第40話 告白

 ゆっくりと目を開けると、白い天井からシンプルなランプがぶら下がっているのが見えた。起き上がろうと体に力を入れると、うっと胃の内容物がせり上がるような感覚。吐きはしなかったが、喉が燃えるように痛い。


「フィー! 気が付いたのか!」


 早口にそう言うのが聞こえ、ガタンと誰かが椅子から立ち上がる気配。

 視線だけを向けると酷く顔色の悪いロバート王子がいた。ロバート王子はソフィアの顔を覗き込むと、背中を摩りながら、「よかった」とほっと息を吐く。


「丸一日寝ていたんだ。気が付いて本当によかった」


 ソフィアの手を握りしめると、祈りを捧げるように握ったままの手の甲をおでこに当てる。茶色い髪が手にかかり、柔らかな感触がした。


「ここは?」


 掠れた声で、ソフィアは尋ねる。王宮で宛がわれた部屋とも違う、白くシンプルな部屋だ。


「医務室だ。フィーがお茶会で倒れて、ここに運び込まれた。治癒のギフトを持つ医師が手当てしたんだが、気分は?」


 ──お茶会で倒れて。


 その一言で、記憶がまざまざと甦る。燃えるような喉と胃の痛みと共に、視界が暗転してソフィアは倒れたのだ。


「胃と喉が痛いです」

「すぐにもう一度医師を呼ぼう」


 ロバート王子は立ち上がると部屋のドアを開け、外に控えていた侍女に言付けをした。そして、すぐに戻ってくるとソフィアのベッドの前の椅子に座った。


「治癒のギフト持ちの医師でも、毒を中和することはできない。体から抜けきるまではもう暫くかかると思う」

「毒……」


 やはり、あのお茶会で出されたお茶になにかが仕込まれていたのだ。舐めただけでこんなになるのだから、飲んだらどうなってしまうのだろう。


「皆様は……」

「無事だ。フィー以外、誰も口をつけていない」


 ソフィアはほっとした。


 ロバート王子によると、お茶には毒物が仕込まれていた。全員のティーカップから同じ成分が検出されたので、まだ確定はできないものの、毒物はティーポットに仕込まれていた可能性が高いそうだ。


「しかも、殆ど出回っていない無味無臭を謳った特殊なものだ。他のご令嬢は、フィーが体調を崩したと思っている」

「一体誰が、あんなことを……」

「わからない。ただ、ヴィーが軟禁されている」

「ヴィー様が?」


 ソフィアは驚きで目を見開いた。


「その……、お茶を淹れたのがヴィーだっただろう? だから、一番怪しいということで。茶葉からはなにも検出されなかった」

「使ったお湯かもしれないわ」

「井戸からも何も出ていないんだ。お湯を運んできた侍女も、今は一緒に拘束されている」


 体に掛けられていた毛布を、ソフィアはギュッと握りしめる。

 ヴィヴィアンが犯人? とても信じられない。ソフィアが崩れ落ちたときのヴィヴィアンの表情。あれが演技だとは到底思えない。

 それに、もしもヴィヴィアンが犯人だとしても、こんなにもわかりやすい犯行をするわけがない。これでは、『わたくしが犯人です。捕まえてください』と言っているようなものだ。


「わたくし、ヴィー様は違うと思いますわ」

「俺もそう思う。そもそも、ヴィーにお茶を淹れてくれと命じたのはアーサー王子なんだ。だが、それを証明するためには真犯人を見つけ出す必要がある」


 部屋を沈黙が包んだ。

 ソフィアはそっとすぐ近くの椅子に座ったままベットの一点を見つめているロバート王子を窺い見る。ソフィアは逡巡の後、おずおずと切り出した。


「あなたは……」

「なに?」

「あなたはいったい誰なの?」


 こちらを見つめるロバート王子がヒュッと息を呑むのがわかった。毛布を握る手に、無意識に力がこもる。


 この花嫁選考会には謎が多過ぎる。

 ソフィアが庭園で見た、アーサー王子とヴィヴィアンの逢瀬はなんなのか。

 もしも恋人だったならば、なぜ花嫁選考会をしているのか。

 なぜ花嫁選考会でこのような事件が起こるのか。

 そして、ソフィアにとっての最大の謎は、全く同じ見た目のアーサー王子がことだ。


「あなたはアーサー王子、ロバート王子、それとも、ただのボブ?」  


 ソフィアが倒れたとき、アーサー王子はソフィアを咄嗟に『フィー』と呼んだ。けれど、ソフィアを『フィー』と呼ぶのはヴィヴィアンとロバート王子だけだ。それに、抱きあげられたときの感覚。あれはロバート王子そのものだった。


 まっすぐに見つめるソフィアの視線を避けるように、ロバート王子は目を伏せた。

「俺は……ロバートであり、ボブだ」


 ロバート王子は、絞り出すようにそう言った。


「わたくしが丘で大雨に降られていたときに助けてくれたのは、あなた?」

「そうだ」

「……そう」


 ソフィアは小さく息を吐く。


 違和感はいつもあった。

 笑い方が違う、ふとした時の態度が違う、紅茶の飲み方が違う。

 そして、なによりも香りが違う。


 ロバート王子は『ギフトが最愛だと告げる』と言ったが、ソフィアがいつもいい香りだと感じていたのは、きっと全てロバート王子だったのだろう。そして、今日はいつもと様子が違うと感じていた方こそが本当のアーサー王子だったのだ。


「全部話してくれませんか?」

「──わかった」


 ロバート王子は隠し通すことは難しいと判断したようで、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。

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