第41話 告白②

「国王や王太子は必ず、影武者がいる。それは知っている?」

「ええ。噂では聞いたことがあります」


 ソフィアは頷いた。

 国王や王太子は、国内の貴族であったり、諸外国の使節団だったり、各所から面会要望が多数寄せられる上に内政を行っており多忙を極める。さらに、その立場故に危険も多い。国のスパイだったり、権力をものにしたいと願う反逆者だったり、命を狙うものも様々だ。

 それゆえ、一つに国王と王太子の体を休めさせる目的、もう一つに万が一の際の身代わりとして影武者がいるという話は聞いたことがあった。けれど、真相は知らない。


「世間ではほぼ見かけることがない『変身』のギフトだけど、王族には『変身』のギフト持ちが生まれることが多いんだ。そのギフト持ちは、代々王や王太子の影武者を行う」

「それがロバート殿下なのですね?」

「そう」


 ソフィアがここに来る前に勉強した情報では、王弟殿下もギフトがパッとせず近衛騎士団長をしていると書いてあった。けれど、この話を聞き、実際には国王陛下の近衛騎士団長兼、国王陛下の影武者をしているのだろうと悟った。そして、ロバート王子も同じ道を歩むのだろう。


「では、この花嫁選考会は?」

「カモフラージュだよ。もともと命を狙われることが多かった兄上だけれど、最近は特に酷くてね──」


 ロバート王子はポツリ、ポツリと事情を話す。


「では、元々出来レースだったと?」

「…………。最終的にヴィーが選ばれることは決まっている」

「ミレーは?」

「兄上が付けた、ヴィーの護衛だ」


 護衛。つまり、ミレーは女騎士なのだろう。

 ミレーは以前にヴィヴィアンのことを『仕えている主が親しくしているお方』と言っていた。ミレーがアーサー王子付きだと考えれば、王子殿下たちにものおじしない態度にも納得できた。


 ソフィアはロバート王子を見つめた。

 柔らかそうな薄茶色の髪に、空のように澄んだ青い瞳。目じりは少し垂れて柔らかな印象を受ける。

 一見すると瞳以外にアーサー王子と似ている部分はない。あえて言うならば、形の良い鼻のシルエットは似ているかもしれない。ただ、変装してどうこうなるような似方ではない。


「……ロバート殿下は姿が変えられるのですか?」

「ああ。さっきも言った通り、『変身』のギフトで変えられる」

「わたくしが小さいとき、姿を変えて見せてくれた?」

「──それに関しては今でも、失敗したと後悔している。フィーが喜ぶから、嬉しくって……。幼かったとはいえ、浅はかだった」


 ロバート王子は唇を噛む。


「浅はか?」

「俺が軽々しくギフトの力を見せたせいで、フィーの記憶は消された」

「わたくしの記憶が?」


 ソフィアはすぐに意味がわからず、眉を寄せた。

 ソフィアは昔の記憶で一部曖昧な部分があるものの、それは洪水で溺れかけるという体験をしたせいだ。しかし、ロバート王子はゆるゆると首を横に振る。


「違う。フィーの記憶は意図的に消された」

「意図的に?」


 大きな手が伸びてきて、毛布を握りしめる手に重なる。


「先ほども言った通り、国王や王太子は多忙だし、身の危険も多い。そのため、国王と王太子には必ず近い立場の影武者がいる。兄上にとっての影武者は、俺だ」


 ロバート王子は一拍置くと、ソフィアを見つめた。


「俺に『変身』のギフトの力が発現したとき、すぐにそれは決まった。王太子である第一王子と、ギフトがパッとしない第四王子。皆、兄上には注目しても俺のことは小者としてほとんど目に掛けない。ましてや、影武者などとは夢にも思わないから適任だ。──だが、俺はフィーにそのギフトの力を漏らした」

「それで、記憶が消されたのですね」

「そうだ」


 ソフィアはふうっと息を吐いた。

 身内の王族が姿を変えて影武者をしていることが国家機密にあたるのは容易に想像がつく。


 子供は、秘密にしておくように言っても人に漏らしてしまうことが多々ある。現に、ソフィアはボブと会ったことをメルに話し、その外見を毎回違う人物として話していた。記憶を残したままにしておくと国家レベルの機密事項が外部が漏れる可能性があり、危険だと判断されたのだろう。 


「俺との出会いからの記憶を、『忘却』のギフトを持っているキーリス特級政務官が消した。当時はまだ中級政務官だったが」

「そうだったのですね……」


 だからキーリス特級政務官は面接のときにわざわざ記憶が消えたままかどうかを聞いてきたのかと、ソフィアは納得した。自分がかけたギフトの効果が切れていないかを確認していたのだ。


「わたくしに求婚して誕生日に花を贈ってくださっていたのは、ロバート殿下?」

「そうだ。ただ、フィーの中では全く記憶にない第四王子から花を贈られても困るかと思って、差出人の名を書けなかった。求婚の件は父上経由でマリオット伯爵に伝えてあったけれど、再会してから直接求婚したいから秘密にしてほしいと伝えてあった。もちろん、影武者云々は言わずに、ただ王宮で会ったときに俺が一方的に気に入ったとだけ伝えてね。本当はもっと早く、フィーが社交界デビューする年に再会できると思っていたんだ。フィーがデビューの年にも翌年にも王都に来ないと知ったときは、本当にがっかりした。だから、王命で断れない今回の招集で再会したら、絶対に親しくなろうと決めていた」 


 ロバート王子は静かな口調でそう言うと、小さく嘆息した。

 社交界デビューの年は、通常であれば貴族令嬢は王宮舞踏会に参加する。その年のデビュタントが一堂に会した舞踏会を行うのだ。けれど、ソフィアは実家が貧乏なことを気にして病弱設定を押し通し、王都に行かなかった。


「…………。今度はわたくしに、この事実を話してもいいのですか?」


 二人の間に沈黙が訪れる。


「もしもフィーが俺を選んでくれなかったら──」

「もしもわたくしがロバート殿下を選ばなければ?」

「ここに来てから俺と会った記憶は、再び消されるだろう」


 ソフィアはゴクンと生唾を呑んだ。

 また記憶が消される? この王都で過ごした二週間弱の記憶が?


「でも、ヴィー様は知っていましたわね?」


 ソフィアはそう聞き返した。今思い返せば、ヴィヴィアンは的確にアーサー王子と姿を変えたロバート王子を見分けていた。


「ああ、実質兄上の婚約者だったし、ヴィーはギフトで兄上を識別できる。『聴覚』のギフト持ちは、最愛の相手の声が心地よく耳に響き、遠くで呼ばれても聞こえるから。──だが、犯人と確定すれば、ヴィーの記憶も消される。兄上とのことや、俺が影武者を務めていたことも全て」

「全て……」


 驚き過ぎて、言葉が出てこない。

 国王と王太子を守るためとは言え、なんと残酷な処置なのだろうかと思った。ヴィヴィアンにとって、恐らくアーサー王子は幼い頃から慕っていた相手で、本当の恋人なのだ。

 それを全て記憶から消し去るなんて……。


「嫌だわ」

「フィー……」

「ヴィー様が不幸になるのも嫌だし、わたくしが再び記憶を失うのも嫌。だからロバート殿下、一緒に犯人を捕まえてください」


 ロバート王子は驚いたように目を見開いたが、すぐに力強く頷いた。


「もちろんそのつもりだ」


 片手だけ重なっていた手が、両手に包まれて持ち上げられた。


「フィー。それは、俺を受け入れてくれると思っていていい?」

「それは……」


 ロバート王子に見つめられたソフィアは急激な気恥ずかしさを感じた。

 気持ちの上ではロバート王子が好きなのだが、色んなことがあり過ぎて今すぐに全てを受け入れるのはソフィアの許容量を超えている。


「うーん、急に返事は難しいかな。では、もしも犯人が捕らえられて、この花嫁選考会が終わったら──」

「はい?」

「──いや、これは終わってから伝えよう。その方がやる気が出る。ただ、ひとつだけ。俺のことはこれからも『ボブ』と呼んでくれないか? 『ロバート殿下』は少々他人行儀で距離を感じる」


 ロバート王子は半かがみに立ち上がると、ソフィアに顔を寄せ前髪を救い上げる。柔らかな感覚がおでこに触れた。至近距離で目が合うと、くしゃりと表情を崩した。


「必ずや犯人を見つけ出し、ヴィーの無実の罪を晴らして見せよう」


 朗らかに笑うロバート王子を見つめ、ソフィアは顔が真っ赤になるのを止めることができなかった。

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