第15話 二次選考


 部屋の壁際には黒いケープを纏った男性が三人立っており、この三人が王宮お抱えの鑑定官だろう。そして、その奥にはテーブルと椅子があり、そこには先ほど見かけたアーサー王子と特級政務官のキーリスがいたのだ。アーサー王子の背後と入り口近くには近衛騎士が二人ずつ控えている。


「お名前を」

「マリオット伯爵令嬢のソフィア=マリオットと侍女のメルでございます」


 ソフィアはそう答えながら、しっかりとアーサー王子のことを観察した。窓から差し込む陽の光を浴びて、サラサラの金髪がキラキラと煌めいている。こちらを見つめる瞳は鮮やかなスカイブルー。昨日会った青年と、間違いなく同じだ。そして、この部屋にはやはりあの魅惑的な香りが漂っていた。


(やっぱり、忘れられてしまったのかしら……)


 アーサー王子は興味深げな様子で、しげしげとソフィアを観察するように眺めていた。完全に、初めて会う人間が相手をどんな人なのかと見極めようとする目だ。ソフィアは運命的な出会いだと感じたのだが、残念ながら向こうは違ったらしい。


(でも、なんだか昨日と違うような……)


 なにが違うのかと聞かれると、上手く言えない。目の前にいる人は、間違いなくこの国の王太子で昨日ソフィアを助けてくれた人だ。けれど、ソフィアはなんとなく違和感を覚えた。

 そのとき、ふと背後にいる二人の近衛騎士のうちの一人がこちらを見つめているのに気づいた。ふわりとした茶色い髪が眉に少しかかっている。ほんの少し垂れ目な、優しそうな男性だ。


 目が合った瞬間、トクンと胸の鼓動が跳ねた。


 アーサー王子と同じく青い瞳は、吸い込まれそうなほど澄んでいる。優しそうな外見とは裏腹に、近衛騎士の制服を着たその姿は凛々しく精悍に見える。

 なぜだろう。目を逸らすことができずにいたソフィアを元の世界に戻したのは、鑑定官の掛け声だった。


「ソフィア嬢? 鑑定を始めますよ」

「あっ、はい」


 ぼうっとしてしまった。慌てて笑顔を取り繕ったソフィアの手を、三人の鑑定官が順番に握る。しっかりと探るように、強く握りこまれた。


「…………」


 次々にソフィアの手を握った三人がキーリス特級政務官の元に行き、なにかを囁く。それを聞いたキーリス特級政務官は小さく頷くと、手元のペンを走らせた。どうやらソフィアのギフトの鑑定結果を話しているようだが、なにを言っているかまでは聞こえなかった。


 続いて、メルの手を男性たちが握ってゆき、また同じように鑑定結果をキーリス特級政務官に伝えてゆく。

 それが終わると、キーリス特級政務官はチラリと手元の書類を確認してからソフィアの方を向いた。


「ソフィア嬢。少し質問しても?」

「もちろんですわ」

「事前の調書では、あなたは体が弱いとのことですね? そのため、十八歳になった今まで一度も王宮舞踏会へ参加していません。今、体調は大丈夫なのですか?」


 優雅に微笑んでいたソフィアは、その瞬間に笑顔をひきつらせた。

 いつもなら『体が弱くて……』というのは万能の決め台詞。それで全てが済む魔法の言葉だ。しかし、今この場でこれはまずい。なぜなら、体が弱いご令嬢に王太子妃は務まらない。なにせ、王太子妃の最大のミッションは元気な世継ぎを生むことなのだから。

 本当は体が弱いどころか、寒い冬も少ない薪で乗り越えているから、体は鍛えられて風邪なんて十年くらいひいていない。


「体が弱かったのですけれど……」

「そのようですね」


 キーリス特級政務官が頷く。


「最近とても調子がよくってすっかり元気ですの」

「なるほど。元気になられたと?」

「ええ、そうですわ」

「わかりました」


 納得したようにキーリス特級政務官がペンを走らせ始めたのをみて、ソフィアは驚いた。もっと根掘り葉掘り聞かれるかと思ったのに、呆気なく納得されてしまった。


「ソフィア嬢は幼い頃はよく王宮に来ていましたね。そのときのことは覚えていますか?」

「それが……、ほとんど何も覚えていないのです」

「なにも?」

「はい」


 キーリス特級政務官が再びペンを走らせる。

 王宮に何度も来たことは、両親やメルから聞いたので間違いないはずだ。けれど、不思議なほどぽっかりと、ソフィアの記憶からはそこの部分が抜け落ちている。


「では。隣のお部屋でお待ちください」

「え? 終わり?」

「はい。終了です。なにか質問はありますか?」


 あまりにもあっさりとした面接に、ソフィアは拍子抜けした。そして、少し迷ってからおずおずと口を開く。


「あの……、わたくしのギフトはなんでしたか?」

「嗅覚ですね。力の強さは強力です」


『嗅覚』であることは知っていたが、『強力』であることは知らなかった。以前にソフィアを鑑定した鑑定官はギフトの強さなど鑑定しなかった。これは王室付きのエリート鑑定官ならではの鑑定方法なのかもしれない。実は自分に隠れた力があるのでは、と期待したがやっぱりだめだった。


「そうですか。メルは?」

「安心ですね。力の強さはごく微力ですが」


 キーリス特級政務官は手元の書類を見ながら、にこりと笑う。メルは今まで鑑定を受けたことがなく、本人も含めてギフトなしだと思い込んでいた。しかし、実はギフト持ちだったらしい。


『安心』とは一緒にいる相手に安心感を与えるギフトだ。子供を相手にする職業などで重宝されるが、極めて気付かれにくいギフトではある。しかも、その能力は『微力』。今まで気づかなかったのも無理はない。


「選考の結果は隣の部屋でお伝えしますから、そこで暫くお待ちください」

「はい」


 ソフィアはお辞儀をすると、おずおずと部屋を出た。

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