第42話 昨日の敵は今日の友
その後、ソフィアは治癒のギフトを持つ医師にもう一度診察してもらった。そのおかげで、一時的かもしれないが、喉や胃の痛みもほぼなくなっている。
「フィー、さっきも言ったけど、治癒のギフトでは毒は消せない。また怠くなるはずだから、そうなったら遠慮なく言うんだ」
「わかったわ」
ソフィアはまじめな顔で覗き込んできたロバート王子にしっかりと頷き返すと、ロバート王子はほっとしたような表情を見せる。
「まだここで過ごす? それとも、部屋に戻る?」
「部屋に戻りたいですわ。まだ一週間と少しとはいえ、住み慣れました」
「そっか。では、部屋まで案内しよう」
ロバート王子は手を差し出すと、ソフィアを優しく立たせた。
医務室はソフィア達の滞在していたエリアとはそこまで離れておらず、すぐに到着した。途中の渡り廊下からは庭園の鮮やかな緑が見えた。今日も木々の合間を近衛騎士が巡回している。
「もう少し体調が戻ったら、庭園にまた一緒に行こうか。フィーと外で一緒にいるといつも雨に降られる。今度こそ晴れてほしいものだ」
ソフィアの視線が庭園に向いていることに気が付いたロバート王子は、そう言うと肩をすくめて見せる。
ソフィアは目をぱちくりとさせ、くすくすと笑った。確かに、出会いから今日にいたるまで、ソフィアとロバート王子はいつも雨の中を走っている気がする。
「安静にするんだ。わかった?」
「はい。わかりましたわ」
部屋の前で別れ際、手を伸ばしてきたロバート王子は顔の横に垂れたソフィアの茶色い髪の毛を掬い上げて耳に掛けると、気遣うように笑う。ソフィアはまた胸がキュンとするのを感じた。
「ただいま、メル」
おずおずと部屋のドアを開けると、そこにはメルが驚いた顔で立っていた。ソフィアはメルに笑いかけたが、メルはそのまま立ち尽くして返事はない。
「メル?」
「──ソフィア様?」
「ええ、そうよ?」
途端に、メルの目に一杯の涙が浮かぶ。そして、勢いよく駆け寄ってくると、両腕を回してソフィアを抱きしめた。
「ソフィア様! ああ、よかった。ソフィア様だわ……」
「メルったら、大袈裟だわ」
「大袈裟ではありません! ソフィア様がお茶会中に倒れたと聞き、わたくしは心臓が止まるかと思いました。きっと、雨にうたれたから……」
ソフィアは肩口に顔を埋めて泣くメルの背中をポンポンと撫でる。メルはこのタイミングでソフィアが戻ってくるとは思っていなかったようだ。きっと、とても心配してくれたのだろう。
「わたくしがいない間、なにも問題なかった?」
「はい。大丈夫でしたわ」
メルは涙を拭うと、笑顔でこくりと頷く。そして、思い出したかのように「そういえば……」と宙を見つめた。
「ソフィア様がいらっしゃらない間に、キアラ様がいらっしゃいましたわ」
「キアラ様が?」
ソフィアは首を傾げる。
「どうしたのかしら?」
「さあ? ただ、なにか、とても難しいお顔をしておられましたわ」
「そう……」
キアラが自分に会いに来た?
難しい顔だった?
いったいなんの用だったのだろうか。
ソフィアには全く用件が思いつかなかったが、その疑問はすぐに明らかになった。
ソフィアが部屋に戻って二時間ほどした頃、部屋の扉をノックする音がしてソフィアは顔を上げた。読んでいた本をテーブルに置くと、メルに目配せをする。傍に控えていたメルがドアを開けると、そこには籠を持ったキアラがいた。
「ごきげんよう。ソフィア様はいらっしゃる?」
キアラは中の様子を窺うようにメルの肩越しに部屋を眺め、ソフィアの姿を見つけるとほっと安堵したような表情を見せた。
「少しお時間を頂いても?」
「もちろんです」
ソフィアがそう言うと、メルは立ちふさがっていた扉の前から一歩下がり、キアラが通れる隙間を作った。キアラはその間をすり抜けてソフィアの前まで来ると、テーブルに籠を置く。籠の中にはグラスでも入っているのか、ガラスがぶつかるカランっという音がした。
「お茶を淹れて差し上げるわ」
「お茶?」
「ええ。解毒の」
ソフィアはそれを聞いた瞬間、顔を強張らせた。
ソフィアが倒れた理由は体調不良ということになっているとロバート王子は言っていた。なのに、なぜキアラは知っているのだろうか。
(もしかして、キアラ様が犯人?)
キアラは表情をなくしたソフィアを一瞥しただけで、何事もなかったようにテーブルに茶葉の瓶を取り出してゆく。透明な瓶の中には様々なハーブを乾燥させた茶葉が入っていた。
「そんなに驚かないでよ。わたくし、お茶のギフトを持っているから。相手を見ればどんな効能のお茶を必要としているかはすぐにわかるわ。ソフィア様はデトックスね」
キアラは落ち着いた様子で瓶のひとつを手に取ると、ティースプーンでそれを掬い、ティーポットに入れる。続いて別の瓶を手に取り、さっきの茶葉より少し少ない量をティーポットに入れた。あと二種類追加すると、そこにお湯を注いで蓋をした。
時計を見ることもなくキアラは黙って注ぎ口から立ち上る湯気を見つめていたが、暫くすると「いい頃合いね」と呟いてティーポットを手に取る。白いティーカップに注がれたお茶は、黄色がかった不思議な色合いだった。
「どうぞ」
ソフィアは差し出されたそれを飲んでもいいものかとじっと見つめる。キアラはそんなソフィアの様子を見つめ、苦笑した。
「何も入っていないわよ。もし入れていたとしても犯人はわたくしだと明らかだし、そんな馬鹿なことしないわ」
「──キアラ様はなぜ、そんなお話を?」
「とぼけても無駄よ。さっきも言った通り、わたくしはお茶のギフトを持っている。その人を見ればどんなお茶を必要としているかわかるわ。ソフィア様は確かに体調が悪そうだったけれど、あんな風に倒れるほど悪そうに見えなかった。それに、あなたヴィヴィアン様が淹れたお茶を皆様に行き渡る前にティースプーンでこっそりと飲んでいたでしょ」
「あら、気が付きました?」
「気が付くわよ。隣にいたのよ? 本当になんて行儀が悪いのかとびっくりしたわ」
呆れたようにため息をつかれ、ソフィアはムッと口を尖らせた。どうやらキアラは、節々に嫌味を言わないと会話ができない人らしい。
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