第14話 一次選考

「静粛に」


 壇上にいる執務官風の男性が、その場の喧騒を抑えるように両手を前方斜め上に広げる。ざわめいていた大広間の人々がシーンと静まり返り、ソフィアもその男性に注目した。銀色の上質なフロックコートを身に纏った身なりのよい中年の男性だ。その男性はゆったりとした所作で広間の中をぐるりと見渡す。


「本日は皆さんにヤーマノテ王国の国中よりお集まりいただいたことに、深く感謝します。わたしはヤーマノテ王国特級政務官のキーリスです。ご存知のとおり、我が国の王太子であらせられるアーサー殿下は現在二十三歳。我が国の安定と末永い繁栄のため、その伴侶を望んでいらっしゃる」


 低い声でゆっくりと、しかし、威厳のある口調でキーリスは語り掛ける。

 特級政務官とはヤーマノテ王国で最も高位の政務官のことで、特級を頂点に一級、二級、……、二十級まで続く。一級から五級までが上級政務官、六級から十五級までが中級政務官、十六級から二十級までが下級政務官と呼ばれる。

 特級ともなると、国中に十数人しかいないはずで、大臣や宰相も特級政務官の一人だ。そのヤーマノテ王国で最も高位の政務官に位置するキーリスは、持っている書簡を鷹揚に読み上げる。


「アーサー殿下の花嫁選考会は本日より開始し、王太子妃となる一人が決定するまで続きます。選考方法及び次の選考の集合方法などはその前段の選考を通過した者のみにお伝えします」


 シーンとしていた大広間が、ざわっとする。今のキーリス特級政務官の説明だと、選考が何次まであるのか、一回の選考でどれくらい絞り込むのか、また、どんな選考内容なのかが一切わからないのだ。


「お静かに」


 キーリス特級政務官が再び静粛を促すように両手を斜め上で広げる。


「本日、早速これより一次選考を始めます。一次選考は筆記です。王太子妃として最低限知っておくべき知識を問う選考内容になります。侍女の方々は一度退室してください。選考中のご本人の退室は禁じます」


 キーリス特級政務官はその後も選考に関する一通りの説明を続け、説明し終えるとアーサー王子や近衛騎士たちと共に退出してしまった。侍女達も外に出され、少し閑散とした大広間に残された令嬢達の元に、下級政務官達が一斉に用紙を配りだす。


 内容を見ると、先ほどキーリス特級政務官が言っていた通り、ヤーマノテ王国と王族に関する知識を問うものだった。例えば、ヤーマノテ王国の国土の広さ、主要都市の地名など、王太子妃云々以前に貴族令嬢として教育を受けてきた者ならば一度は習っていることだ。さらには、王族の名前や何番目に生まれたかを問う問題まで出てきた。まさに、ソフィアが母に勧められて事前勉強してきた範囲そのままだ。おかげで、すんなりと解くことができた。


「筆記用具を置いてください」


 一時間ほどで政務官が終了のベルを鳴らす。ソフィアは持っていたペンをその場に置いた。


(この選考は楽勝ね)


 ソフィアは胸を撫で下ろす。嫌々だったが、結果的には勉強してきて本当によかったと思った。なぜなら、その場にいたご令嬢の半分がここで落選したのだ。王太子妃を夢見て着飾ってここに来たのにアーサー王子と会話を交わすこともなく帰されて、多くのご令嬢は涙に暮れていた。


 残された半分のご令嬢が大広間に残され、暫くすると先ほど外に出された侍女達が戻ってくる。小さくガッツポーズをしてみせると、メルはにっこりと微笑んでくれた。ほどなくして、キーリス特級政務官が再び部屋に現れる。


「残っていただいている皆様には、これより二次選考を行います。面接、それに、ギフトの鑑定です。ギフトは既に自己申告していただいておりますが、改めてこちらで鑑定しなおしてもらいます」


 その選考内容を聞いた瞬間、ソフィアは顔をしかめた。ギフトの鑑定をするということは、王太子妃として相応しいギフト持ちを選びたいという意図だろうと予想がつく。それに、ギフトがないのにギフト持ちだと虚偽申告した者を振るい落とす意図もあるだろう。ギフトの有無は遺伝の要素が大きいから、王室としては是非ともギフト持ちの王太子妃が欲しいはずだ。


 王太子妃に相応しいギフト、相応しくないギフトがそれぞれどんなギフトを指すのかはソフィアにはわからない。けれど、どう考えても『嗅覚』は相応しくないギフトに含まれそうな気がする。


(まずいわね……)


 ソフィアは眉根を寄せたまま、口元に手を当てた。二次選考におけるギフトの鑑定は万全を期すために三人の王室お抱えの鑑定官が立ち会うという。ひとりずつ呼び出され、大広間の入り口の外にある普段は控え室と呼ばれる個室で行われるのだ。また、鑑定は同伴する侍女に対しても行うという徹底ぶりだ。つまり、王太子妃候補ともあろうものなら侍女もそれなりの者を連れていなければならないということだろうか。


「メル、ひとつ確認していいかしら?」

「なんでございましょう?」

「メルはなんのギフト持ちだったかしら?」

「残念ながら鑑定を受けたことすらありません。恐らく、ギフトはないかと」

「そうよね」


 ソフィアはメルの返事を聞いて頷く。ソフィアが元々知っている情報の、それ以上でも、それ以下でもない。自分のギフトがいまいちだからとメルのギフトに期待してみたが、これもダメそうだ。


 そうこうするうちに、政務官の一人が「ソフィア=マリオット嬢とそのお付きの方」と大広間に向かって呼びかける。ソフィアは慌ててその政務官の方へと向かった。


「ソフィア=マリオット嬢ですか?」 

「そうです」

「こちらへどうぞ」


 男性の後に続くと、大広間を出てすぐあったドアの前へと導かれた。男性がトン、トン、トン、トンとドアをノックしてゆっくりと開く。ソフィアは緊張の面持ちでその奥を見つめた。その部屋の中に入ったとき、ソフィアは思わぬ人物を見止めて息を呑んだ。


(アーサー殿下……)

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