第45話 真相究明

 ふわふわと浮き立っていた気持ちが急降下するような言葉に、美しく咲き乱れる花々の合間を歩いていたソフィアは足を止めて横を見上げた。


「え?」

「明日は時間を取るのが難しいかもしれない」


 ロバート王子は申し訳なさそうに眉尻を下げると、先ほどと同じ言葉を繰り返した。聞き間違えではなかったようだ。


「あの事件の犯人捜しをアーサー王子から仰せつかった。暫くの間は少し忙しくなる。最後の舞踏会の日にちも迫っていて時間がないからね。引き伸ばすにも限度があるし、もしそこでアーサー王子の婚約者を発表しなければ、残っている令嬢達の親も黙っていないだろう」


 花嫁選考会最終日まではあと数日しかない。そこでアーサー王子がファーストダンスに誘った相手が婚約者として選ばれた女性だということは、既に周知されている。もしも反故にすればご令嬢だけでなくその親である貴族たちからも反感を買い、王家への忠誠が揺らぎかねないことはソフィアにも理解できた。


 それに、なんの罪もないのに好きな人を殺そうとしたかのように扱われて部屋に軟禁されているヴィヴィアンの無念さや、命を狙われるアーサー王子のことを思うと、やるせなさがこみあげてきた。絶対に許せないと思う。


「わかりましたわ。必ずヴィー様の犯人を捜してくださいませ」

「ああ」


 数日会えないことが、とても寂しい。けれど、ロバート王子を心配させないように、その足かせにならないように、両手を胸の前で握って大袈裟なくらい元気に見せる。けれど、それは返って逆効果だったようだ。


「フィー……」


 ロバート王子は眉を寄せると片手を伸ばすと、ソフィアの頬に優しく触れた。


「すぐに解決して、フィーのところに戻るよ。少しの間は寂しいと思うけど……」

「わたくし、ちっとも寂しくありませんわ」


 ロバート王子の表情が怪訝なものへと変わる。

 本当は凄く寂しい。ソフィアにとって、王宮に来てからの一番の楽しみはロバート王子とのこの時間だった。けれど、ソフィアは心配かけないようにと、思わずそんなことを口走ってしまった。なんとまあ可愛くないことを言うのだろうかと、すぐに後悔が押し寄せる。


「本当に? 俺は、凄く寂しい。ようやく会えて、こうして手の届くところにフィーがいるのに、また暫く会えなくなるなんて……」


 こちらを見つめる青い瞳が熱を孕むのを見て取り、ソフィアはカァーっと頬が紅潮するのを感じた。

 ロバート王子の愛情表現はとても直接的で、容赦がない。思ったことをそのまま愛の言葉としてソフィアに囁き、それは脳天を痺れさせるように甘くソフィアを蕩けさせる。


「本当は──」

「うん」

「本当は凄く寂しいの。ボブが近くにいてくれないと、寂しいわ」

「うん、知っている。だから、すぐに解決させるよ」


 ロバート王子は満足げに、蕩けるような笑みを浮かべると、ソフィアを優しく抱き寄せる。


「好きだよ、フィー」


 低い声が、優しく鼓膜を揺らす。あの香りが全身を包み込み、真綿に包まれるかのような心地よさと多幸感が押し寄せた。


「些細なことでも、調べ上げないと……」


 ロバート王子の小さな呟きに、その胸にぴったりと頬を寄せていたソフィアはあることを思い出して顔を上げた。


「些細なことといえば……、以前、三次選考でわたくしの刺繍が切り刻まれたでしょう?」

「ああ。ギルモア公爵令嬢がやったやつだな」

「それなのですが、わたくしは違う気がするのです」

「違う?」

「ええ。切り刻まれた直後、あの布の匂いを嗅いだんです。そのとき──」


 ソフィアの話を黙って聞いていたロバート王子は、険しいをした表情のまま黙り込んだ。

 ギルモア公爵令嬢はあの一件のせいで既にこの花嫁選考会を失格となっているし、その責任を問われて父親も王室からの信頼が凋落した。しかし、実際の犯人は違うとなると話は全く変わってくる。

 正直、エモニエ伯爵令嬢はこれまで疑いの対象に全く入っていなかった。何度か王宮舞踏会で踊ったことがあるような気がするが、さほど印象にも残っていない。


「それは、すぐに再調査する必要があるな」

「あと、これは全く関係ないかもしれないのですが……」


 迷うように口元に手を当てたソフィアを見て、ロバートは先を促した。


「なに? どんな些細なことでもいい」

「あの日、茶こし用のフィルターを落としたんです。ボブが扮するアーサー王子がテーブルに着く直前にリアンヌ様が落として、別のものに交換しておりました」

「茶こし用のフィルター? ここでもエモニエ伯爵令嬢か」


 ロバート王子は小さく嘆息すると、険しい表情のまま王宮の方を振り返る。

 茶こし用のフィルターについては調べていなかったように思う。もしもフィルターに毒がかかっていたとしたら?

 奥まった位置にある王家の園からはソフィア達が滞在している建物はほとんど見えないが、自分達王族が普段滞在する場所はよく見えた。黄土色の壁面が太陽を浴びて明るい黄色に見える。


「少し、エモニエ伯爵令嬢について調べてみる。ありがとう」


 ロバート王子はソフィアにお礼をいい、ソフィアの前髪を上げるとおでこにキスをする。すると、瞬時にソフィアの肌はサクランボのようにほんのりと赤く色づいた。


(可愛いなぁ、もう)


 自らの最愛の人の可愛らしさに、思わず笑みが漏れる。

 もう一度優しく抱き締めると、ソフィアはぴったりと胸に顔を寄せ、おずおずと背中に腕を回してきた。この愛らしい存在を、二度と手放したくないという思いが強くなる。


 ロバート王子は一刻も早く事件を解決させようと今一度決心し、ソフィアと別れた。


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