう」


 静かで落ち着いた、しかし、凛とした声が部屋に響く。ロバート王子は改めてギルモア公爵令嬢を眺めた。

 赤みのある金髪は結わずとも絹糸のように美しく、大きな茶色の瞳は長い睫毛に縁取られている。佇まいも淑女として完璧。彼女を見れば『美しい』と万人が評するだろう。

 ロバート王子はその姿を見て不思議に思った。本当にこの令嬢が、あのような陰湿かつ陳腐な罠を仕掛けるものなのだろうか。ギルモア公爵令嬢と言えば、社交界では可憐な花としてもてはやされていた。評判も悪くはなかったように思うのに、違和感が拭えない。


「あなたが花嫁選考会の三次試験でエルマー公爵令嬢ほか二名の作品を切り刻んだ件について、詳しくお話を聞かせて貰えますか?」


 ロバート王子が穏やかにそう尋ねると、ギルモア公爵令嬢は困ったように首を傾げた。


「申し訳ありません。実は、そのことを憶えていないのです」

「憶えていないとは?」

「以前取り調べにいらした方にもお伝えしたのですが、その時間帯のことだけ、靄がかかったようにかすんで思い出せないのです。ただ、状況証拠でわたくしがやったに間違いないとのことでしたので、きっとそうなのでしょう。なぜそのようなことをしたのか、自分で自分が信じられません」

「その時間のことだけがかすんで、思い出せない?」


 すぐにおかしいと思った。

 目の前のギルモア公爵令嬢は落ち着いて、逃げる様子もない。嘘を言ったところで、なんのメリットもない。外傷もしくは精神的ショックで記憶喪失になることは、まれにあることだ。しかし、自身が犯行を行った時間帯だけすっぽりと記憶がなくなることなど、あり得るのだろうか。


「以前来た、取調官はどなたですか?」

「キーリス特級政務官ですわ」

「状況証拠とは?」

「わたくしが一人であの場に戻るのを目撃した人がいらっしゃると。──リアンヌ様です」


 その瞬間、ロバート王子はガタンと立ち上がった。突然のことに驚いたギルモア公爵令嬢は、びっくりした顔でこちらを見上げている。


「ああ、驚かせて申し訳ない。急用を思い出した。今日はもうお暇する」

「あの……、わたくしの処分が決まったのでは?」

「それは……、また後で連絡する。あなたとギルモア家に不利益が生じないように配慮しよう」


 ロバートはそれだけ言い残し、馬車に飛び乗ると王宮への帰路を急ぐ。たった十分ちょっとの距離が永遠のようにもどかしく感じた。

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