第47話 真相究明③

 美しい花が咲き乱れる庭園を散歩しながら、ソフィアははあっとため息をついた。王宮の庭園は専門の庭師によっていつも美しく整備されている。美しく咲いた花々、そこかしこを舞う蝶、しっかりと掃除が行き届いた小路、雑草一つない芝生……。いつもと変わらぬ景色の筈なのに、味気なく感じるのはなぜだろう。


(ロバート王子、どうされているかしら?)


 目に入った赤いミニバラも、綺麗だな、としか思わない。ロバート王子と一緒に散歩したときは、目にするもの全てが美しく煌めいて見えたのに……。


 ──恋は唐突に訪れて、自分の全てを塗り替えるの。世界が変わったかのように煌めくのよ。


 そうソフィアに教えたのは、友人のご令嬢だった。ずっとソフィアには意味がわからなかったけれど、今なら理解できる。


(そうだわ。わたくし、ロバート殿下に恋をしているのね)


 彼のことを考えると、胸がキュンとして頬が熱くなる。今日は会えないと知っているのに、益々会いたい気持ちが募った。脳裏に『フィー』とソフィアを呼びかけ、優しく微笑みかけてくるロバート王子の姿が浮かび、ソフィアは自然と口元を綻ばせた。



 あのお茶会の日から今日で三日経っているが、これまで表立ってご令嬢達を集めた会は開催されていない。それに対し、ご令嬢達もこれまでの結果を見て最終選考中なのだろうと、特に不思議に思ってもいないようだった。

 ヴィヴィアンにはあの日以降部屋を出ることを禁止されているようだが、衣食住はしっかりと保証され傍にミレーもいるとロバート王子は言っていた。それに、十分程度であれば衛兵立ち合いの下で面会も可能だ。昨日も会いに行ったが、一見すると元気そうに見え、そのことは少なからずソフィアを安心させた。


 ただ、変わったことが一つ。


 ソフィアの部屋のドアを開け、目の前に立っている人を見てこめかみを押さえた。


「キアラ様、今日はどうされたのです?」

「お茶をしようと思って。どうせ、ソフィア様も暇でしょう?」


 いつものように籠に入った茶葉の瓶を持って現れたキアラは、ソフィアが暇に違いないと半ば断定するように言い切ると、テラスに行こうと誘ってきた。犬猿の仲のはずが、なぜこんなに気に入られてしまったのか意味がわからない。


「ソフィア様はなんとなく、話しやすいのよ。他の方は例の媚薬事件の犯人かもしれないから、下手に近づくと怖いもの」


 キアラはそう言うと、口を尖らせる。『媚薬事件』など実際には起きていないが、キアラの中ではそう言うことで話が確定しているようだ。


 ソフィアは表情を曇らせた。そう、未だに本当の犯人は捕まらず、ヴィヴィアンは部屋に軟禁されたまま。ソフィアはロバート王子とも会えずにいる。


「ところで聞いて。わたくし、衝撃の現場を目撃したのよ」

「衝撃の現場?」

「ええ。リアンヌ様とキーリス特級政務官が、なにか口論していたの。リアンヌ様が興奮していて、キーリス特級政務官はそれをなだめているようだったわ。『聞いていない』ってリアンヌ様が怒っていらして──」


 それを聞いたソフィアは顎に手を当てて考え込んだ。


「なにかあったのかしら?」

「あれはね。わたくしの予想だと、色恋沙汰だわ」

「色恋沙汰? だいぶ年齢が違いますわ」

「愛は年齢の壁を超えるのよ」


 キアラは自信満々にそう言うと、そんなことも知らないなんてお子様ね、とでも言いたげな表情でソフィアを見つめる。


(絶対に違う気がするわ……)


 話半分に二時間ほどお喋りをして部屋に戻ろうと歩き出したとき、ふと視線を感じたような気がしてソフィアは足を止めた。背後を振り返ったが、誰もいない。シーンとした静寂が辺りを包み込んでいる。艶やかに磨き上げられた大理石の床も、まばゆいばかりの金箔の装飾も、今にも動き出しそうな精緻な絵画も全てはいつも通りだ。


(気のせいか)


 気を取り直したソフィアは再び歩き始める。部屋に着くと、どこかに出掛けたのか、メルは不在だった。


「早く解決するといいなぁ」


 ソフィアはソファーに座ると独りごちる。

 そのとき、窓にかかったカーテンが少し大きく揺れているのに気づき、ソフィアは窓を閉めようと立ち上がった。窓の近くのローテーブルに置かれていたメモが風でヒラリと舞い、ソフィアの足元に落ちた。


「なにかしら?」


 ソフィアはそのメモを拾い上げる。走り書きのようなもので、リアンヌの実家であるエモニエ伯爵家のことが書かれていた。きっと、ソフィアが調べてくれと言ったからメルなりに調べたことを忘れないようにメモしたのだろう。


 ソフィアはそれを上から順に目で追っていった。

 リアンヌは元・ラピカ侯爵令嬢の母と、エモニエ伯爵との間に生まれ、現在十九歳だ。エモニエ伯爵領は医療が発達していることで有名な地域で、特に薬の栽培、調合には高い技術を持っている。

 ヤーマノテ王国では医薬品の流通阻害による価格つり上げを防止するため、全ての医薬品は国の医薬院の管理下で価格と生産量が決められている。現在普及している医薬品の半分近くがエモニエ伯爵領で生産されたものだ。そして、その比率はここ五年ほどで急激に伸びていた。


 そこまで読んで、ソフィアはハッとした。


「医薬品……。ということは、毒にも詳しいってことね」


 薬と毒は表裏一体。どんな良薬も使い方を誤れば毒になるし、毒が薬になることもある。入手困難な毒物もリアンヌであれば入手することが可能だったのではないだろうか。


「医薬院の最高責任者は……キーリス特級政務官? じゃあ、直接聞けば、誰か話を聞ける人を紹介してもらえるかも……」


 そんなことを考え込んでいると、ドアをノックする音がしてソフィアはメモから顔を上げた。きっとメルが戻ってきたに違いない。


「メル、お帰りなさい。これ、こんなに短期間にありがとう!」


 メモを握りしめたままドアを開けたソフィアが見たのは、意外な人物だった。


「キーリス様?」


 そこには、キーリス特級政務官がいた。

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